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写真というセッション

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久々にフィルムを現像に出しました。 半年以上開いてしまうと、 やはり色々と忘れているもので、 良い面もあれば、悪い面も。 まだまだ撮り慣れてない人間としては、 こまめに出さないと勉強になりにくいな、と感じます。 そんな自分の作品を眺めて見て感じるのは、 やはり、動いているものを撮るのが楽しい、 ということです。 瞬間の判断が重要な点は、 音楽のセッションに似ています。

モノクロに色を考える

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不思議なことに、 モノクロフィルムで写真を撮るようになって、 これは何色だろう、と考えることが多くなったように感じます。 夜、暗くなりかけた頃に、 サウナ屋さんのネオンを撮影した一枚です。 夜の空は黒なのか? ネオンがついていない菅は黒なのか? それぞれ、何色で光っているのか? そんなことを考えながら撮った一枚でした。

変化と不変と

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フィルムカメラで撮るようになって、 半年は経ったようです。 昨年撮った様々な景色を、 今年もまた撮ってみたら、 どんな違いができるでしょうか。 画角や露出など、 自分としては色々考えながら撮るようになった、と考えていますが、 本当にその成果は出ているのかどうか、 そんなことを見てみるのも面白そうです。

シャッター音

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これまでは、 一眼レフのKonica FMは何かを狙って撮りたい時用、 レンジファインダーのLeica IIIfは街中で気軽に撮りたい時用、 と、なんとなく区別して使っていました。 しかし、今回のOLYMPUS OM-1は、 その間くらいにあるのかも、という認識です。 Konica FMのシャッターは、 コパルスクエアという方式を採用しており、 金属のシャッターが駆動するタイプです。 そのため切った瞬間に「カシャッ!!」と非常に大きな金属音がします。 個人的にはその音が小気味良く、好きなのですが、 街中で気軽に撮る印象ではありません。 一方、Leica IIIfのシャッターはレンジファインダーよろしく、 非常に小さな音なので、気軽に取れる印象です。 その点から行くと、今回のOLYMPUS OM-1は、 その丁度中間くらいの印象、とでも言いましょうか。 シャッターの音はするが、そこまで大きな音ではない、 というものです。 重量と音、それらが相待ってか、街撮りも余裕でできそうな一眼です。

積み重ねる

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昨日のカラーチップを、 iPhoneのカメラで撮った写真です。 色情報は残っていますし、細部までくっきりと写っていますので、 「カラーチップ」の姿を、 ある程度保存することができていると言えます。 では、この写真で私が何を言いたいのか、 伝えたいのか、ということは語れているのだろうか、 そんなことを考えるようになりました。 まだ、自分の中に、写真を撮るという経験が足りていないのだと思います。

空気を撮る

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雨の中を傘をさして歩いていく、 たったそれだけのシーンなのですが、 たったそれだけのシーンを撮っている、ということに意味があると感じます。 ブツ撮り然り、 ポートレート然り、 何か対象をより良く示すように撮ることがメインであり、 それが写真だと考えていました。 しかし、スナップショットとして捉えてみると、 こんな撮り方があり得るのだな、というそれだけでも、 自分にとっては本当に大きな変化です。 その場の空気を撮っている、と言って良いのでしょうか。

レンズの役割

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カメラのレンズはどうしてあんなに種類があるんだろう。 確かに遠くのモノを撮ったり、近くのものをくっきり写したり、 色々な用途があって、原理に基づいてつくられている、ことはわかるのですが、 それでどうした?と気持ちがちょっとありました。 今回、 Hexanon 52mm F1.4と、 Hexanon 35mm F2.8を実際に持ってみて感じることは、 二つは全然違うモノ(当たり前ですが)、ということです。 写り方が違う、という意味ではなく、 写したいものが違う、という感覚です。 逆に言えば、 自分が何を撮りたいのか、という意思がなければ、 レンズなど選べないのだと感じます。 遠くを撮りたいから望遠、 広く撮りたいから広角、 近くを撮りたいからマクロ、 それは写り方の違いです。 本当のレンズの役割はそこではないのだ、と初めて感じました。

光と陰を撮るモノ

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オオイヌノフグリがあったので、 ダメ元でピンホールカメラで撮ったところ、 思いの外綺麗に撮れたようです。 背景の光の描写と相俟って、不思議な雰囲気に撮れています。 ある意味、すごく素直に撮れるのだな、と感じます。 確かに向こうの方は明るく、 咲いていた場所は、完全な日陰になっていたのですが、 それがこんなかたちに撮れるなんて。 カメラとは、 対象物を撮るモノではなく、 光と陰を撮るモノのようです。

変化する考え

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今日はピンホールカメラ を持っていくのを忘れていました。 家を出てちょっとしたところで気が付いたのですが、 時間のこともあり、仕方がないかと。 そうしているとかえって 「あ、ここ撮ってみたいな」などと思えてくるから不思議です。 デジカメが普及し、いつの間にかメモとしての写真が当たり前になっていました。 しかし、やっぱりカメラは作品を撮るものなのかもしれません。 作品、と言っても大層なモノという意味ではありません。 自分の考えや想いを写すという意味での作品です。 そういう考えで写真に向き合えるようになったのは、 自分にとって良い変化です。 写真はある日の商店街です。 休日にも関わらず少ない人通りが雰囲気をつくっています。

輪郭線

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プラスチックレンズのピンホールカメラで撮ったから歪んで見えるのか、 実際に廊下が歪んでいるのか、 シャッター時間に動いたから歪んで見えるのか、 現実とはなんだろう、と考えさせられます。 カメラの前では嘘はつけない、 という言葉をたまに聞きますが、 この場合の嘘とは何から何を見たときの嘘なのか。 eye pointとview pointを明確にする必要があります。 大学一年生の時、モノの輪郭「線」は存在するのか、 という話題がありました。 少なくともピンホールカメラで見る限りは、 それはないように感じます。

眼に映る世界

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左はiPhoneで撮った写真、 右はピンホールカメラで撮った写真です。 先日、たまたま発見した10年以上前に購入したと思しき、 付録のピンホールカメラ。 フィルムを入れ替え、取り敢えず撮ってみましたが、 36枚入りのはずが、なぜか写っていたのは10枚程度。 シャッターの機構に原因があるのか、 何が問題なのか、まだ切り分けができていませんが、 色々と対策を考えて撮り続けることにしました。 その生き残っていた10枚のうちの一枚が、 この右側の写真です。 なぜか楽しくなってきています。 モノが持つ力でしょうか。