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偶然の光

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不思議な写真が撮れました。 いくつかの偶然が重なり合った結果です。 ・庭に置いてある自転車のタイヤに付いている反射板に、 ・太陽の光が当たり、 ・そこから机のところまで障害物がなく、 ・机の上にはMacBookの熱を覚ますための扇風機が置いてあり、 ・それを経由した光が白い壁に当たった、 ・その瞬間に席に座っていた 結果、こうなりました。 こういう偶然によって生まれるものを見つけた時、 ちょっと嬉しい気持ちになり、 それを共有できることを、さらに嬉しく感じます。

好みにつながる要素・要因

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共通な形のモチーフを各所で用いるのは、 シンプルでわかりやすい手法です。 写真は、三角形の建物のピロティ部分の床の様子です。 結果を見ればわかることでも、 最初からそう考えられるか、 どのくらいのサイズで行うのか、 そういった部分にセンスが関係するのかもしれません。 そして、それが好みにつながるように感じます。

優しい木漏れ日

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以前、広島の現代美術館に行った時に撮影した写真です。 木の影が強かったため、 シャッタースピードを長めにして撮影しました。 そのためか、木漏れ日が柔らかい感じに広がって、 思いがけず優しい写真になりました。 今のデジカメでももちろんこういう写真は撮れるのだと思いますが、 自分がデジカメを使っていた時は、 そんな風に撮ろう、などとも思いませんでしたし、 こういう風に撮ることができる、ということも考えませんでした。 そういう意味では、撮った結果が偶然性が含まれている今の時間は、 不思議な面白さがあります。

† 自分にとっての価値 †

久しぶりに高速道路を長時間運転する機会を得た。 合計で5時間ほどだったが、 これまでの中で一番疲れなかった、疲れを感じなかったと思う。 運転そのものが好き、ということもあるが、 好きな車を運転できている、ということも大きいと言える。 「価値」とは、 望ましいモノ・コトであり、 好ましいモノ・コトである。 また、 安全で安心できるモノ・コトであり、 信頼・信用できるモノ・コトである。 今乗っている車には、私のそれが詰まっている。 それこそが私にとっての価値であり、 それが結果として疲れを感じない、という効能を生み出し、 安全や安心にもつながってくる。 良いモノ、とはそういうモノだと言える。

‡ 現代におけるAIを考えてみる④ ‡

数学の定理を自動的に証明するプログラムから始まり、 1980年代には、コンピュータに専門的知識を学習させ、 それを使って問題を解決させる、という試みが行われたそうです。 エキスパートシステムと呼ばれそうですが、 数値化できない事柄については対応できない、 という一般的に想像しうる機器の限界のようなものが壁だったようです。 例として医療が出ていました。 「お腹がチクチクと痛い」という表現を数値化しろ、と言われたら、 誰でも困ります。 むしろ、この問題は、人工知能云々とは関係なく、 一般の医師でも起こっていることです。 痛みを10段階で考えた場合、どのくらいか? お腹の上の方か下の方か? 刺すような痛みか、叩かれたような痛みか? など、いろいろな表現を用いて、 なんとか病状を理解し、治療方法を導く、 これは、非常に難しい方法です。 現代では、患者の言葉から、症状を推察し、 その推察を明確にするために検査を行います。 検査の結果が、推察した症状と同様の結果を示せば、 そこから即治療に進むことになりますが、 もしも、推察と検査結果が示すものが違った場合は、 推察を変更し、状況によっては検査をし直すことになります。 つまり、機器でも理解できるように痛みを数値化することができれば、 医療にとって非常に大きな一歩になる、とも言えます。

Method: IMRADと特徴と特長

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IMRADを構造的に捉え、考えてみます。 ① Introduction ② Method ③ Result ④ Discussion: ②と③がわかりやすいセットになっています。 日本語で言うところの「方法」と「結果」ですが、 要は「何をやって」「その結果どうなった?」ということで、 只管、事実を問うところです。 事実、という言い方をしていますが、 この「方法」の取り方によって、 今まで見えていなかった「結果」が見えてくるため、 ここが研究の一つの肝になります。 ではそれを挟んでいる①と④はなんでしょうか。 Introductionの元になっているIntroduceは、 語源はラテン語の「introducere」で、 「intro-」と「ducere」からできており、それぞれ、 「to the inside」「to lead」になります。 つまり、内側に導かれるわけですが、 論文の役割として考えれば「どんなことを明らかにしたのか」と言うことかと思います。 しかし、気をつけなければいけないのは、 それは単純に、どんな方法をとってその結果がどうなったか、ではありません。 そこから一歩踏みこんだ部分、 その結果から何を「考えた」のか、ということです。 Discussionの元、Discussの語源は、 「discuss」というラテン語で、 「to disperse」という言葉になるようです。 散らす、分散させる、という意味でしょうか。 意訳すれば、方法と結果を踏まえて、 どこまで思考を発散させることができるか、ということになりそうです。