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夏の影

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以前、 カラーの写真を載せました が、 それとはまた違った趣があります。 そもそも画角が違う、ということもありますが、 夏の強い日差しで生まれる黒い影は、 色々なモノを包み隠しつつ、 うっすらとその先が見えるようで、 本当に魅力的です。 影をうまく撮りたい、と思いはずっと続いています。

陽の当たり方

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ある日の駐車場での一枚です。 普段停めないところに駐車したところ、 不思議な陽の当たり方をしていました。 車のボディへの光の当たり方と、 そこから広がる影の感じが面白く、 一枚撮ってみました。

自然に目がいく

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お風呂から上がって部屋に戻ってみると、 月の光で床に影ができていました。 普段はその時間、そんな風に窓際に立たないからなのか、 何か久しぶりに感じ空を見ていました。 だいぶ夏も深まっていますが、 未だ長雨が続いています。 新型コロナによる患者数も増加の一途をたどり、 お盆前にでも再び規制が入るのでは、 と、昼に学生さんが話していました。 そんなときだからこそ、 自然のことに目がいくのかもしれません。

街中で光と影を撮る

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以前寄ったカフェの中から撮った写真です。 モノクロのフィルムで撮るようになってから、 色々なことを考えるようになりました。 特に、街中でスナップショットを撮る時は、 レンジファインダーカメラで、 モノクロフィルムで、というのが気持ちよく感じます。 何故なのか、自分でも、まだ、わかりません。 光と影、 白と黒、 を理解し、撮れるようになります。 写真は何故「とる」という音なのか、 それも考えるべきなのしれません。

影と光の中間

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手前が暗く奥が明るい、 または、 手前が明るく奥が暗い。 その影が薄れて光の方に向かう瞬間をどこに定めるのか、 露出を考えるというのはそういうことなのだと思います。 もう少し、影が奥の方まで伸びるように、 そんな露出を目指したいです。

影に光を

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以前、 iPhoneで撮影したところと、 同じところのフィルムが上がってきました。 最近のSNSでよく見かけるフィルム写真は、 全体的に明るい印象があります。 光をしっかりと取り込んでキラキラとした世界が写っています。 しかし、なぜでしょう。 私はやはり、こういう影に沈んだ部分に光を感じます。 世の中ではうけないだろうなぁ、と考えながら、 それでも自分の好きなもの、に価値を見出そうとしています。

黒という情報

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以前、露出はどちらかというと アンダー気味が好きだということを書きました。 今日、他の先生と少しその話をしたのですが、 やはり、影の部分や陰の部分に、 何かがある、というのが好きなようです。 写真、というよりも、画像の場合、 白という状態は、 (R,G,B)=(256,256,256)のことです。 白という情報は持っていますが、 逆に言えばその周辺の情報は白しかありません。 もちろん、真っ黒(R,G,B)=(0,0,0)も、その情報しかないわけですが、 完全な黒を印刷物で表現することが難しいように、 完全な黒の情報というものは、 ある意味、何か他の情報も有しているように私は感じるのかもしれません。

陰に浮かんでくる

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影で形が見えるのは、 なんとも印象的です。 天井面の構造体が奥に向かうに従って詰まっていく様子や、 下にあるオブジェがわずかばかりの光を浴びて浮かんでくる様子。 それとは別な次元にあるように浮かぶ雲、など。 よくみて見ると見えてくるものと、 全体から受ける印象、それらが相俟って面白さに繋がっているようです。

アンダー気味で

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フィルムで撮っているからなのか、 「カゲ」の面白さを感じるようになりました。 「影」と「陰」、 どちらも魅力的に感じます。 色々な写真を見てみると、 露出を明るい方に振って撮っている人をよく見かけますが、 私はやっぱりアンダー気味に撮る方が好きなようです。 Photoshopなどで画像をいじっていたからなのか、 白になってしまうともう復帰できないと感じてしまいます。 しかし、逆にアンダーにやりすぎても像は見えません。 その間をどのように選ぶのか、そこが楽しくも難しいです。

見る目の変化

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たまたま同じ壁面に、 たまたま同じような大きさの、 全く違うシルエットが描かれていました。 これは学内ですが、 この時カメラを持っていなければ、 この関係性では撮れなかったでしょうし、 そもそも見つけることができなかったかもしれません。 カメラを持って歩いていると、 自然と何か撮るものはないか、と探している自分がおり、 逆に、カメラを持っていない時に、 あ、今、持って入れば、、、と思わせられるような瞬間に出会ったりします。 世界を見る目が変わってくるようです。

