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経験が生み出すもの

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初めて自分で淹れたコーヒー。 と言っても、 買って来た粉にお湯を通しただけ、と言えばそれまでの話です。 それでも、 自分たちで道具を選び、 揃え、 それを使ってみるという経験は、 自分の中に色々な意味を生み出すと考えています。

選ぶということ

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多分、ここ2、3年間に飲んだ缶コーヒーの量は、 それまでの数十年間に飲んだコーヒーの量の、 何倍もあったと思います。 最近沢山飲んでいる、という意味ではなく、 それまでほとんど飲まなかったという意味で。 種類が豊富だと自由に選べる、 とは私は感じないようで、 一体どれが美味しいの??? と考えてしまい、結局選ばずに他の飲料を飲んでいました。 そんな中、ひょんなことからTully'sさんをよく飲むように。 こういう変化も楽しいものです。

† じゃんけん †

英語のドラマを見ている中で、 登場人物たちが「じゃんけん」をするシーンが出て来ました。 日本では何かを決める際に比較的よく行われる行為ですが、 海外ではコイントスをすることが多く、 じゃんけんは稀、とのことです。 以前、英語の授業でも習った気がするのですが、 アメリカの一般的なじゃんけんの手は日本と一緒、 Rock-Paper-Scissorsのようです。 調べてみると、世界中で様々な方法があるとのこと。 特に、フランスは手が4種類だったり、 アメリでは101種類の手があるものも。。。 この辺りの詳細は様々な文献にお任せするとして、 重要なことは、何かを決める手法についての考え方です。 時代劇などをみると、「半か丁か?」というシーンがありますが、 あれもコイントスと一緒で、50%のどちらを選ぶか、というものです。 人間は何かを決める時、 考えても考えてもダメな時、 どれを選ぶか、という運に頼る、ということが、 少なからずある、ということになります。 その中でも、コインやダイスという道具を用いるものと、 人間の体を用いるものがあると思われますが、 どちらも意思決定のタイミングが異なるだけで、 「自分自身」が「決定の根拠のないところ」から「自分で選ぶ」ということが 共通要素です。 こういった決め方をするのは人間だけなのでしょうか?