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プロダクトとインフォグラフィックス

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パッケージについて、少し触れたことがありました。 これはApple pencilの内側のパッケージの様子です。 プロダクトそのものとインフォグラフィックスが、 バランスよく収まっています。 ただ固定するのではなく、 そこに意味を与える。 そういうことの積み重ねが洗練された印象を生むのでしょうか。

パッケージとプロダクトの関係

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新しいモノが届くと、 多くの場合それはパッケージに包まれています。 商品を取り出す前に出会うパッケージは、 より中のプロダクトを際立たせるモノであって欲しい、 そう感じます。 ということは、 単純にパッケージが大したことなければ、 中身を見たときにより大きな喜びがある、 ということは言えるのでしょうか。 それよりは寧ろ、 美しいパッケージでテンションが上がり、 中身を見て、さらに喜びが増す、 そんな関係の方が望ましいことは言うまでもありません。

コストのおさえ方

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今年は、よくコーヒーを飲んだ年だったな、 と来年以降に感じるかもしれません。 どこのコーヒーがどうでこうで、 ということは相変わらずわかりませんが、 プロダクト的に類似しているモノは、 別な視点から理解できる部分があります。 この写真の二種類、 販売ブランドは異なりますが、 内側に使われているパックの部分は同じもののようです。 あぁ、こうやってコストを抑えるのか、 と考えさせられました。

実現する難しさ

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マスクが届きました。 ネットではだいぶ叩いている記事を拝見しましたが、 急遽、一つのプロダクトを制作し、 日本中の各家庭に二つずつ確実に配達する、 という行為が、どう考えればそんなに容易にできるのでしょうか。 「つくる」ことも、 「とどける」ことも、なかなかにハードルが高いことです。 現場サイドの人間としてはそう感じます。 しかし、だからといって、諸々が許されるかと言えばそうではない、 とも感じます。 難しく、 センシティブな内容です。

修理できるプロダクト

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ローバイクを持っていて本当に良かった、 と感じる瞬間は多々あるのですが、 今、このコロナ禍においては、まさにそうです。 ガソリンなどの消耗品を消費せずに、 比較的遠くまで自分の力で行くことができる、 という点は非常に大きなメリットです。 しかし、それだけではありません。 例えばパンク一つにしても、 自分でメンテナンスすることができる、という点も重要です。 人と接することをできるだけ避けるべきという、 という、今までで考えれば極めて特殊な状態になっているわけですが、 多くのプロダクトは修理が必要になると、専門家に頼ることになります。 その点、ロードバイクは、修理用のマニュアルも公開されており、 やる気があれば自分でもなんとかできる部分が多くあります。 プロダクトの在り方を考える一つの方向性になりそうです。

変わっていくパッケージ

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たまに食べたくなるものの一つに、 コンビーフがあります。 美味しいのか、と聞かれたら、私としてはそんな風にも感じないのですが、 なんでしょう、 この形状や、開け方、昔からあるようなグラフィック、 そういった雰囲気も含めて、 たまに食べたくなります。 これももう開け方が変わってしまうということで、 残念だと思いつつも、 プロダクトのあり方としては正しいのかもしれない、 と考えさせられます。

写真に対する考え方の変化

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フィルムで写真を撮るようになってから、 デジカメでブツ撮りをメインにしていた時とは考え方が変わりました。 プロダクトを対象にブツ撮りをしていた時は、 記録する、ことを中心において撮っていましたが、 フィルムカメラで撮るようになってからは、 写真のフレームで切り取られた部分に意味がある、 と考えるようになりました。 当たり前といえば当たり前で、 むしろ、プロダクトもそうであるべきだったはずなのです。 フィルムを経験することで、 デジタルカメラでのブツ撮りに対する考え方も変化したと感じます。

見方の変化

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街中を歩いていて撮った一枚です。 今日も街中を歩いていました。 まだまだ知らないことがあるなぁと思いながら、 歩いていました。 人間が一生のうちで歩ける距離の、 なんと限られていることか。 フィルムカメラで撮るようになって、 今までよりも色々な目で周囲を見るようになりました。 関わるプロダクトによって、 見る対象も、その見方も変わることがあります。 普段から見ていればもっと楽なのに、と、 その都度考えてしまいます。 今回の見方の変化がそれの一助になればと感じます。

残っていくモノ

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昔のプロダクトは丈夫だという話をしました。 つくりが丈夫ということもありますが、 一つ一つの商品に対する想いも含めて、 確固たるモノとして存在しているように感じます。 今のプロダクトがダメ、という意味ではなく、 単純にそれは開発期間などの違いかも知れません。 良いモノを残していきたい、 その気持ちは、今も昔も変わりはないと信じています。

OLYMPUSが見ている世界

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父が以前使っていたOLYMPUS OM-1。 現像に出していたフィルムが返ってきました。 本当に昔のプロダクトは素晴らしい。 何十年の時を経て尚、こんな綺麗な絵を残してくれるんだな、 とつくづく考えさせられました。 波の動きの表現に、 太陽の光の表現、 それらが相待って一枚の絵になっています。 これを撮る時、少なくとも私の目にはこんな絵には見えていなかった。 これはOLYMPUSというカメラのレンズという目が見た世界。

見える世界

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少しずつドローンを使って遊んでみています。 高視点から周囲を眺めるということがなぜこんなに楽しいのか、 自分でコントロールするということがなぜこんなに楽しいのか、 新しいプロダクトで遊ぶということがなぜこんなに楽しいのか、 そんなことを考えさせられています。 ただ、逆に言えば、それを越えたところに本当のアウトプットがある、 のだと感じて来ることも多くあります。 これをどのように使うのか、 これを使って何を表現するのか、 それを考えていくのが楽しいところです。

所有する喜び

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今回、カメラを試すようになって初めて、 オークションを利用するようになりました。 ヤフオクという名前はもちろん知っていましたが、 自分で使用することはありませんでした。 ただ、今回のようなモノを取り扱う場合は、 こういったシステムは非常に使い勝手が良いと感じています。 その流れで、幸いにも、 欲しいと思っていた機種の一つを手に入れることができました。 Leica IIIfとElmar 50mm F3.5です。 バルナックライカの定番中の定番ですが、 今回、フィルムカメラで撮るようになってから、 やはり、その定番を是非、一度は使ってみたいと考えるようになりました。 プロダクトデザインに関わる人間の一人として、 所有する喜びを感じることができるモノの存在は、 非常に大きいと考えています。 それを手にすることの大切さを、 また教わることができました。