日本のモノづくり

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Leica IIIfを手に入れてから使わなくなっている、 Konica Iで撮った夕焼けです。 レンジファインダーカメラは確かに一つで十分な印象でもあるため、 申し訳ないと思いつつも今はLeica IIIfを持ち運んでいます。 しかし、撮れた写真などを見ると、 やっぱりKonicaのレンズはすごいのだと感じます。 Hexar 50mm F3.5で、前期のものになるのですが、 十分な美しさが見てとれます。 夕日で影になっている木の葉など、 ここまで微細に写るのか、としみじみ感じます。 Hexar、Hexanonという名品も使い続けていきたいと思います。

影で遊ぶ

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駐輪場で撮った一枚です。 影が面白いなぁ、と感じて撮ったのは確かですが、 現像が上がって来て見た時の印象は、 「あれ?こんなに面白かったっけ???」というものでした。 撮影から現像までの時間がそう思わせたのか、 いずれにしても、実際の目で見た時以上に、 不思議で面白い印象に変わっていました。 人間の目は、常に少しずつ動いているそうです。 それによって色々な範囲を認識したり、 対象を正確に捉えているのだと思いますが、 写真は単位時間で空間を二次元に切り取ってくれるため、 そういった動きによる変化がなくなります。 それが生み出している妙なのかもしれません。

自然に生まれる線

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撮っている時には、そこまで意識していなくても、 現像した写真を見てみると、 思いの外強く線として意識させられるモノがあります。 この写真のS字の線、 撮っている時も見えてはいますが、 それよりも動いている人に目が行っていたことを覚えています。 写真という一枚の絵として切り出してみると、 人の存在はもちろん感じますが、 それ以上に、S字カーブや、 人の影に目が行きます。 ファインダーから見ている時にも、 そこに目がいくように、 自分自身を鍛えて行きます。

目の中心のレンズの中心

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ファインダーから見ている中心が、 レンズの中心ではない、ということ。 ちょうど良い写真があったので、 使ってみました。 撮った時は確かに扉のセンターが中心になるように撮ったつもりなのですが、 思いの外ずれていました。 そもそも、ブツ撮りでない限りは、 対象をセンターに置いて撮ることがないので、 大きな問題にはならないと思っていたのですが、そうもいかないようです。 しかし、こういうところも、 レンジファインダーカメラの面白さなのかな、と、感じています。 何よりも、上のライトの影が良い感じに出ており、満足です。

感光

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以前、フィルムカメラは影の部分が面白いなぁ、と感じました。 フィルム写真における影とは、つまり感光していない部分です。 特にモノクロフィルムの場合は、 光を受けずにそのままの状態で残ったところ、とも言えますが、 多少でも光が入れば、その強さに応じて像を結びます。 フィルムによる違いも様々あるようですが、 まだ、そこまでは経験的にわかっていません。 感光した部分の情報量と、 感光していない部分の情報量、 どちらがより多くの内容を持っているのだろうか、 と考えながら絞りやシャッタースピードをいじっています。

闇の中を写す

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岡山国際芸術祭にて、 真っ暗な体育館で撮影した時の写真です。 本当に暗い中だったため、正直、写っていないか、 手持ちで撮ったため、手振れで見られたものじゃないか、の、 どちらからだと思いながら、試しに撮ってみました。 思いの外しっかりと写っていることから、 Konishirokuのレンズの明るさと、 Konica FMの重さによる固定のしやすさを実感しました。 影と光をうまく写せるようになりたい、 そう考えさせられました。

季節が巡る

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偶然、撮ることができました。 車で通り過ぎる瞬間、 「あ、秋桜が咲いている」と思い、 引き返したのが良かったようです。 丁度蝶々が蜜を吸いに止まっているところに出会えました。 改めて今のレンズの性能を認識ました。 とにかく明るい。 屋外とはいえ、曇り空の下、 1/1000でも明るく撮れてしまいました。 色々撮っていく中で、 多分、私は影の部分にモノが潜む感じが好きなのかもしれない、 と感じるようになってきました。 …にも関わらず、現像されてきた絵は非常に明るいモノです。 まだまだ慣れなければいけません。

影の光

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部屋の電気を消して、 6月の満月を眺めました。 綺麗に見えるよと教えてもらい、 リビングに行ってみると、 月光がつくる窓の桟の影が、フローリングに映っていました。 こんな風に月の光を感じたことはなかったな、と 素直に感動し、眠りにつきました。