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興味関心を持つこと

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週末になり、コーヒーの粉を買いに行きました。 見たことはありつつも、 自分でやったことはない。 または、 知ってはいても、 その必要性や意味を理解していない。 そういった事柄が世の中にはたくさんあります。 単純に関わる機会がなかったモノや 興味を持たなかったモノなど、 種類は様々ですが、 今回、改めて、 色々なモノに興味関心を持って知ろうとすることは、 重要だと感じました。

コストのおさえ方

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今年は、よくコーヒーを飲んだ年だったな、 と来年以降に感じるかもしれません。 どこのコーヒーがどうでこうで、 ということは相変わらずわかりませんが、 プロダクト的に類似しているモノは、 別な視点から理解できる部分があります。 この写真の二種類、 販売ブランドは異なりますが、 内側に使われているパックの部分は同じもののようです。 あぁ、こうやってコストを抑えるのか、 と考えさせられました。

フィルムの違い

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春先に撮ったあざみの写真です。 最近になってようやくフィルムの違いを考えるようになりました。 インターネット上には色々な情報が載っていますが、 私自身はやはり実体験がないと理解できない部分が多くあります。 フィルムも少しずつ試していきたいと思います。

姿を消す風景

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見ていた風景が姿を消す。 時代の流れとともに、往々にして起こることだとは思いますが、 とはいえ、簡単に割り切れるものでもないと感じます。 それによって何が良くなるのか、 本当にみんなにとって良いことなのか、 答えはもちろん否です。 しかし、そういう流れがあり、 実際にそうなっていく。 そういうものであることを理解しつつも、 納得できるかどうかはまた別のもののように感じます。

単焦点で学べること

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最初はKonicaの52mmのレンズしかなく、 しばらくその画角で撮っていました。 その後、たまたま広角が手に入り、 広い空間を撮れるようになりました。 広角や望遠など、言葉では理解していましたが、 現代のカメラは大体のものが多少なりともズームすることができ、 画角の制約はあまり感じることがありませんでした。 単焦点のレンズを持つようになって、 初めて、どういう絵として画面に収めるか、 自分の考えを内包することができるようになってきました。

浮世絵のレイアウト

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今日は岡山県立美術館にて、 「ミュシャと日本、日本とオルリク」という展示を見てきました。 ミュシャは本当に日本でも人気が高く、 授業のアンケートでも多くの学生が書いてきていました。 以前も展示は見たことがあり、 その作品の素晴らしさはいうまでもありませんが、 今回はそれに加えてちょっと違った部分に意識がいきました。 日本との関係性をうたっている展示なだけあり、 当時の日本の芸術の一つ、浮世絵なども飾られていたのですが、 それらの作品の画面構成に非常に目が惹かれました。 葛飾北斎や歌川広重など、こちらも著名な方々の作品が並んでいましたが、 それらのレイアウトの秀逸さに、今更ながらに驚かされました。 頭では理解していたことが、実感として体が反応した、 そんな感覚でした。

指摘されたこと

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以前、会社に勤めていた当初は、 写真の構図など、全く考えていませんでした。 それを指摘してもらい、色々と考える様になりました。 未だに良し悪しはわからないのですが、 自分の考えを込め、人に伝える必要がある、 ということはなんとなく理解できる様になりました。 それを実現することが難しくも楽しいと感じられます。 指摘してくださった方のグラフィックは 今でも大きな目標の一つです。

アートとデザイン

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よく作品展の情報をいただき、美術館に見に行きました。 太田三郎という方の作品で、 切手を使って表現する、というものです。 現代アートは、ついつい「理解できない」ということを考えてしまい、 腰が引けてしまうのですが、 この方は元々がデザイナーということからか、 何かすんなりと受け入れることができました。 アート、特に抽象的な作品に関しては、 100人いれば100通りの受け取り方があるのが良い作品、 という話を院生時代に聞いて以来、だいぶ気楽になりました。 その人が受け取るように受け取れば良い、という主観の世界。 デザインとの差異を強く感じます。

知ること

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ひめゆりの塔、という名前は知っていましたが、 現物を見るのも、それがなんであるのかも、 理解はできていませんでした。 今回、宿泊場所の関係から立ち寄ることができ、 駆け足でしたが、大筋を拝見することができました。 経験していない人間が、 いかにそのことを伝え聞いても、 本筋のところ、一番大切なところは理解できないのかもしれません。 そうであったとしても、表面だけなのだとしても、 知っていかなければならないのだと、 感じ、考えさせられました。 いかに自分が何も知らないのか、 それは、せめて知ろうと思えば知ることができることがたくさんあります。 機会もあります。 やるかやらないか、それだけなのだと意識させられた時間と場所でした。

