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5月, 2019の投稿を表示しています

聞こえる、ということ

オーディオというものについては、 まだまだ全然知らないことだらけです。 しかしながら、いくつかの楽器に触れることがあったことから、 音、そのものについては少なからず感覚的に捉えている部分があります。 当たり前のことですが、音は空気の振動で伝わると言われています。 「音」を出す行為とは、 その行為によって、空気を振動させることを意味します。 空気の振動とは、大気中の物質の粗密が変化することであり、 その変化が、耳の中にある鼓膜を震わせることで、 行為によって発生した「音」が耳まで届いた、 つまり、聞こえた、ということになります。 当たり前のことですが、 この現象は、アナログなことであり、 デジタルなことではありません。 この2点から見てみます。

テーマ

今日は、いくつかの研究テーマに触れることができました。 誰がどういった領域でどんなことを進めているのか、 ダイジェストのような形ではありますが、 その概要を伺うことができました。 それらとは異なる領域で、 自分ができること、 自分がすべきこと。 そういったことを考えながら、 自分自身を振り返ることができました。 これまで担当させてもらってきた内容から、 どのくらい自分の力で広げていけるか、 そして、それがどんなモノにつながっていくのか。 いけるところまでいってみます。

良い音

レコードを再生して音楽を聴くことができるようになりました。 しかも、性能を確認したところ、とても「良い音」で、 レコードからデジタルとして情報を取り出すことができるようです。 良い音がどういうものか、ということは一旦置いておいて、 再生時の音を良い状態で取り出せる、となると、 もう一段階前が気になります。 つまり、 ①演奏→ ②録音→ ③再生→ ④デジタル化 のうち、今回は③から④へのフェーズについて、 非常に良い状態、ということになりますが、 では、そもそも、①から②の部分はどうなっているのか、 ということです。 きっと、こういった興味から、どんどんハマっていくのかな、、と 感じ始めています。

鳴き声

昨今、ヘッドフォンをつけながら自転車に乗っている人がいる、 というニュースを目にしますが、 それはちょっと勿体ないなぁ、と感じます。 確かに好きな音楽を聴きながら、というのも楽しいですが、 例えば山に向かったり、いろいろな場所に向かうなら、 その場所その場所の音も経験したい、と考えています。 山に登っている途中、ふと気がつくと、 車などの人工物の音は一切聞こえず、 鳥の鳴き声や動物の動く音だけが聞こえてきました。 「綺麗な鳥の声」ではないのです、 「え?そこら中に鳥がいる?!あの茂みから何か出てくる?!」という、 ある種、恐怖にも似た感覚を受けます。 でも、多分、それが文字通り自然なこと、なのだと感じます。 街中では想像もつかないほど、大きな鳴き声を聞きながら、 必死になって登っていくことが、 様々な意味でドキドキする、気持ち良い時間でした。

大阪の山

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大阪の北部、箕面に住んでいた時、 すぐ北側は山でした。 土日のどちらか、時間が取れそうな時は、 朝の7時頃から家を出て、 10時頃まで山を巡って帰ってきていました。 大阪と言えば大きな都市の印象がありましたが、 山は山、良い意味で、どこも一緒だなぁと感じたことを覚えています。 山としては一緒ですが、 その場所、 その時ごとに、全然違う、とも言えます。 今住んでいる場所の山もできるだけ経験したいと考えています。

山へ

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岡山は不思議な土地です。 中心部は政令指定都市でもあり、 非常に発展していますが、 ちょっとそこを外れると、一気に自然の匂いがしてきます。 勤務地はまさにそんな大自然の中にあるわけですが、 さらに山の方に向かうと、綺麗な景色が広がってきます。 しかし、ここで思い出すのは、 大阪の北部に住んでいたときのことです。 大阪、とは言え、長い時間住んでいた北部は、 ちょっと北に行けばあっという間に山でした。 私のロードバイクで山に行くのが好きなので、 休日の朝には2、3時間ですが、走りに行っていました。 ここでも、そんな時間が取れれば、と考えています。

機器の佇まい

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初めてこちらの工業技術センターに行く機会がありました。 非常に立派な施設で、新しい機器も多くある中、 昔の機器も一部残っていました。 その中でも目に止まったのが、 このマイクロメーターです。 文字盤の下から伸びている棒と、 その下の円盤との間に、薄いモノを挟み、 計測することができます。 このなんとも言えない佇まいや、 一つ一つの形状などから、 その造形言語のようなものが感じられました。 時代を超えて、愛される形があるようです。

