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パッケージとプロダクトの関係

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新しいモノが届くと、 多くの場合それはパッケージに包まれています。 商品を取り出す前に出会うパッケージは、 より中のプロダクトを際立たせるモノであって欲しい、 そう感じます。 ということは、 単純にパッケージが大したことなければ、 中身を見たときにより大きな喜びがある、 ということは言えるのでしょうか。 それよりは寧ろ、 美しいパッケージでテンションが上がり、 中身を見て、さらに喜びが増す、 そんな関係の方が望ましいことは言うまでもありません。

冬の風景

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福井の実家から送ってもらった写真です。 今年の年末年始はまた大量に雪が降ったようです。 雪国というくらいから雪くらい慣れているんじゃないの? という人もいるかもしれませんが、 それはそれ、これはこれ、 毎年毎年全く違う季節かのように、 その様相を変えてくるように感じます。 大変な雪ではありますが、 こう綺麗に埋め尽くされると、 それはそれ、美しく見えます。

タイミングの難しさ

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一体、何を撮りたかった写真なのか、 と思われてしまう様な一枚になってしまいました。 街中にサギがいたことがあり、 その飛び立つ瞬間を撮りたいと考え、 粘った結果がこれでした。 イメージの中では、フレームのもっと右側。 今にもフレームから出て行こうとしている瞬間に シャッターを切ったつもりだったのですが。。。 今時ならばiPhoneなどで連写をすることでしょう。 または映像で撮っていることでしょう。 自分の指が動く瞬間と シャッターが切れる瞬間のギャップ。 その生物は「きっと動く」というイメージと現実のギャップ。 動いているどのタイミングをおさめるのが、 一番美しいのかと言うイメージと現実のギャップ。 それらを埋めて行くことが重要だと考えさせられました。

光で遊ぶ

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手前の実像と、 ガラスに映った虚像、 それが綺麗に撮れていました。 昨日の話 と並びますが、 撮影しているときは、こんなに綺麗に対称に見えていたかな、 と感じてしまいます。 現像されて来たのを見て、初めてその面白さに気づいたように感じます。 意図したものよりも良く感じる、ということは、 写真としては失敗していることになるように感じます。 自分自身がきちんと美しいと感じ、 それを写し取れるようになります。

課題展示

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学内にはちょっとした展示空間があり、 事前に申請し、スペースが空いていれば、 学生の授業課題などの展示を行うことができます。 今日はその展示方法について、 一緒に担当している先生方と打ち合わせを行いました。 どう展示すれば、 多くの人に見てもらえるか。 作品同士を比較しやすいか。 何よりも、美しい展示になるか。 そういった意見をぶつけあい、 現場で確認し、いくつかの項目を決めて行きました。 短時間のやり取りですが、スピーディで気持ちが良い時間です。

島の濃淡

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雨を避けるように車を走らせたところ、 玉野市に入って行きました。 玉野市は瀬戸内海に接しており、 その港から海沿いに走っていくと、写真のような景色が広がりました。 色の濃淡による遠近法は、手法として知っており、 実際に絵を描く際にも活用しておりますが、 ここまで綺麗にそれが確認できるとは。 瀬戸内海に面する場所に住んで感じるのは、 山々や島々の連なりの美しさです。 今回、雨雲がかかっているため、視界が狭められていますが、 晴れているときはどこまで見えるのだろう、と、 期待が生まれました。

† 令 †

自身への覚書として、 いつもの漢字源の解釈をまとめておきます。 「令」 会意。「△印(おおいの下に集めることを示す)+人のひざまずく姿」で、人々を集めて、神や君主の宣告を伝えるさまをあらわす。清く美しいの意を含む。もと、こうごうしい神のお告げのこと。転じて長上のいいつけのこと。 この解字から考えさせられたのは、最後の一文です。 「転じて長上のいいつけのこと」 長上のいいつけは、清く美しいものである。 今、40歳を過ぎ、平均年齢を考えると、丁度半分の位置にいます。 自分の言葉はこれから年齢的には「長上のことば」に成っていきます。 果たして、清く美しいモノと言えるものであるかどうか、 自分自身に刺さる言葉でした。