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情報の解像度

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たまたま購入したパラコードで遊んでみました。 たまたま、というのは、本来購入する予定ではなかったのですが、 購入したいものとセットで販売されていたため、 ということで手に入りました。 色々な結び方、纏め方がありますが、 今はいずれも動画でその方法を見ることができます。 昔折り紙の本を見ながら折っていた時とは、 わかりやすさが格段に異なります。 情報の解像度が高い、と表現できそうです。

行き交う

朝の情報番組を見ていたところ、 「ん?」というタイミングがありました。 画面には「交通量」と表示されていましたが、 音声では「通行量」と発音されていました。 気にすることでもないのでしょうが、 二つの言葉の違いを説明できないことに気がつき確認してみました。 それぞれ、うちの広辞苑によると量のつく言葉はありませんでした。 「交通」:人のゆきき、ゆきかよい。      運輸・通信の機関による人の往復、貨物の輸送、通信などの総称。 「通行」:通って行くこと。通ること。      一般に広く用いられていること。流布。 前者は、現象を表現し、 後者は、行為を表現しているようです。 しかし、ネットで少し調べてみると、 交通量・通行量は、それぞれ下記のように考えられているようです。 主に「徒歩」で通過する人々の数の場合は通行量、 主に「車両」の通過する数の場合は交通量、のように区別します。 なんとなくですが、印象としてはそのように伝わります。 ラングというよりはパロールなのかもしれませんが、 仕事から使い分ける場合などは有効そうです。

‡ 現代におけるAIを考えてみる⑦ ‡

ビッグデータとは何か、 何がビッグデータか、ということを考える場合、 その一つの解は、 「機器に柔軟性を持たせるもの」という言い方ができるようです。 三段論法では説明がつかない人間の考え、 Aを見たときに、それがAである、と認識する能力などがそれですが、 それを機器に導入する際に活用できると考えられたのが、 ビッグデータのようです。 見極めさせたい対象の画像を大量に見せる、 それによって学習してもらう、 言葉で表現するのは簡単ですが、 これをきちんと定義するのは大変です。 「見極めさせたい対象」であることをどのように定義するのか。 ラベリングするのか、ということが難しいことは、 容易に想像がつきます。 この、「どの画像に何が写っているか」というラベルをつけたものを、 教師データと呼ぶそうです。 Digitalの「1」「0」の世界において、 それを示す、ということの難しさと「手間」は すごいコストになります。 その部分を機器に頼ることができれば、 どれだけに楽になるだろうか、と考えずにはおれません。

‡ 現代におけるAIを考えてみる⑥ ‡

インターネットが発達したコトで、 AIの研究が進んだ、という現象の背景には、 機械学習という方法論の導入があるそうです。 以前は、三段論法の積み重ねが思考の基本と考えられていたそうですが、 それでは説明できない現象が散見されることは、 普段の生活からもよくわかります。 例えば、とここで例に出されていたのは、 「イチゴ」を見て、「イチゴ」だとわかるのには、 論理は役に立ちません。 辞書で読んでもわかるようにはならない。 「イチゴ」を見て、これだ、と知るしかない。 まさに百聞は一見にしかず、ですが、 これは、論理の研究を進めてきた人にとっては、 ある種、敗北感を味わうようなものではないか、とさえ思います。 私には、類似の体験があります。 だいたい9月から10月くらいになると、 金木犀が花をつけ、良い香りがしてきます。 しかし、実は私は、この「金木犀の香り」を、 30過ぎまで知りませんでした。 正確にいうと、「その香り」は知っていて、 毎年、ある時期、ある場所を通ると、良い香りがするなぁ、 と感じていたことがあります。 しかし、どこからその香りが来るのか、 その香りの元は一体なんなのか、 それこそ、実は調べようがなかったのです。 今では写真での検索などは可能になりましたが、 じゃぁ、香りはどうやって検索するのか? それをどうやって他者に伝えるのか。 同じことは味と触感でも言えます。 (触感に関しては一部研究でやりましたが) そんなことへの気づきと対応が、 AI技術の進化を進めたようです。