昨日、自転車で大学に向かっていると、 一瞬、懐かしい匂いがしました。 草の匂いなのか、何の匂いなのか、 改めて考えてみると、その匂いの元自体は知らないのですが、 小さい頃に地元を歩いているような時に嗅いだものです。 今住んでいる場所は、 住居から勤務地に向かうに従い、 景色はどんどん田園風景に変わっていきます。 途中、丁度、周囲に緑が増えてきたように感じた頃に、 その匂いがしてきました。 生まれた場所とは全く異なる場所、 何年も時間が経っている今、 似たような知覚をしたことに驚きつつ、 そういう感覚を持てたことを嬉しく感じました。

話をする、ということ。 直接なのか、 電話でなのか、 ネット越しなのか、 近いのか遠いのか、 色々な話のスタイルはあります。 何れにしても、言葉のやり取りを行うということは、 それを通して、関わった人に何らかの影響を与えるものと理解しています。 言葉のやり取りによって情報を共有しているにも関わらず、 実際は、言葉以上の情報を共有できている点が重要なのだと感じます。 今は、人とのやり取りを想定して書いていますが、 これもやがてロボットに置き換わっていく部分はあるのかもしれません。 一つの大きな議題だと考えます。

1年

どんなことに対しても、 時間は同じように流れます。 早くも遅くもならず、 一定の速度で流れていきます。 私は幸いにも、まだ、時間が早く過ぎる、という感覚を得ていません。 いつも新しいことの連続です。 自分だけで積み重ねて行くことができる時間と、 誰かとでなければ続けて行くことができない時間もあります。 そのことに感謝し、 1日1日、1秒1秒をただひたすらに生きていきます

曇天

急遽福井に来ることになりましたが、 その最終日、移動日は、 曇天がのぞいていました。 福井に住んだ3年間、 その最初の時に、 「天気予報はあてにならないから、常に車には傘を入れておきなさい」 そう教えてもらいました。 その時から、悪天候でも出かけることが苦になくなりました。 曇りでも雨でも、 外出するということに対して、なんの影響もない、 そう思えるようになったのは、福井のおかげです。 良い天気、悪い天気、そんな表現自体が間違いである、と、 心の底から、感覚的に思えるようになったのは、 福井に住んだからでした。

晴天

福井は、日本一晴天の日が少ない場所、ではありませんが、 印象としてはやはり曇りや雨が多いです。 鉛色の空と荒れた日本海、と言いますか、 そんなイメージがついてきます。 しかし、ここ三日間はなぜか、 非常に晴天に恵まれ、何かと屋外を移動することが多かったことを考えれば、 それは良いことだったようです。 何かに導かれるように、 お日様が味方をしてくれた、 そんな数日間でした。

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季節の色はその土地、その土地で異なります。 福井で車を走らせていると金色の畑が見えました。 しかし、以前見た小麦畑とは、また違うような気が、、、 福井では大麦の生産が多いものこと。 本当に僅かな違いなのでしょうが、 同じ金でも異なる金。 その土地を表す色はとても大切な意味を持ってきます。

空へ

夜道を運転するのは好きな方です。 車が少ないので、ある意味安全に思います。 もちろん道は暗いのですが、高速に乗れば歩行者はいませんし、 最近のヘッドライトは大変明るく、自動で上向きにもなりますので、 私の目では、見えにくい、ということもあまりありません。 ただ、私が運転する時は運転以外に「目的」があることが多く、 そういう意味では車は「方法」なのだと感じます。 つまり、目的が最終的な心持ちを決定します。 暗い空へ吸い込まれていく、それが昨日から今日への運転でした。

Twilight

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夕方の空です。 山の高さと、山までの距離が良い感じなのか、 晴れた日の夕焼けは色々な色を見せてくれます。 福井にいた頃、 Twilightという言葉を教えてもらいました。 曇りが多い北陸では、綺麗に色付いたTwilightはとても貴重で、 「あ、見えた」と感じたものですが、 晴れが多いこの国では、そんな機会は多いようです。 貴重なものだったな、 ということを、忘れないようにします。

† 挺 †

ある本を読んでいると、 「挺」という漢字が出てきました。 振り仮名があったため、読めたのですが、 「ぬきんで(る)」と読むそうです。 これまで見た記憶はないのですが、 少なくともそのままでは読めませんでした。 ただ、良い漢字だな、と感じたため、載せておきます。 「挺」 会意兼形声。 廷の右側の部分は、直立した人のすねが伸びたことを示す指事文字。 壬(ジン)とは別字。 廷(テイ)は、まっすぐ進む、まっすぐにならした庭などの意。 挺は「手+音符廷」で、まっすぐ前進して列の前にぬけ出ること。 解字も綺麗にまとめられた内容でした。