話

話をする、ということ。 直接なのか、 電話でなのか、 ネット越しなのか、 近いのか遠いのか、 色々な話のスタイルはあります。 何れにしても、言葉のやり取りを行うということは、 それを通して、関わった人に何らかの影響を与えるものと理解しています。 言葉のやり取りによって情報を共有しているにも関わらず、 実際は、言葉以上の情報を共有できている点が重要なのだと感じます。 今は、人とのやり取りを想定して書いていますが、 これもやがてロボットに置き換わっていく部分はあるのかもしれません。 一つの大きな議題だと考えます。

† 乗っ取り †

一昨日の朝、一つのアカウントが乗っ取られていることがわかりました。 気が付いたのは通勤電車の中だったため、 降りると同時にその会社に連絡を。 乗っ取られている、ということとともに、他の問題も発覚し、 その諸々の対応に四苦八苦しました。 乗っ取るとともにプランを変更し、 アカウントを増やし、、、 バレないと思っているからやっているのか、 一体なんなのか、、、 正直、その心理は全く理解できませんが、 そういう人間がいる、ということは理解です。 善・悪 正・誤 様々な言い方ができますが、 自分はそんなことをしていないか、 そう問いかける良い機会になった、 と、そう考えるようにしました。

⁂ 服装 ⁂

新年度をむかえ、 講義や実習が始まりました。 自分が大学一年生だった時、 どんな目で教員を見ていたか。 そんなことを考えていました。 教員が話した言葉をどう受け止め、 教員の行動をどう見ていたか。 その1つ1つが、実はとても重要な意味を持っている、 と、強く感じるようになりました。 今までは感じていなかったのか、と言えば、 そういうわけでは有りませんが、 これまでは、そんなことを考える、精神的な余裕が、 一切無かった、と言えます。 今あるのは精神的な余裕ではなく、 単純に歳を取ったコトによる、状況への理解、 なのだと思います。 それでも構いません。 自分自身を顧みながら、 行動し、発言していきたいと考えています。

† 纏・纒 †

Macで変換されるから使える漢字、というものが、 恥ずかしながらいくつかあります。 「まとめる・纏める」もその一つです。 小さい文字だともはや識別できません。 纏 例によって、調べてみます。 「纏・纒」 ・音:テン[漢], デン[呉](平)先(仙), (去)霰(線) ・訓:まとう, まつわる, まとい ・解字:会意兼形声。「糸+音符廛(テン)(ある所にへばりつく)」。ひもや布を一か所にへばりつくようにまきつけること。 「廛」 ・音:テン[漢], デン[呉](平)先(仙) ・訓:やしき, みせ ・解字: 会意。「广(いえ)+里+八印(わける)+土」で、村里や町の中で、一軒ずつに区切ってわけた土地にたてた家を示す。平らにならした宅地のこと。 まとめる、という意味をそこまで深く考えたことはありませんでしたが、 こうして見てみると、 まとめるということは、 「場所」が重要なのだと理解できます。 必要な場所を設けて、 そこに紐で縛り付けることがまとめることなのだ、と理解できました。

† 専門業者 †

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引越しを請け負う業者がいくつかありますが、 例えば、昨年ニュースになったヤマトなどは、 運搬業務の一つとして引越しを請け負っている事になります。 それに対して、引越しの専門業者があります。 これまで、自分で業者を手配して引越しする際には、 その点はあまり考慮せず、比較的安価で対応してくれるところ、 という視点で探していました。 しかし、今年の引越しは、「引越し難民」という言葉が生まれるほど、 業者を見つけることが大変なこともあり、 3月中旬から探したにも関わらず、 対応してくれる業者が見つかっただけでも御の字だと考えていました。 そこは所謂引越し専門業者であり、 業界的にも大きな企業だったのですが、 その手際や作業内容を見て、業績が良いことが納得できました。 運ぶ物品に応じて手法が完成されていることはもちろんですが、 なぜその方法なのか、 どうしてそういう方法に至ったのか、 それが明確に決定され、担当者が理解していました。 今回は当初3人で、とのことでしたが、 応援が駆けつけ、最終的には6人でご対応いただき、 2tロングのトラックにフルに積み込んで完了しました。

‡ 現代におけるAIを考えてみる⑧ ‡

機器に何かを理解させるためには、 機器が理解できる言葉に翻訳する必要があります。 これは、大変な作業である、と言われていますが、 普通の人間同士の生活の中でも必要なことです。 企業の人とのコミュニケーションや、 学生や同僚などとの会話、 様々な場面で普通に必要になることです。 私自身、現在、英語を改めて学んでいますが、 そういった母国語とは違う言葉とのコミュニケーションにおいても、 翻訳(自身または他者による)は非常に重要です。 しかし、言語が違う人間同士の場合と、 人間と機器との場合との一番大きな違いは、 文法や単語を置き換えることでは解決できない、ということです。 そんな中で、これまでとは違った解決案も出てきたようです。

