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久しぶりの牡蠣

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久しぶりに牡蠣を食べました。 ある会話の中で知ったコトですが、 私の中で「牡蠣」と言えば、 生牡蠣を指していました。 以前2回当たったことがあるため、 次はいつ頃食べられるかなと考えているのですが、 どうも、一般的には火を通して食べることが多いようです。 それなら私でも食べられます。 自分の中で普通だと考えていたことが、 実はそうでもないらしい、ということを久々に体験しました。

時間の過ごし方

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何かを待っている時間の過ごし方は、 人それぞれではありつつも、 やはり、スマートフォンの影響は大きいのでしょう。 メールやLINEをなどのコミュニケーションに使ったり、 ニュースなどの情報収拾をしたりすることもあります。 加えて、ゲームなどで文字通り時間を潰している人もいることでしょう。 それはそれとしてありつつも、 やはり、人と話をしながら時間を過ごすことが私は好きなようです。 普段とは違う場所で、 普段と同じ人と過ごす。 そんな時に流れる時間は思いの外楽しく貴重なものだと感じます。

学食にて

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大学の食堂にて。 全く利用したことはなく、 用がある学生と話すために行ったのですが、 自分が学生の頃の「食堂」という場所について思い出していました。 たまに昼食を食べに行く、という感じの利用でしたが、 食堂のおばちゃんがいて、 友人がいて、 色々な会話や対話をしていました。 私の大学生活において、 とても重要だった場所の一つです。

カフェで撮る

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カフェの中で写真を撮るときは、 食べ物か、またはインテリアに焦点を合わせますが、 できるならば、人も含めて撮りたいな、と感じます。 それは多分、カフェを始めとした空間は、 人が入ることで完成するからかもしれません。 誰かと食事をしている場面では、 会話を写すことはできませんが、 そこに流れる空気感から、 会話が透けて見えるように感じることがあります。 それもまた、写真の面白さなのでしょう。

時を超える

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昨日は久しぶりに卒業生たちと食事をすることができました。 皆、それぞれの場所で頑張って生きているようです。 卒業してから6年という時間が流れていますが、 そんな時を一瞬で戻してしまうような、 沢山の会話ができました。 年齢だけではなく、先を生きなければならない、と 改めて気付かされました。

ダイスを使って遊ぶ

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サイコロ、ダイスなどと呼ばれるモノです。 主にボードゲームなどで使用するわけですが、 その歴史や成り立ち、種類など、 調べれば調べるだけ、ネタはどんどん出て来そうです。 ちょうど小学校から中学校に上がった頃、 このダイスを使った「遊び」をやっていました。 今で言うところのRPG: Role Playing Gameの前身、 Table talk RPGというゲームにハマったことがありました。 ゲームとはいえ、テレビゲーム系のコンピュータを相手にするのではなく、 文字通り、人と話をしながら進めて行くゲーム。 数人で集まって、 一人がつくって来てくれたシナリオをベースに、 会話で展開して行く遊びです。 無言では成り立たないので、必然的に話します。 それぞれに役割(Role)があるので、 一人だけ話さない、と言うこともありません。 全員が話します。 演劇のようなものなので、楽しむためにはみんながキャラになり切ります。 その結果、話すことへの恥ずかしいという気持ちや、 うまくできるかなぁ、という不安がなくなったように思います。 だって、それはキャラクターがやっているのだから、という安心感です。 それはある意味、今の匿名によるネット社会に近いように思いますが、 完全に顔出し(直接会っているわけだから)しているので、 これ以上ないほど非匿名性な状態です。 そういうコトで鍛えられたコミュニケーション力はあるのかもしれない、 とふと考えました。

『memorandum』     

 八重桜

いにしへの   奈良の都の     八重桜    けふ九重に      にほひぬるかな 百人一首は、結構宙で詠める方がいらっしゃいますね。 私は全くわからないのですが、 興味を持っています。 小さい頃の方が覚えやすかったはずなのに、 その頃には興味を持てませんでした。 さて、そんな八重桜の歌ですが、 詠み手は伊勢大輔という女性とのこと。 奈良から宮中に八重桜がおさめられた時のこと、 その受け取り役を紫式部から譲られた伊勢大輔が、 藤原道長から突然振られた詠まれたそうです。 古(いにしえ)と今(けふ)、 八重と九重、 奈良と九重、 見事に絡み合ってて素晴らしいそうです。 よく頭が回るなぁ、と感心しますが、 こういう回転、とても大切ですね。 普段の会話でも、大切なのかも知れません。 単純な言葉の応酬ではなく、 会話・対話として楽しむことを心掛けたいものです。