令制国

所謂、日本の国内の、古い呼び名、 昔の地方行政区分です。 越前や近江、など、 昔の地名として聞いたことがあると思います。 今、住んでいる場所は、 備前・備中・備後、と呼ばれていた付近です。 備前焼、などというように、モノの一般名詞になることで、 その言葉が残っているということもあります。 今、ちょっと見たところによると、 飛鳥時代から明治初期まで使われていた、とのことですので、 その歴史たるや、現代の都道府県による行政区画よりも、 はるかに長い歴史があります。 これについても少し調べてみます。

音楽を聴く方法

音楽を聴く方法はいろいろあります。 今ではスマホで音楽を聴く、ということは、 スマートフォンをフルに使っている人にとっては、 すっかり一般化していると感じます。 そういった方法が育っていきつつも、 未だに以前からの方法が残っている、という点において、 オーディオの世界は面白いのかもしれません。 私が音楽を楽しんだ、一番古い記憶はカセットテープです。 聞いていた曲は今でいうJpopです。 そこからCDになり、データになり(CDも中身はデータですが)と変化を続け、 今では完全にiPhoneの中に入っている音を聞いています。 今回、レコードプレイヤーを譲っていただいた関係から、 初めて自分の家でレコードを聴くことができるようになりました。 少しずつ楽しんで行きたいと考えています。

活動時間

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自分自身の活動時間の目安は、 人それぞれ基準があると思います。 私の場合は、最近はiPhoneに記録されている、 アクティビティを元に考えています。 職場の敷地が広いため、 普通に活動しているだけでも自然に歩数を稼ぐことができ、 部屋の位置の関係から自然と階数も多くなっているようです。 これらの数値と日々の体調の関係性、 また、長いスパンで見たときの体調の変化などのデータは、 集めようと思えばいくらでも集められます。 だからこそ、それをいかに活かすのかということが重要です。 現在、家ではタニタの体重計を使用しており、 そちらでも情報が取れるようになっています。 将来的にはバラバラだったデータは統合されて行くことでしょう。 その時に重要になるのは、その活用方法、 つまり、どういった考えに基づいてデータを活かすのかということです。

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自然物は時にびっくりするような色合いを見せてくれます。 蕨のアク抜きをしただけなのにこの色です。。 大丈夫なのかしらん?と思いつつも、 どうやら方法は間違っていないようですので、 このまま調理してみるようです。 昔の人はこんな色を見て、よく食べてみようと思ったものだと、 考えさせられます。 そのおかげで今、美味しくいただくことができています。 有難いことです。

クレー

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粘土を使ってモデルをつくる。 クレーモデルと呼ばれていますが、 自動車業界における新商品開発では、 現在でも非常に重要な工程であり、どの企業でも用いられています。 CGを用いたVRやARが発達し、 様々な空間に配置したり、 表面のカラーを変更したり、ということはすでに行われているようですが、 現物を見て確認する、という作業は、 モノづくりの現場からなくなることはないのだと思います。

通勤

職場に行く方法がいくつか選択可能であることはとても便利なことです。 現在は電車を使って通っていますが、 昨日は車で向かいました。 ナビはGoogleマップを使用しているので、 リアルタイムに混雑状況が反映されます。 その結果、これまでは山越えのルートが表示されており、 そのルートに従って通っていましたが、 運転が大変な割にはあまり早くなっている感がなく、、、 そんな中、今回は、その山をギリギリのところで迂回するという、 新しいルートが表示されました。 物は試しとそちらを使ってみると、 山越えとほぼ同じような時間で着くことが判明。 このルートを保存し、今後は使用してみます。 また気候が良くなってきたら、 自転車での通勤が一番早そうです。

一人はみんなの、、、

「一人は皆のために、皆は一人のために」 という成句があります。 英語の勉強の流れからたまたまこの言葉が出てきたのですが、 英語では"One for all, all for one"となります。 大デュマの書いた「三銃士」の中で出てきた言葉、という印象ですが、 どうやら元々も言葉、フランス語では、次のように書かれているそうです。 "Tous pour un,un pour tous" フランス語は全く読めないのですが、 どうやらこれは、"All for one"「皆は一人のために」が先にきているとのこと。 ひっくり返ってしまったのか?と思い、 調べて見ると、どうやら元々々は、ラテン語にあるようです。 "Unus pro omnibus, omnes pro uno" もちろんこちらも読めないのですが、 これはどうやら、英語と同じ並びとのことです。 チームワークなどを指し示す言葉としてスポーツでも使われますが、 順番次第で印象が変わるものだなぁ、とちょっと感じてしまいました。

