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Hexanonのf1.4

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スマートフォンとフィルムカメラで、 近いアングルで撮り比べて見るのは、 想像していた以上に面白く感じます。 以前の記事にあげた写真 と見比べてみました。 ほぼ同時刻に同じ場所で撮った写真なのですが、 暖色系の穏やかな光と、 滑らかにボケていく焦点と、 やっぱり私はこちらが好きかな、 と感じさせてもらいました。

偶然の光

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不思議な写真が撮れました。 いくつかの偶然が重なり合った結果です。 ・庭に置いてある自転車のタイヤに付いている反射板に、 ・太陽の光が当たり、 ・そこから机のところまで障害物がなく、 ・机の上にはMacBookの熱を覚ますための扇風機が置いてあり、 ・それを経由した光が白い壁に当たった、 ・その瞬間に席に座っていた 結果、こうなりました。 こういう偶然によって生まれるものを見つけた時、 ちょっと嬉しい気持ちになり、 それを共有できることを、さらに嬉しく感じます。

陽の当たり方

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ある日の駐車場での一枚です。 普段停めないところに駐車したところ、 不思議な陽の当たり方をしていました。 車のボディへの光の当たり方と、 そこから広がる影の感じが面白く、 一枚撮ってみました。

自然に目がいく

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お風呂から上がって部屋に戻ってみると、 月の光で床に影ができていました。 普段はその時間、そんな風に窓際に立たないからなのか、 何か久しぶりに感じ空を見ていました。 だいぶ夏も深まっていますが、 未だ長雨が続いています。 新型コロナによる患者数も増加の一途をたどり、 お盆前にでも再び規制が入るのでは、 と、昼に学生さんが話していました。 そんなときだからこそ、 自然のことに目がいくのかもしれません。

どちらの光か

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大学からの帰り、 ふと遠くに目をやると、 なんとも嫌な光の柱が。 年末か年始にも実家付近で見かけ、 なんとはなしに検索して見ると、 どうも、あまり良い兆候ではない、ということが書かれていました。 大雨や地震やコロナ、 なんとも難しい状態になって来ています。 健やかに過ごせますように。

街中で光と影を撮る

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以前寄ったカフェの中から撮った写真です。 モノクロのフィルムで撮るようになってから、 色々なことを考えるようになりました。 特に、街中でスナップショットを撮る時は、 レンジファインダーカメラで、 モノクロフィルムで、というのが気持ちよく感じます。 何故なのか、自分でも、まだ、わかりません。 光と影、 白と黒、 を理解し、撮れるようになります。 写真は何故「とる」という音なのか、 それも考えるべきなのしれません。

影と光の中間

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手前が暗く奥が明るい、 または、 手前が明るく奥が暗い。 その影が薄れて光の方に向かう瞬間をどこに定めるのか、 露出を考えるというのはそういうことなのだと思います。 もう少し、影が奥の方まで伸びるように、 そんな露出を目指したいです。

影に光を

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以前、 iPhoneで撮影したところと、 同じところのフィルムが上がってきました。 最近のSNSでよく見かけるフィルム写真は、 全体的に明るい印象があります。 光をしっかりと取り込んでキラキラとした世界が写っています。 しかし、なぜでしょう。 私はやはり、こういう影に沈んだ部分に光を感じます。 世の中ではうけないだろうなぁ、と考えながら、 それでも自分の好きなもの、に価値を見出そうとしています。

漏れ入った光から

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フィルムが破れてしまい、 なんとか暗所で黒のフィルムボックスに入れ込みましたが、 どうしても方々から光が入ってしまいました。 どう見ても残念な絵面、ではあるのですが、 なぜか懐かしい感じが。 そういえば、 元々Konica FMを使い始めた時、 モルトが完全にダメになっており、 撮った写真の半分くらいは光が入ってしまっていたことを思い出しました。 残念な事態ではありつつも、 あぁ、そんなことがあったな、と、 たった数ヶ月前のことですが、思い出していました。

OLYMPUSが見ている世界

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父が以前使っていたOLYMPUS OM-1。 現像に出していたフィルムが返ってきました。 本当に昔のプロダクトは素晴らしい。 何十年の時を経て尚、こんな綺麗な絵を残してくれるんだな、 とつくづく考えさせられました。 波の動きの表現に、 太陽の光の表現、 それらが相待って一枚の絵になっています。 これを撮る時、少なくとも私の目にはこんな絵には見えていなかった。 これはOLYMPUSというカメラのレンズという目が見た世界。

光で遊ぶ

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手前の実像と、 ガラスに映った虚像、 それが綺麗に撮れていました。 昨日の話 と並びますが、 撮影しているときは、こんなに綺麗に対称に見えていたかな、 と感じてしまいます。 現像されて来たのを見て、初めてその面白さに気づいたように感じます。 意図したものよりも良く感じる、ということは、 写真としては失敗していることになるように感じます。 自分自身がきちんと美しいと感じ、 それを写し取れるようになります。

闇の中を写す

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岡山国際芸術祭にて、 真っ暗な体育館で撮影した時の写真です。 本当に暗い中だったため、正直、写っていないか、 手持ちで撮ったため、手振れで見られたものじゃないか、の、 どちらからだと思いながら、試しに撮ってみました。 思いの外しっかりと写っていることから、 Konishirokuのレンズの明るさと、 Konica FMの重さによる固定のしやすさを実感しました。 影と光をうまく写せるようになりたい、 そう考えさせられました。