† 情報を処理する †

読み、ながら、 聞き、ながら、 観、ながら、 内容を理解する、ということ、 情報を処理する、ということは、 非常に複雑な行為だと感じます。 英語のドラマでそれをやってみていますが、非常に難しい。 一つは、 英語の不出来が大きな要因になっていることは間違いありません。 ただ、日本語でも同様のことが起こり得ると考えると、 情報処理に関する問題であるとも言えます。 Aという対象は、様々な形で情報を持っています。 A ∋ 文字情報, 音声情報, 映像、、、 動きを見ながら、科白を聞くことはできます。 しかし、 セリフを聞きながら、それを文字として読むためには、 感覚をつかむまでに時間が必要です。 何かがハマると瞬間的にわかるようになる、 そのハマる何か、とは何なのか。 英語の勉強をするとともに、 情報理解という観点からその部分についても考えていきます。

† 聞きながら見る †

海外のホームドラマを、 英語の字幕を付けて、 英語の音声を聞きながら観てみています。 毎日、(できるだけ)同じ時間に観るようにしていますが、 開始早々はどうしても聞くのも、読むのも、観るのも、 チグハグな感じです。 そこを我慢しすつ数分見ていると、 不思議と観る・読む・聞くが、 一致してきます。 「あれ?」と感じて、 日本語の音声・日本語の字幕でもやってみたところ、 実はそれも慣れるまでちょっとギャップがあることに気がつきました。 頭の中でそれぞれの情報をきちんと整理して受け止められるようにする、 そこまでの準備は、特に英語ができるかどうか、 とは別な能力なのだと理解できました。 続けていきます。

† 速く読む †

本を読む速度は、人それぞれ異なると思いますが、 私の速度は大変遅くなかなか読み進みません。 以前、速読の方法もいくつか覚え、 やってみたことがあります。 それはそれである程度の速度まではいきましたが、 内容を本当に理解できているのか、 ということが気になり、結局やめてしまいます。 しかし、現在、例えば毎日流れてくるネットのニュース記事などは、 全てをじっくり読んで、などとやっていては、 それだけで時間が過ぎていってしまいます。 そのため、いつの間にか勝手に飛ばして読んでいるようです。 そんな中、英語のアプリの中に、 ニュースの記事を一定速度でスクロールしていくものがあり、 試しに使用してみたところ、 もちろん簡単に読める、ということはないのですが、 いつもだったら気になって立ち止まってしまう様な単語が現れても、 立ち止まることはできず、どんどん流れていくことから、 強制的に最後まで送られていきます。 これが自分にとっては思いの外良いことに気がつきました。 考えてみれば、日本語の記事だって、全ての単語を読んでいない、 という当たり前のことを目の前に見せられた気がしました。 一つの方法として取り入れています。

‡ 現代におけるAIを考えてみる④ ‡

数学の定理を自動的に証明するプログラムから始まり、 1980年代には、コンピュータに専門的知識を学習させ、 それを使って問題を解決させる、という試みが行われたそうです。 エキスパートシステムと呼ばれそうですが、 数値化できない事柄については対応できない、 という一般的に想像しうる機器の限界のようなものが壁だったようです。 例として医療が出ていました。 「お腹がチクチクと痛い」という表現を数値化しろ、と言われたら、 誰でも困ります。 むしろ、この問題は、人工知能云々とは関係なく、 一般の医師でも起こっていることです。 痛みを10段階で考えた場合、どのくらいか? お腹の上の方か下の方か? 刺すような痛みか、叩かれたような痛みか? など、いろいろな表現を用いて、 なんとか病状を理解し、治療方法を導く、 これは、非常に難しい方法です。 現代では、患者の言葉から、症状を推察し、 その推察を明確にするために検査を行います。 検査の結果が、推察した症状と同様の結果を示せば、 そこから即治療に進むことになりますが、 もしも、推察と検査結果が示すものが違った場合は、 推察を変更し、状況によっては検査をし直すことになります。 つまり、機器でも理解できるように痛みを数値化することができれば、 医療にとって非常に大きな一歩になる、とも言えます。

‡ 現代におけるAIを考えてみる① ‡

AI(artificial intelligence)という言葉をよく目にするようになり、 人工知能という一般的な訳語によって、 「なんとなく」理解しているような気になっています。 一度、現状の「AI」と呼ばれているものを自分の中で整理してみます。 「AI VS. 教科書が読めない子どもたち」という本から、 気になった用語を抜粋しつつ、自分の中で理解を試みます。 この本は「AIはまだどこにも存在していない」という立ち位置から始まります。 多分、多くの人はここでようやく、 「そもそも、AIってなんなんだ?」ということに気づかされると思います。 つまり、なんとなく言葉は知っているが、 その定義は誰にも聞いたことがない、 それこそが、現在のAIが抱えている大きな問題ではないかと感じます。 書籍の中では、 「人工知能の目標とは 、  人間の知的活動を四則演算で表現するか 、  表現できていると私たち人間が感じる程度に近づけること」 とまとめられています。 ラングではないため、 表現は他にもあると感じますが、 ここではこの定義に従って進めて行きます。