空の色

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連休明け、最初の勤務日は見事な日本晴れでした。 こんな色の空を描け、と言われても、 なかなか描けないなぁ、と考えながら学内を歩いていました。 本当に空が広いキャンパスです。

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浜松から約429km、途中給油を挟みつつ、移動してきました。 そう移動距離などは追ってまた確認する予定ですが、 体調を崩しながらもなんとか帰りつくことができました。 本当に色々な気付きがあった10日間でした。 思いつき、から始まったことだったのですが、 そこから少し考えることで、 結果的には大きな渋滞には捕まらず、移動できたと考えています。 幸いにも、休み、という感覚でもなく、 ずーっと、何かを詰めていたという印象です。 そのまま、業務に戻っていきます。 雨が降る前に行ったスーパーにて、 粽を見つけ、あぁ、そういえばそういう日だった、と思い、 買ってみました。

浜松にて

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東京からの帰路は、浜松または名古屋を経由して、 と予め考えていました。 確認してみると、浜松に給油しやすい場所があることから、 昨日中に約257km移動し、浜松のホテルで一泊することにしました。 たままた訪れた場所だったのですが、 浜松といえばうなぎパイ、ということから、 工場見学が面白いという情報をいただきました。 自動と手動、 オープンとクローズ、 そのバランスが絶妙なのだと感じました。 特に、導入されているロボットの技術力の高さです。 動的な状態にある脆弱な物体を、 ロボットハンドで持ち上げ、 別な動的空間に整列させる、という、 手でやっても難しそうなことを、 非常に自由度が高い状態で実現していました。 日本の技術の本当の素晴らしさのひとつです。

都心を巡る

都内の様々なインテリアショップに連れて行ってもらいました。 4人という、色々な視点からモノを見て、 自分自身の中の色々な視点からモノを見て、 目がある視点:eye-pointと、 対象物にある:view-point、 実に様々な組み合わせがある中で、考えを巡らせることができました。 自分が本当に欲しいモノはなんなのか、 継続的なインプットとアウトプットのバランスが重要です。

シド・ミード

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今回の旅の当初からの目的地の一つが、 シド・ミードの展示会でした。 図録や書籍は何冊も持っていますが、 展示そのものを見る機会はありませんでした。 今回、幸いにもその機会を得ることができたわけですが、 正直、お客さんはそんなにいないのでは?と考えておりました。 会場に着いて早々にその考えは改めさせられました。 入場制限があり、1階から4階まで、階段部分を使った列がつくられていました。 「え?!こんなに?!」という感想を持ちつつ、 ようやく入場してみると、 ARのアプリを用いた展示や、原画、スケッチなど、 展示方法そのものが非常に手の込んだものでした。 「好きな人が展示をしたんだなぁ」と勝手に考えてしまうほど、 見たかったものを見ることができた展示だったと言えます。 なんでこんな風に描けるの? でも、ひたすら描くしかないんだな。 と、そんな当たり前のことを確認できた時間でした。

日光

今期唯一の観光地、と言えるかもしれません。 山形から日光まで、約254kmの道のりを降って参りました。 ようやく連休後半です。 日光周辺はさすがは観光地、 今回初めて渋滞を経験しつつ、 それでも16時20分にチケットを購入し、東照宮内へ。 順番通りに進んでいては絶対に見切れないと考え、 どうしたものかと思っていると、 ふと、眠り猫が目に入りました。 特に考えがあったわけではないのですが、 なんとはなしにそちらの方へ。 結果的にはそれが功を奏したようです。 眠り猫→家康の墓所→鳴龍→三猿、と、 全て見て周ることができました。 それぞれのところの最終組に入っていたようなかたちなので、 少しでも順番が違えば見られなかったようです。 幸いでした。 そんな流れから、もう少しだけ歩を進め、 埼玉県で宿をとりました。

山桜

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日本には多くの桜・ソメイヨシノが咲いていますが、 実家山形では、まだまだたくさんの山桜が咲いています。 時期的にもう少ししたら満開、とのことですが、 多量に咲き誇るソメイヨシノとは異なる、 山肌に点々と咲く自然の桜に美しさを感じます。

永平寺 - 上山

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526kmの移動距離でした。 福井から富山までは車で行ったことがありましたが、 新潟を車で移動するのは初めての経験でした。 走っている途中、ふと日本海側に目をやると、 あれ?佐渡島かな? 多分、初めて見たと思います。 日本海特有の灰色の空の下、 荒れた海の中にうっすらと見える大きな島影が、 なんとも言えず不思議な感覚にさせられました。