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御節

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初の帰省しないお正月ですが、 ありがたいことに御節をいただくことができました。 その土地その土地の食材による変化や、 時代による変化があります。 そういうことを調べつつ、 味わい、楽しめること、全てが、 ありがたいことです。

選ぶということ

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多分、ここ2、3年間に飲んだ缶コーヒーの量は、 それまでの数十年間に飲んだコーヒーの量の、 何倍もあったと思います。 最近沢山飲んでいる、という意味ではなく、 それまでほとんど飲まなかったという意味で。 種類が豊富だと自由に選べる、 とは私は感じないようで、 一体どれが美味しいの??? と考えてしまい、結局選ばずに他の飲料を飲んでいました。 そんな中、ひょんなことからTully'sさんをよく飲むように。 こういう変化も楽しいものです。

変化のある場所

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夏の雲です。 最近、ようやく寒さが増してきて、 冬だな、と感じられるようになってきました。 夏も冬も、どちらも好きな方ですが、 実家が山形というだけで、 寒さに強そう、と思われます。 実際の山形は、 夏は夏で非常に暑い場所です。 そんな四季の変化が激しい土地で過ごした経験は、 私自身にとってとても意味があるように感じます。

変化を楽しむ

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今年に入って、 意識的に色々なコーヒーを飲みました。 とはいえ、インスタントだったものが、 パックのドリップ式になっただけで、 大差はないのだと思います。 それでも私にとっては大きな変化の一つでした。 来年ももう少し変えていくことができればな、と思います。

単位の値

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食パンというと、 まだ実家にいた小さい頃、 数ヶ月に一度くらい、おじいちゃんが食べたがって、 山形市内のパン屋さんから 一斤、買ってきたように記憶しています。 この「斤」という単位、 どうやら、時の流れとともに、 値が変化したようです。 最近パン屋さんを覗いた時に、 一斤として販売されているモノの量が、 以前とは明らかに違うな、と感じたのは 間違いではなかったようです。

備忘録としての御節

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そういえば、 いつも、なんとなく出すのを忘れていたので、 夏になる直前の今日ですが、 御節の写真を載せてみます。 私が物心ついてからでさえも、 少しずつ変わってきている我が家の御節。 でも、それは悪いこととは思いません。 多分、物事は、 その時代の人が良かれと思って更新していく、 そういうものなのではないか、と、 感じることがあります。

シーンの変化

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以前、Tully's coffeeに行った時に撮った一枚です。 当時は何の疑問もいだかなかったシーンですが、 今の情勢で考えてみると色々と問題があります。 お客さんの距離が近い、 レジとお客さんの間に仕切りのようなものがない、などなど。 多分、透明な仕切りなどについては、 あっても問題はないので、これからも常態化していくものと思われます。 静かにですが、確実にシーンが変わっていきます。

琴線の変化

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今日のお昼は、 久しぶりにケンタッキーフライドチキンを買ってきました。 テレビのCMでやっていたのを見て、というのが正直な気持ちですが、 そのCMでは、さらに、映画を見ながら、というようだったので、 同じように撮りためていた映画の中から一本、 「崖の上のポニョ」を見てみました。 一回は映画館で見ているので、 今回は2回目だったのですが、 途中の部分から、どうにも目頭が熱くなるシーンが多く、 このアニメーションでなぜ??と自分の感覚が不思議になりました。 何か、その中で描かれている、 人同士のつながりや、 相手を思い遣る気持ち、 信じる心、 そういったものが極々自然に描かれていることが、 私の心の琴線に触れたようでした。 たまたま選んだ一本だったのですが、 思いがけず、自分の心の変化に気づくきっかけをもらったように感じます。

ツツジの絨毯

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ツツジと思われる花が咲いていました。 所変われば品変わる、ではありませんが、 植物もまた、場所ごとに変化していきます。 そんな中、ブワッと咲いている花を見かけました。 多分、ツツジなのだと思います。 ツツジといえば、福井にいた時に、 公園一面に咲いているのを見たことがあります。 そこまでの量はありませんでしたが、 密度と鮮やかさはそれに勝るとも劣らないものがありました。 また、間から覗く緑の鮮やかさも、惹かれるものがありました。

変わっていくパッケージ

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たまに食べたくなるものの一つに、 コンビーフがあります。 美味しいのか、と聞かれたら、私としてはそんな風にも感じないのですが、 なんでしょう、 この形状や、開け方、昔からあるようなグラフィック、 そういった雰囲気も含めて、 たまに食べたくなります。 これももう開け方が変わってしまうということで、 残念だと思いつつも、 プロダクトのあり方としては正しいのかもしれない、 と考えさせられます。

上からの視点にドキドキ

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昨日は瀬戸大橋を下から仰ぎ見た写真でしたが、 今度は上からの写真です。 建築の勉強をしていた時、 モデルなどの写真は、人の視線の高さから撮る、と習いました。 一生のうちで、建物の屋根を見る機会は限られている、と思っていましたが、 どうやら最近はそうでもないようです。 本当にとても簡単に上空からの映像を見ることができます。 画像ではなく映像である点も重要だと感じます。 時間的な変化をおさめることができます。 バッテリーの継続時間は問題として残りますが、 それに差し引いても、 この高さの視点を得ることができたことは、 非常に重要なことです。

