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行き交う

朝の情報番組を見ていたところ、 「ん?」というタイミングがありました。 画面には「交通量」と表示されていましたが、 音声では「通行量」と発音されていました。 気にすることでもないのでしょうが、 二つの言葉の違いを説明できないことに気がつき確認してみました。 それぞれ、うちの広辞苑によると量のつく言葉はありませんでした。 「交通」:人のゆきき、ゆきかよい。      運輸・通信の機関による人の往復、貨物の輸送、通信などの総称。 「通行」:通って行くこと。通ること。      一般に広く用いられていること。流布。 前者は、現象を表現し、 後者は、行為を表現しているようです。 しかし、ネットで少し調べてみると、 交通量・通行量は、それぞれ下記のように考えられているようです。 主に「徒歩」で通過する人々の数の場合は通行量、 主に「車両」の通過する数の場合は交通量、のように区別します。 なんとなくですが、印象としてはそのように伝わります。 ラングというよりはパロールなのかもしれませんが、 仕事から使い分ける場合などは有効そうです。

† こだわる② †

「なずむ」という言葉がある。 「泥む」と書くが、知らない言葉であった。 広辞苑によると次のように意味が出てくる。 ①行きなやむ。はかばかしく進まない。とどこおる。 ②離れずにからみつく。 ③なやみ苦しむ。気分が晴れない。 ④拘泥する。こだわる。 ⑤かかずらわって、そのことに苦心する。 ⑥執着する。思いつめる。惚れる。 ①から③までは、例文は万葉集が出てくることから、 当時から使われていた言葉であることがわかる。 今回問題にしている「こだわる」という意味としては、 徒然草が例文に出てくることから、 鎌倉時代には意味として存在していたことになる。 要は、何らかの考えや思いにつかまり、 物事が進まなくなっている状態を指しているようである。 漢字源で見てみると、 「なずむ」といれるだけで、 5つの漢字が表示された。 「泥」「尼」「怩」「昵」「眤」 「尼」を調べることが近道と感じたため、検索してみると、 解字:会意。「尸(ひとのからだ)+比(ならぶ)の略体」で、人が相並び親しむ様を示す。 もと、人(ニン)(親しみあうひと)と同系。 のち、「あま」の意に専用されたが、尼の原義は昵懇の昵の時に保存された。 いよいよもって、当初の目的通り、 部首について調べていくことが肝要であると感じているが、 まずはこの「こだわる」から展開された言葉について、整理していく。