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氾濫しているコトバ

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生活用品を購入するため、 近所に買い物に。 それくらいの外出くらいしか許されていない、 そんな印象を受ける今日この頃です。 不要不急の外出、というのがどこまでのものなのか、 医療崩壊が始まっている、というのはどれ程のものなのか、 オーバーシュートなどのカタカナ語だけでなく、 いろいろな言葉が定義を示されずに報道され、 その字面だけでも萎縮してしまっているような、 そんな日々です。 今の状況を冷静に見つめ、 何をすべきか、何をすべきでないか、 見極めなければなりません。

スナップショット

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レンジファインダーカメラを使う、ということを考えた際、 スナップショットを撮ろう、と決めて試してみました。 厳密な定義などはないのでしょうが、 街中を歩いている中で、 あるシーンを切り取る、というのがその一端ではないかと考えます。 また、難しいことではあるのですが、 できるだけ、人や生き物をフレームの中に入れよう、とも決めてみました。 結果的に相手の顔が写りすぎているものなどは、 こういった場には出せなくなりましたが、 そういうことも含めて、 自分にとって練習だと感じています。 あるシーンを伝えるためには、 「誰」であるかは必要がないことが多いわけです。 家族写真や記念写真などとは違います。 そんなことを一人考えながら、 写真に向き合ってみています。

‡ 現代におけるAIを考えてみる⑦ ‡

ビッグデータとは何か、 何がビッグデータか、ということを考える場合、 その一つの解は、 「機器に柔軟性を持たせるもの」という言い方ができるようです。 三段論法では説明がつかない人間の考え、 Aを見たときに、それがAである、と認識する能力などがそれですが、 それを機器に導入する際に活用できると考えられたのが、 ビッグデータのようです。 見極めさせたい対象の画像を大量に見せる、 それによって学習してもらう、 言葉で表現するのは簡単ですが、 これをきちんと定義するのは大変です。 「見極めさせたい対象」であることをどのように定義するのか。 ラベリングするのか、ということが難しいことは、 容易に想像がつきます。 この、「どの画像に何が写っているか」というラベルをつけたものを、 教師データと呼ぶそうです。 Digitalの「1」「0」の世界において、 それを示す、ということの難しさと「手間」は すごいコストになります。 その部分を機器に頼ることができれば、 どれだけに楽になるだろうか、と考えずにはおれません。

‡ 現代におけるAIを考えてみる① ‡

AI(artificial intelligence)という言葉をよく目にするようになり、 人工知能という一般的な訳語によって、 「なんとなく」理解しているような気になっています。 一度、現状の「AI」と呼ばれているものを自分の中で整理してみます。 「AI VS. 教科書が読めない子どもたち」という本から、 気になった用語を抜粋しつつ、自分の中で理解を試みます。 この本は「AIはまだどこにも存在していない」という立ち位置から始まります。 多分、多くの人はここでようやく、 「そもそも、AIってなんなんだ?」ということに気づかされると思います。 つまり、なんとなく言葉は知っているが、 その定義は誰にも聞いたことがない、 それこそが、現在のAIが抱えている大きな問題ではないかと感じます。 書籍の中では、 「人工知能の目標とは 、  人間の知的活動を四則演算で表現するか 、  表現できていると私たち人間が感じる程度に近づけること」 とまとめられています。 ラングではないため、 表現は他にもあると感じますが、 ここではこの定義に従って進めて行きます。