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夏の影

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以前、 カラーの写真を載せました が、 それとはまた違った趣があります。 そもそも画角が違う、ということもありますが、 夏の強い日差しで生まれる黒い影は、 色々なモノを包み隠しつつ、 うっすらとその先が見えるようで、 本当に魅力的です。 影をうまく撮りたい、と思いはずっと続いています。

カラーとモノクロ

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ふと感じたことは、 なんでモノクロじゃなかったんだろう、 ということでした。 どういう時にモノクロが良いのか、 それは未だに明確には答えが出ていませんが、 今回、ふとこの写真を見た時に、 モノクロ「でも」良い、 モノクロ「の方が」良い、 という感覚を持ちました。 少しずつ、自分の中で何かが整理されてきているようです。

晴天と曇天

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このところ、 雨のような、 雨の降りそうな、 そんな天気が続いています。 梅雨であることを考えれば自然なことなのですが、 どうも、岡山に住んでからは、 雨という現象はそんなに続かないもの、 という考えが強くなりました。 晴天の下では、 コントラストのついた写真が撮れます。 曇天の下では、 鈍いモノクロの雰囲気が良く撮れます。 どちらも魅力的に見えるように、 撮れるようになりたい。

街中で光と影を撮る

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以前寄ったカフェの中から撮った写真です。 モノクロのフィルムで撮るようになってから、 色々なことを考えるようになりました。 特に、街中でスナップショットを撮る時は、 レンジファインダーカメラで、 モノクロフィルムで、というのが気持ちよく感じます。 何故なのか、自分でも、まだ、わかりません。 光と影、 白と黒、 を理解し、撮れるようになります。 写真は何故「とる」という音なのか、 それも考えるべきなのしれません。

モノクロに色を考える

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不思議なことに、 モノクロフィルムで写真を撮るようになって、 これは何色だろう、と考えることが多くなったように感じます。 夜、暗くなりかけた頃に、 サウナ屋さんのネオンを撮影した一枚です。 夜の空は黒なのか? ネオンがついていない菅は黒なのか? それぞれ、何色で光っているのか? そんなことを考えながら撮った一枚でした。

二値で描く

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自宅にいる間に色々なことをやる、 という話がありますが、 私の場合は今までと同じことを継続してやる、 ということに力を入れています。 その一つとして描き続ける、ということがありますが、 大学とは違って限られたスペースをいかに効率よく使うか、 限られた道具をいかに効率よく使うか、 そこに焦点を絞ったところ、 可能な限り少ない色数で描く、ということをやってみようと考えました。 今の写真に見えるように、モノクロに近い状態、 それも二値に近い状態で描く、ということに取り組んでみます。

見る目の変化

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たまたま同じ壁面に、 たまたま同じような大きさの、 全く違うシルエットが描かれていました。 これは学内ですが、 この時カメラを持っていなければ、 この関係性では撮れなかったでしょうし、 そもそも見つけることができなかったかもしれません。 カメラを持って歩いていると、 自然と何か撮るものはないか、と探している自分がおり、 逆に、カメラを持っていない時に、 あ、今、持って入れば、、、と思わせられるような瞬間に出会ったりします。 世界を見る目が変わってくるようです。

明るいレンズ

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明るいということは、 レンズにとっては重要なこと、ということも、 実感としてはありませんでした。 しかし、補正が全くない今のカメラを使っていると、 それがどれだけ素晴らしいことか、 強い実感として感じることができます。 Leica IIIfを購入した際、当初はレンズはなかったため、 一つ貸してもらいました。 しかも、それはとっても明るいレンズ、 当時のLeicaに合うL39マウントとしてはびっくりな明るさのモノです。 お陰様で、夜の街中も楽しく写すことができます。

意識のベクトル

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みんなが見つめる先は、 ショッピングモールのイベントスペースです。 群像を撮る時、 みんながバラバラの方に意識を向けているのか、 みんなが同じ方に意識を向けているのか、 それによって写真全体の印象も変わって来ます。 意識にベクトルがあるのだとしたら、 私のベクトルだけが彼らとは異なる方向を向いていることになります。 常にそういうベクトルを持つということは、 写真撮影にとっても、デザインにとっても重要なことに感じます。

木漏れ日の色

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モノクロフィルムとカラーフィルム、 それぞれカメラで分けて使ってみていますが、 別段色を残したい、と思わなければ、 モノクロフィルムでも気にならなくなっています。 写真はカラーフィルムで撮ったものですが、 奥行きのある木々の隙間から太陽の光がのぞいているもので、 ほぼ、モノクロと言っても良いような絵になっています。 まだまだ悩みながら、写真熱は終わらない様です。

師走の店内

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Tully's Coffeeのコーヒーが好きです。 たまにあったら入る、あったら買う、くらいのものですが、 自分の中では好きな方だと思います。 店内ということで太陽光よりも暗いわけですが、 そこから更に少し絞ってみました。 こういう絵がデジタルカメラで撮れた時には、 ぶれてしまった、と感じるのでしょうが、 意図して人をぼかすことに楽しさを感じます。 季節は冬、皆さん年末に向かって急いでいる様です。

