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暗闇に浮かぶ光

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古い時代の建物を見学して来ました。 たまたま寄っただけだったのですが、 色々と興味深いエピソードが詰まった場所だったようです。 その、玄関ホールから2階に向かう階段越しに、 ステンドグラスを眺めた一枚です。 今のデジタルカメラなら、 いくらでも明るく写すことができますが、 多分、当時はこんな印象だったのかな、 と感じながら撮ってみました。

好みにつながる要素・要因

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共通な形のモチーフを各所で用いるのは、 シンプルでわかりやすい手法です。 写真は、三角形の建物のピロティ部分の床の様子です。 結果を見ればわかることでも、 最初からそう考えられるか、 どのくらいのサイズで行うのか、 そういった部分にセンスが関係するのかもしれません。 そして、それが好みにつながるように感じます。

どこから来るのか

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この右端の収め方はなんなのか。 これをセンスと呼ぶのか、 計算では導けないのか。 この建物を見てからというもの、 そんなことが頭の中で回っている。 それがすでにダメなことなのか、 それともこれが転機になるのか。

時代における様式の整理

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これまで色々な場所に住んできましたが、 その場所その場所において、 懐かしいような建物が印象に残っています。 建物の様式や仕様についてはそんなに詳しくないため、 何がそうさせるのかはわかりませんが、 例えば看板などの使われている文字は、 非常に時代を感じるものがあります。 昭和レトロ、などと言えば、 今となっては2世代前の言葉になっています。 その時代における様式を整理してみるのも必要だと感じます。

上からの視点にドキドキ

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昨日は瀬戸大橋を下から仰ぎ見た写真でしたが、 今度は上からの写真です。 建築の勉強をしていた時、 モデルなどの写真は、人の視線の高さから撮る、と習いました。 一生のうちで、建物の屋根を見る機会は限られている、と思っていましたが、 どうやら最近はそうでもないようです。 本当にとても簡単に上空からの映像を見ることができます。 画像ではなく映像である点も重要だと感じます。 時間的な変化をおさめることができます。 バッテリーの継続時間は問題として残りますが、 それに差し引いても、 この高さの視点を得ることができたことは、 非常に重要なことです。

大きな月

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生活用品を買ってお店から出た瞬間に、 昼間の月が目に入りました。 高度が低いため、 建物と比較することができ、 大きく見えました。 何気ないことなのですが、 「あ、大きな月」という一言を共有でき、 同じように感じられるということは、 とても大切なことだと感じます。

生きているものを撮る

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人間や動物達、そういうものを積極的に撮るようになりました。 もちろん、肖像権を尊重することは忘れていませんが、 フレームの中に人や生き物が入ることで、 写真が俄かに生きてくるように感じます。 多分、建物や植物に比べて、 人間や動物は変化が著しいためだと思いますが、 それだけに本当に難しいです。 また、演出してしまうと、一気に冷めてしまいます。 やはり、土門拳の「絶対非演出の絶対スナップ」が重要です。

雰囲気を切り取る

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今まで写真を撮ると言っても、 スナップショットを撮るようなことはありませんでした。 風景や建物(共に人があまり入らないように)、ブツ撮りが基本で、 シーンを切り取るという考えは全くなかったと言って良いと思います。 カメラをそういうものだと捉えていなかったようです。 今、レンジファインダーカメラを手にして感じるのは、 スナップショットの難しさと楽しさです。 風景を切り取るのではなく、雰囲気そのものを切り取るには、 一体どうしたら良いのか、 どう撮れば人に伝えることができるのか、 それを考えることが難しくも楽しいのです。

展示空間

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研究室がある建物の一階部分には、 展示できる空間があります。 広い空間に可動式の壁兼パネルボード、 それに展示台があります。 しょっちゅう色々な展示がされているため、 写真のように空いている時間は珍しいです。 授業の課題を一時的に展示する場合が多いわけですが、 何気なく通っている時も、やはり目に入り、 気になるものです。 人らから見られる、ということは、 それ自体が強い刺激になります。 自分の作品がなくとも、 自分が関わったものが並ぶ、ということだけで、 十分に強い刺激です。 人に見せる。 人から見られる。 大切なことです。

木々と雲とトラス

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予報では曇りの割合が高かったのですが、 あけてみれば、日中はほとんど晴れでした。 敷地内の木々と、 広場にかかるトラス、 その間から見える雲が見事でした。 以前も書きましたが、 ここはとにかく、空が広い。 高い建物や、高い山がなく、 平地が広がっているのがその要因だと思いますが、 それがなんとも気持ちが良いのです。 山形から名古屋に出た時、 見渡してみても山並みが見えず、 色々な雲の写真を撮り貯めたことを思い出しました。

水面の薄紅色

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夕方、たまたま建物の外に出てみると、 雲の隙間から夕焼けが見えていました。 薄紅色、というのでしょうか。 雲の層で色の弱まった様子がかえって綺麗に見えたのですが、 それ以上に、田植えの終わった田んぼの水に、 その色が見事に映えていました。 緑の苗とのギャップに依るものか、 鏡のようにピンと張った水面に依るものか。 一瞬遅れてそちらの色に気づいてからは、 目はそこに釘付けになっていました。

学舎

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岡山にある、閑谷学校というところを訪ねました。 ある先生からお話は伺っており、 どんなところなのか、 どんなところに見所があるのか、 多少なりとも頭に入ってはおり、 私自身、以前から資料などは見たりしておりました。 (確かだいぶ以前に見たこともあったと記憶していますが、、、) 今回改めて自分の足で訪れ、 一つ一つ見ていくと、 「あぁ、こんな学舎で習い、世の中に出て行った人が沢山いたのか」と、 とても考えさせられるものがありました。 折に触れ、少しずつ話していきますが、 建物とは別に強い衝撃を受けたことに一つは、 その学習時間と内容です。 夕方、16時から18時までの休憩時間以外は、 朝の7時から夜の22時まで、 只管テキストを音読し、暗唱できるようにした、 とのことです。 そのテキストとは、いわゆる四書五経であり、 説明を読んで思わず、その場で立ち尽くしてしまいました。