変化と不変と

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フィルムカメラで撮るようになって、 半年は経ったようです。 昨年撮った様々な景色を、 今年もまた撮ってみたら、 どんな違いができるでしょうか。 画角や露出など、 自分としては色々考えながら撮るようになった、と考えていますが、 本当にその成果は出ているのかどうか、 そんなことを見てみるのも面白そうです。

写真に対する考え方の変化

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フィルムで写真を撮るようになってから、 デジカメでブツ撮りをメインにしていた時とは考え方が変わりました。 プロダクトを対象にブツ撮りをしていた時は、 記録する、ことを中心において撮っていましたが、 フィルムカメラで撮るようになってからは、 写真のフレームで切り取られた部分に意味がある、 と考えるようになりました。 当たり前といえば当たり前で、 むしろ、プロダクトもそうであるべきだったはずなのです。 フィルムを経験することで、 デジタルカメラでのブツ撮りに対する考え方も変化したと感じます。

見方の変化

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街中を歩いていて撮った一枚です。 今日も街中を歩いていました。 まだまだ知らないことがあるなぁと思いながら、 歩いていました。 人間が一生のうちで歩ける距離の、 なんと限られていることか。 フィルムカメラで撮るようになって、 今までよりも色々な目で周囲を見るようになりました。 関わるプロダクトによって、 見る対象も、その見方も変わることがあります。 普段から見ていればもっと楽なのに、と、 その都度考えてしまいます。 今回の見方の変化がそれの一助になればと感じます。

自分にとってのコーヒー

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コーヒーをよく飲むようになったのは、 一昨年くらいからです。 それまでは紅茶や中国茶、緑茶が多かったです。 飲めないわけではなかったのですが、 お茶ほど違いを感じることができず、 なんとなく遠ざけていました。 ただ、生活が変わってよく飲むようになってからは、 少しずつですが自分なりに違いを感じられるようになり、 新しい楽しみになりつつあります。

見る目の変化

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たまたま同じ壁面に、 たまたま同じような大きさの、 全く違うシルエットが描かれていました。 これは学内ですが、 この時カメラを持っていなければ、 この関係性では撮れなかったでしょうし、 そもそも見つけることができなかったかもしれません。 カメラを持って歩いていると、 自然と何か撮るものはないか、と探している自分がおり、 逆に、カメラを持っていない時に、 あ、今、持って入れば、、、と思わせられるような瞬間に出会ったりします。 世界を見る目が変わってくるようです。

水の質感

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人や生物は撮っていて楽しい、という話を何度か書きましたが、 もう一つ、水も興味深い絵になります。 特に流れている水は、 シャッタースピードとの兼ね合いで、見え方が変化します。 流れている様子を見せたいときは、 どこまで絞れるか、ということになります。 フィルターを使えば良いのですが、 移動している時など、 瞬間を撮ろうと思うとなかなかそれも難しいです。 また、写真の左上のように、水のなんとも言えない質感が撮れた時も、 嬉しい瞬間です。 その時間に戻って触れてみたい、と感じさせてくれます。

影で遊ぶ

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駐輪場で撮った一枚です。 影が面白いなぁ、と感じて撮ったのは確かですが、 現像が上がって来て見た時の印象は、 「あれ?こんなに面白かったっけ???」というものでした。 撮影から現像までの時間がそう思わせたのか、 いずれにしても、実際の目で見た時以上に、 不思議で面白い印象に変わっていました。 人間の目は、常に少しずつ動いているそうです。 それによって色々な範囲を認識したり、 対象を正確に捉えているのだと思いますが、 写真は単位時間で空間を二次元に切り取ってくれるため、 そういった動きによる変化がなくなります。 それが生み出している妙なのかもしれません。

生きているものを撮る

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人間や動物達、そういうものを積極的に撮るようになりました。 もちろん、肖像権を尊重することは忘れていませんが、 フレームの中に人や生き物が入ることで、 写真が俄かに生きてくるように感じます。 多分、建物や植物に比べて、 人間や動物は変化が著しいためだと思いますが、 それだけに本当に難しいです。 また、演出してしまうと、一気に冷めてしまいます。 やはり、土門拳の「絶対非演出の絶対スナップ」が重要です。

変化するもの

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大学生の頃、一時期、使い切りカメラを使っていたことがありました。 しかも只管雲ばかりを撮っていました。 その時にカメラの魅力に取り憑かれていたら、 大変なことになっていたかもしれません。 幸いにも(?)散々撮ったところ、満足したのか、 ファイリングだけして自分の中でのブームが終わりました。 コンテナの中にあるはずなので、 それを見つけてみても面白いなと考えています。 今、改めてフィルムカメラに興味を持ってみると、 確かに雲は面白い対象だと感じます。 毎日、目に見えて形が異なるものは、 実はそんなにないのかもしれません。 もちろん、全てのものが日々変化している、ということはわかりますが、 写真で留めておこうと感じるほどの変化は、という意味です。 そう思って周囲を見てみると、もう一つ興味深い対象があります。 人間です。 レンジファインダーを使ってスナップショットを撮ってみよう、 と考えた時、人の動きほど面白く、難しいものはない、と考えています。 最近取り切ったフィルムは、 ネットでの現像を試みているため、まだしばらく帰ってきません。 どんな風に写っているのかな、と思いを巡らす時間もまた、 興味深いと感じるようになりました。