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知ることで好きになる

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対象を知ることで好きになっていく、 ということがあります。 一昨年まではコーヒーはほとんど飲まず、 紅茶や緑茶ばかりでした。 ただ、色々あってコーヒーを飲む機会が増え、 更に、淹れ方や素材についての知識が増えていけばいくほど、 ますます興味をそそられるようになりました。 期間限定でオープンしているという隣県のコーヒー屋さんを教えてもらい、 早速行って来ました。

パッケージ

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こんなパッケージのお菓子をいただきました。 以前、お菓子のパッケージをやったことがありますが、 これがなんとも難しい。 もちろん、どんな仕事でも難しいわけですが、 対象としているお客様層に届くのか、 意味はどこまで必要か、 目を惹きつける要素はどこまで入れて良いのか、 などなど、考えさせられたことを覚えています。

くちなしの花

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くちなしの花が咲いていました。 名前は聞いたことがありましたが、 そのものを見たことはありませんでした。 それが、アプリによって対象の名前がわかる。 素晴らしいことですね。 以前、 金木犀の名前がわからなかった ということを書きましたが、 本当に、そろそろ、そういう不明なことがなくなる世界になりそうです。

好きなものを考える機会

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以前行った橋の下からの写真です。 何が良いのか、自分でも甚だ疑問ですが、 どうもこういうものが好きなのようです。 写真を撮るようになって、 自分が何が好きなのか、 対象が好きなのか、 写真に収まる絵として好きなのか、 撮り方が好きなのか、 色々と考えさせられます。 価値観にもつながります。

対象の特定方法

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写真はいただいたお菓子のパッケージです。 レンズ上の赤丸と良い、 Leicaの特にM6をモチーフにしているんだろうな、 とは思うのですが、ちょっとした特徴から、 違うモノにも見えてきます。 というのも、レンズ上の部分が斜めにカットされていることから、 VoigtländerのBessaのように見えるのです。 どうでも良いこと、と言ってしまえばそれまでなのですが、 人間が何かを見た際に、 形態のどの部分から対象を特定しているのか、ということについては、 個人差があるはずです。 それをうまくコントロールできていれば、 ブランドにおける統一性や一貫性を示すことができるのではないでしょうか。 これは研究テーマの一つに成り得ると考えています。

見方の変化

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街中を歩いていて撮った一枚です。 今日も街中を歩いていました。 まだまだ知らないことがあるなぁと思いながら、 歩いていました。 人間が一生のうちで歩ける距離の、 なんと限られていることか。 フィルムカメラで撮るようになって、 今までよりも色々な目で周囲を見るようになりました。 関わるプロダクトによって、 見る対象も、その見方も変わることがあります。 普段から見ていればもっと楽なのに、と、 その都度考えてしまいます。 今回の見方の変化がそれの一助になればと感じます。

目の中心のレンズの中心

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ファインダーから見ている中心が、 レンズの中心ではない、ということ。 ちょうど良い写真があったので、 使ってみました。 撮った時は確かに扉のセンターが中心になるように撮ったつもりなのですが、 思いの外ずれていました。 そもそも、ブツ撮りでない限りは、 対象をセンターに置いて撮ることがないので、 大きな問題にはならないと思っていたのですが、そうもいかないようです。 しかし、こういうところも、 レンジファインダーカメラの面白さなのかな、と、感じています。 何よりも、上のライトの影が良い感じに出ており、満足です。

空気を撮る

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雨の中を傘をさして歩いていく、 たったそれだけのシーンなのですが、 たったそれだけのシーンを撮っている、ということに意味があると感じます。 ブツ撮り然り、 ポートレート然り、 何か対象をより良く示すように撮ることがメインであり、 それが写真だと考えていました。 しかし、スナップショットとして捉えてみると、 こんな撮り方があり得るのだな、というそれだけでも、 自分にとっては本当に大きな変化です。 その場の空気を撮っている、と言って良いのでしょうか。

変化するもの

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大学生の頃、一時期、使い切りカメラを使っていたことがありました。 しかも只管雲ばかりを撮っていました。 その時にカメラの魅力に取り憑かれていたら、 大変なことになっていたかもしれません。 幸いにも(?)散々撮ったところ、満足したのか、 ファイリングだけして自分の中でのブームが終わりました。 コンテナの中にあるはずなので、 それを見つけてみても面白いなと考えています。 今、改めてフィルムカメラに興味を持ってみると、 確かに雲は面白い対象だと感じます。 毎日、目に見えて形が異なるものは、 実はそんなにないのかもしれません。 もちろん、全てのものが日々変化している、ということはわかりますが、 写真で留めておこうと感じるほどの変化は、という意味です。 そう思って周囲を見てみると、もう一つ興味深い対象があります。 人間です。 レンジファインダーを使ってスナップショットを撮ってみよう、 と考えた時、人の動きほど面白く、難しいものはない、と考えています。 最近取り切ったフィルムは、 ネットでの現像を試みているため、まだしばらく帰ってきません。 どんな風に写っているのかな、と思いを巡らす時間もまた、 興味深いと感じるようになりました。

‡ 現代におけるAIを考えてみる⑦ ‡

ビッグデータとは何か、 何がビッグデータか、ということを考える場合、 その一つの解は、 「機器に柔軟性を持たせるもの」という言い方ができるようです。 三段論法では説明がつかない人間の考え、 Aを見たときに、それがAである、と認識する能力などがそれですが、 それを機器に導入する際に活用できると考えられたのが、 ビッグデータのようです。 見極めさせたい対象の画像を大量に見せる、 それによって学習してもらう、 言葉で表現するのは簡単ですが、 これをきちんと定義するのは大変です。 「見極めさせたい対象」であることをどのように定義するのか。 ラベリングするのか、ということが難しいことは、 容易に想像がつきます。 この、「どの画像に何が写っているか」というラベルをつけたものを、 教師データと呼ぶそうです。 Digitalの「1」「0」の世界において、 それを示す、ということの難しさと「手間」は すごいコストになります。 その部分を機器に頼ることができれば、 どれだけに楽になるだろうか、と考えずにはおれません。

‡ リバタリアン・パターナリズム③ ‡

人間が何らか対象に接する時は、 無意識的にしろ、意識的にしろ、 自身が有する知識や経験に基づいてその対象と向き合うことになる。 対象が、人物であれ、自然であれ、どのような事象であったとしても発現しうることであり、 当然のことながらデザインされたモノに対しても起こりうる。 リバタリアン・パターナリズムではそれを次のように分類しているようです。 "思考の種類を直感的で自動的な思考(自動システム)と熟慮的で合理的な思考(熟慮システム)の二つに区別" さらに、経験則を次の三つに分類しています。 "「アンカリング 」 「利用可能性 」 「代表性 」" アンカリングとは、自分が知っているモノを起点として、自分が適切だと思う方向に調整すること。 利用可能性とは、自身が容易に想像できることよりも、想像が困難なモノの方を過大に評価すること。 代表性とは、ある集合体に対する自身のイメージが、対象がそこに含まれるか否かを判断する要素になること。 これらの特性は、モノづくりをする上でも、 無視することはできない要件になります。