レンズの精度

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カメラとは光を写し取る道具です。 光の成分を波長に応じて3分割し、 それぞれの波長域ごとに写し取ったものを重ね合わせれば、 カラーとして見える形になります。 写真は、絞りだけを変えて撮影した同風景です。 Konica Iのレンズは、コンパクトカメラ相当のもので、 決して大きくはありません。 また、今から70年前のもの、ということを考えれば、 その保管されていた環境が良かった、ということも言えますが、 未だにここまでの精度で写し取ることができるということに、 感動を覚えます。 それぞれ開けていたのは約1分間です。 約、というのは、「B」にした状態で、 タイマーを見ながら押し続けた結果、ということになりますが、 なんとかレリーズのようなモノをつくり、 再トライできないかと考えています。 今度は、閉じた状態で3分ほども開けておきたいところです。

機器の冗長性

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写真の向かって右側、光が入り込んでいるように見えます。 いつも現像してもらっているところで、 原因の可能性を教えてもらったとのことで、手元で修理してみました。 治ったかどうかは、今入れているフィルムを現像してのお楽しみです。 そんな風に偶然光が入り込み、 「ちょっと」欠けたりすることは、 デジタルでは起こるのでしょうか。 0か1の世界のように、どこかが壊れたら一斉にダメになる、ように感じます。 今使っているKonica FMも、露出計は壊れたままです。 それでも普通に撮ることができます。 そんな機器の冗長性があっても良いのかもしれません。

慣れ

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人間は慣れる生き物です。 当初、Hexanon 52mm F1.4を使い始めた時は、 その視野の狭さに驚き、 どう撮ったら良いのか???と悩んでいました。 しかし、そのまま撮り続けていくとどうやら人間は慣れてくるようで、 今度は後から入手したHexanon 35mm F2.8の視野の広さに戸惑っています。 そんなわけでこの写真は、Hexanon 52mm F1.4を使っています。 暖かい光加減はたまたまなのかもしれませんが、 それも含めて好きな印象になりました。

玉ボケ

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これは、Konica FMで撮った写真です。 背景にある光が、玉型にボケている状態を、 玉ボケと呼ぶようです。 画像編集ソフトでぼかしてもこのようにできません。 (今なら色々なフィルタでできるのかもしれませんが) 質があまり良くないレンズでボケることによって生じるようです。 でも、それがまた、良いなぁ、と感じて見ています。 人間の目ではこのようには見えません。 見ようと思って意識がいったらピントが合ってしまいますし、 視力が弱くてボケている場合は、全体がぼやっとするだけです。 これもまた、カメラの目で見える世界のようです。

時の流れる速度

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以前、大阪に住んでいる時、 出張で東京に行く機会がありました。 その時、今回と同様に、夜の六本木を歩いていたのですが、 「あぁ、ここは時間の進み方が違うのだな」と感じることがありました。 具体的に何が、と聞かれると、今は明確に応えることが難しいのですが、 とにかく、何かそういう空気感を感じたことを覚えています。 良し悪しとは違う次元で、そういうものだ、と考えさせられました。 今回もまた、そんなことを思いながら歩いていました。

光と陰を撮るモノ

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オオイヌノフグリがあったので、 ダメ元でピンホールカメラで撮ったところ、 思いの外綺麗に撮れたようです。 背景の光の描写と相俟って、不思議な雰囲気に撮れています。 ある意味、すごく素直に撮れるのだな、と感じます。 確かに向こうの方は明るく、 咲いていた場所は、完全な日陰になっていたのですが、 それがこんなかたちに撮れるなんて。 カメラとは、 対象物を撮るモノではなく、 光と陰を撮るモノのようです。

色、とは

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私が持っているピンホールカメラは、 シャッタースピードのみ、自分でコントロールできます。 コントロールできる、と言っても、アナログでやることなので厳密ではありませんが。 それによって、どの程度の量の光を取り込むのか操作できます。 たくさん取り込めば白っちゃけてしまいますし、 あまり取り込まなければ暗くなります。 もちろん、それはそうなのですが、 それは同時に、どんな色を出すのか、ということにつながってきます。 ・明度 高:白 低:黒 ・彩度 高:純色 低:黒 光の量をコントロールするということは、 明度をコントロールすることです。 しかし、鮮やかに見せたい、となると、 明るいだけではダメです。 ただ、暗くなってしまったら、もちろん鮮やかさは確保できません。 つまり、色が鮮やかな状態とは、明るさと暗さの間にある、 ちょうど良い状態にはじめて実現できることです。 そしてそれは、色事に変わってきます。

残るもの

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いつ、どこで撮ったのか、 ピンホールカメラ で車の通りを撮ったと思うのですが、 なぜかすっかり忘れてしまっています。 夜など暗い空間で、シャッターを開けたままにして撮影することで、 こんな感じの写真が撮れることはよく知られています。 それを元にしたアート作品なども数多くあるわけですが、 写真ではなくとも、こう言った残像を利用したおもちゃなどもあります。 ある意味、一般的なアニメーションを楽しむことができるのも、 残像を利用しているためです。 光とは何か、 目とは何か。 習うよりも、自分で学ぶことで、自然に理解できる部分がありそうです。