雨の記録

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なぜこんな写真を撮ったのか。 そう思い出すと面白いことがあります。 この写真は、自転車で大学から帰っている途中、 珍しく急に雨に降られ、雨宿りしていた時に撮ったものです。 岡山に来て以来、そもそも雨が少ないということに加えて、 突然想定外に降ることも少なかったので、本当にびっくりしました。 その意味も込めて撮影したものです。 小さい頃の写真のイメージとは、 思い出を残すモノ、でしたが、 最近ではもっと違うものを残す様になった気がしています。

指摘されたこと

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以前、会社に勤めていた当初は、 写真の構図など、全く考えていませんでした。 それを指摘してもらい、色々と考える様になりました。 未だに良し悪しはわからないのですが、 自分の考えを込め、人に伝える必要がある、 ということはなんとなく理解できる様になりました。 それを実現することが難しくも楽しいと感じられます。 指摘してくださった方のグラフィックは 今でも大きな目標の一つです。

光で遊ぶ

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手前の実像と、 ガラスに映った虚像、 それが綺麗に撮れていました。 昨日の話 と並びますが、 撮影しているときは、こんなに綺麗に対称に見えていたかな、 と感じてしまいます。 現像されて来たのを見て、初めてその面白さに気づいたように感じます。 意図したものよりも良く感じる、ということは、 写真としては失敗していることになるように感じます。 自分自身がきちんと美しいと感じ、 それを写し取れるようになります。

影で遊ぶ

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駐輪場で撮った一枚です。 影が面白いなぁ、と感じて撮ったのは確かですが、 現像が上がって来て見た時の印象は、 「あれ?こんなに面白かったっけ???」というものでした。 撮影から現像までの時間がそう思わせたのか、 いずれにしても、実際の目で見た時以上に、 不思議で面白い印象に変わっていました。 人間の目は、常に少しずつ動いているそうです。 それによって色々な範囲を認識したり、 対象を正確に捉えているのだと思いますが、 写真は単位時間で空間を二次元に切り取ってくれるため、 そういった動きによる変化がなくなります。 それが生み出している妙なのかもしれません。

伝わるメッセージ

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レンジファインダーカメラで撮るようになってから、 写真の中にできるだけ人や生物を入れたいと考えています。 動きが見えるかどうか、と共に、 そこに 意思 を見て取ることができるかどうかに、 要点があると感じています。 写真中程に写っている人は、 ドアから出て来て、明るい方に目を向けています。 たったそれだけのことでも、いろいろなことが想像されます。 もしも、そこに強いメッセージ性を感じることができる写真が撮れるならば、 それは作品と呼べるのかもしれません。

自然に生まれる線

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撮っている時には、そこまで意識していなくても、 現像した写真を見てみると、 思いの外強く線として意識させられるモノがあります。 この写真のS字の線、 撮っている時も見えてはいますが、 それよりも動いている人に目が行っていたことを覚えています。 写真という一枚の絵として切り出してみると、 人の存在はもちろん感じますが、 それ以上に、S字カーブや、 人の影に目が行きます。 ファインダーから見ている時にも、 そこに目がいくように、 自分自身を鍛えて行きます。

思い起こす時間

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Leica IIIf Elmar 5cm F3.5で撮った写真が現像されて来ました。 改めて、楽しいなぁ、、、という素直な感想です。 カメラによる違いを感じるだけの技量を身につけなければ、 というのがありますが、 まず今は素直に撮れた写真を見て楽しんでいます。 現像までに時間がある、というのも、 面白く、もどかしい、不思議な感覚です。 その時、自分は何を思ってシャッターを切ったのか、 その時の自分の意思と、撮れているモノは、 どれだけ一致しているのか。 それを思い起こすこともまた、 楽しい時間です。 不思議に感じます。

雰囲気を切り取る

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今まで写真を撮ると言っても、 スナップショットを撮るようなことはありませんでした。 風景や建物(共に人があまり入らないように)、ブツ撮りが基本で、 シーンを切り取るという考えは全くなかったと言って良いと思います。 カメラをそういうものだと捉えていなかったようです。 今、レンジファインダーカメラを手にして感じるのは、 スナップショットの難しさと楽しさです。 風景を切り取るのではなく、雰囲気そのものを切り取るには、 一体どうしたら良いのか、 どう撮れば人に伝えることができるのか、 それを考えることが難しくも楽しいのです。

感光

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以前、フィルムカメラは影の部分が面白いなぁ、と感じました。 フィルム写真における影とは、つまり感光していない部分です。 特にモノクロフィルムの場合は、 光を受けずにそのままの状態で残ったところ、とも言えますが、 多少でも光が入れば、その強さに応じて像を結びます。 フィルムによる違いも様々あるようですが、 まだ、そこまでは経験的にわかっていません。 感光した部分の情報量と、 感光していない部分の情報量、 どちらがより多くの内容を持っているのだろうか、 と考えながら絞りやシャッタースピードをいじっています。