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今に対する感覚

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そもそも、こういったモノをあまり食べない、 に加えて、 コロナ禍になり、ますます遠ざかっていました。 甘いものは好きですが、 好き嫌いというのとともに、 先日のタピオカジュースのように、 今、どういうものが食べられているのかな、 なんでこれが流行っているのかな、 どうして以前から今まで生き残っているのかな、 ということに対して、 興味関心を持つという感覚は、 とても重要だと感じます。

包みの難しさ

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先日、 ケトルを新調した際 に、 パッケージについて少し書きました。 中に入っている商品にたどり着くまでのドキドキを、 いかにうまく高めていくか、 買って良かった、という感覚に到達させることができるか。 そういう効果を生み出せる「包み」の 難しさを感じます。

近くの味覚

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美味しいお店を教えてもらいました。 地元の美味しいお店は、 地元の人に聞くのが一番です。 感覚の近い人がいることも嬉しいことです。

印象を心に残す

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なんとなく、 瀬戸内海らしい雰囲気だなぁ、と ちょっと感じるようになってきました。 もちろん、これどこ?と突然写真を見せられても 見分ける自信はありませんが。 でも何かそんな風に 住んでいる場所の印象が心に残っていく感覚が好きです。

どこから来るのか

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この右端の収め方はなんなのか。 これをセンスと呼ぶのか、 計算では導けないのか。 この建物を見てからというもの、 そんなことが頭の中で回っている。 それがすでにダメなことなのか、 それともこれが転機になるのか。

感覚と計算と

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何をどうすれば、 それが、破綻なくまとまるのか。 45度の角度、もそうですが、 ファサードに入る桟のラインのまた、 そう感じさせられる要素の一つです。 感覚に計算が合わさったものなのでしょうか。

異なる視点から

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飛行機から眺めた景色の一枚です。 ただただ、あぁ、気持ちが良いなぁ、と感じながら撮っていました。 多分、 いつも飛行機に乗っていればそんな感覚も消えていくのでしょう。 今あることを有難いコトと感じることは、 大切な感覚なのかもしれません。

その曲線について

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昨日のボトルとこのボトル。 太さが異なります。 その結果、注ぎ口からボディまでの流れも異なります。 世の中には様々な飲料があります。 ペットボトルに入っているものから、 中身の都合で依然としてガラス瓶に収められているもの、 などありますが、 その微妙なライン、そこにつくり手の拘りが見えるものも、 少なくありません。 まさに、自分自身の美しさについて、 問われている感覚になることでしょう。

カラーとモノクロ

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ふと感じたことは、 なんでモノクロじゃなかったんだろう、 ということでした。 どういう時にモノクロが良いのか、 それは未だに明確には答えが出ていませんが、 今回、ふとこの写真を見た時に、 モノクロ「でも」良い、 モノクロ「の方が」良い、 という感覚を持ちました。 少しずつ、自分の中で何かが整理されてきているようです。

公園の木々

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家の近くに見つけた広い公園には、 たくさんの木々が良い感覚で植えられています。 本当に過ごしやすいようで、 晴れた休日には、必ず楽器の演奏をしている人がいます。 管楽器から弦楽器まで、 色々な音を聴いていると、 久々に自分でもやってみたくなるから不思議です。 そんな中での一枚。 可愛らしいキノコが生えていました。

飛び幅

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以前、東京の恵比寿駅付近でやっていた、 バカラのシャンデリアの展示 。 その足元に、ガラスでできた招き猫がありました。 こういう感覚は面白いなと感じます。 ノベルティなどもそうですが、 飛び幅というのか、 落とし所というのか、 そういう発想に自由になりたいです。

田舎の夜

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年末年始のお休みの時に、 岡山に帰ってきた時の街の様子です。 夜遅くに飛行機で着いた、ということもありますが、 それにしても車通りも人通りもなかった印象があります。 丁度今、日本中がこんな感じです。 コロナ禍と表現するそうですが、 とはいえ、田舎の夜の街、という感じです。 大阪から福井に引っ越した当初、 夜の静けさと、暗さに驚いたことを思い出しました。 出身の山形を考えれば驚くようなことではないはずですが、 いつの間にか都会の感覚になっていたようです。 今、住んでいる岡山は、 丁度都会と田舎の両方を楽しめる場所、 そう考えると、このタイミングでここに来られたことは幸いでした。

美味しいという主観

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果物はたまに食べる程度ですが、 季節のものはやはり美味しく感じます。 特に、ここ岡山はそうなのかもしれません。 味は極めて主観的なものですが、 誰が食べても美味しい、と感じるものは 確かに存在します。 ただ、見ている色が同じかどうかを確認することが難しいのと同様に、 相手が感じている味と、自分が感じている味が一緒かどうかも、 確認することは非常に難しいことです。 そういう曖昧なものを共通のものとすることで、 社会は成立しています。

規制を超えて

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先日のドローンの映像もそうでしたが、 今使っているモデルは、 重量が200gを切っているため、比較的規制がゆるいところが売りです。 それ以上の重量のものでは、 許可の申請等が必要になる場所でも、 ある程度飛ばすことができます。 文字通り、視点を変える、ということが、 様々な感覚を生みます。

好きなお菓子

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食事に関して言えば、 好きな食べ物と言われてもあまりピンときません。 別に栄養が摂れれば良いと考えている訳ではありませんが、 一般的に質素と言われているような食材を満遍なく食べるのが好きです。 しかしながら、菓子類になるとどうやらそうでもないようです。 自分でも意外だったのですが、 この写真の練り切りを始め、いくつかの「好き」なお菓子があります。 自分でも知らなかった自分の感覚を知ることは、 なんとも不思議で奇妙な感じになります。 大変興味深いことです。

新しいもの

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ニュースなどでも取り上げられているアプリを試しています。 授業開始時期もどうなるかわらかないなか、 少人数の授業・ゼミだけでもなんとかならないか、 そう考えています。 と、言いつつも、新しいものを試すのは単純に楽しい、 その感覚が大切なのだと感じます。

好むかどうか

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用があって立ち寄った店舗の駐車場出口付近にありました。 こういった独特なモノは工事現場などでも見かけます。 言ってみればデコレーションになるわけですが、 こういった感覚を好む人が一定数いらっしゃることも予想がつきます。 良い悪い、というのとは別に、 自分が何を好ましく感じ、何を好ましくなく感じるのか、を理解することは、 モノづくりをしていく上で大切なことです。

大きな月

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生活用品を買ってお店から出た瞬間に、 昼間の月が目に入りました。 高度が低いため、 建物と比較することができ、 大きく見えました。 何気ないことなのですが、 「あ、大きな月」という一言を共有でき、 同じように感じられるということは、 とても大切なことだと感じます。

いつもと違う色

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こんなポストを初めて見ました。 島根県立美術館で行われていた展示を見に行った帰り、 お土産物屋さんに立ち寄ろうとした途中で見つけたものです。 ちょうど松江城の前、ということでの意匠なのでしょうが、 この色の感覚に惹かれました。 何かを見た時にいつも考えることは、 自分にはこれがつくれるのかどうか、ということです。

画面を切る線

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画面をどのラインで切るのか、 そういったことが私には難しく、 たまたまできた線を後から評価することが多くあります。 できるだけシャッターを切るときに頭の中で考えるようにしていますが、 それが感覚で、センスでできる人が世の中にはいるのだな、 といつも考えさせられます。 積み重ねでいけるところまで行ってみたい。 そう思い、向かっています。