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見せ方・魅せ方

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飲み物を売っている小さなお店での一枚です。 揃いのパッケージで並んだ様子が、 店内の照明とも合っており、 とても感じ良く見えました。 頑張っているお店は、 探せばいくらでも出てくるようです。 つまり、 如何に見せるか、は重要です。

情報の解像度

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たまたま購入したパラコードで遊んでみました。 たまたま、というのは、本来購入する予定ではなかったのですが、 購入したいものとセットで販売されていたため、 ということで手に入りました。 色々な結び方、纏め方がありますが、 今はいずれも動画でその方法を見ることができます。 昔折り紙の本を見ながら折っていた時とは、 わかりやすさが格段に異なります。 情報の解像度が高い、と表現できそうです。

光の表現

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最近遊んでいるピンホールカメラで撮った一枚です。 すごく久々に飲み屋で食べたい、ということになり、 駅前で夕食をとることになりました。 天井から裸電球が吊るされているお店で、 その部分はそこそこの明るさがありました。 時間さえかければ写るかなと思い、 食べている傍らで、30秒ほど露光させたところ、 面白いものが撮れました。 絵で光を描いたり、 照明の様子を表したりする場合はありますが、 この写真のように描くことはあるかなぁ、 と考えさせられました。 何かを表現するための方法には、 実に様々なものがあります。 まだまだ色々知らなければなりません。

酸味はどこから?

なぜ、コーヒーに拘る人がいるのか、 以前からそれは不思議でした。 ただ、そこまで興味がなかった、 もっと正確に言えば、味の違いがあまり感じられなかったために、 興味を持てなかった、のです。 ただ、ここ一年ほど、ほぼ毎日と言って良いほど、 1日一杯は飲むようになり、 少しずつですが味の違いがわかるようになってきました。 もちろん、例えば、2種類用意して、その場で飲み比べればわかるのですが、 それは「わかる」とは違うように感じます。 そんなわけでコーヒーのお味についてですが、 ひょんなことから調べてみると、これがまたなかなかに興味深い。 特に、私自身、酸味については以前から気になっていたこともあり、 (というか、なんでこの飲み物、酸っぱいわけ?という感じに) それについて調べたわけですが、 「煎り方」や「挽き方」「淹れ方」それぞれにおいて、 酸味が強くなる方法(抑える方法)がある、ということにびっくりです。 「豆の種類」が関係することはもちろんです。 酸味だけでそうなのに、苦味やから何やらカニやらを考えたら、 そりゃもう、拘る人が出てくるだろうなぁ、と、 素直に感じることができました。

空へ

夜道を運転するのは好きな方です。 車が少ないので、ある意味安全に思います。 もちろん道は暗いのですが、高速に乗れば歩行者はいませんし、 最近のヘッドライトは大変明るく、自動で上向きにもなりますので、 私の目では、見えにくい、ということもあまりありません。 ただ、私が運転する時は運転以外に「目的」があることが多く、 そういう意味では車は「方法」なのだと感じます。 つまり、目的が最終的な心持ちを決定します。 暗い空へ吸い込まれていく、それが昨日から今日への運転でした。

音楽を聴く方法

音楽を聴く方法はいろいろあります。 今ではスマホで音楽を聴く、ということは、 スマートフォンをフルに使っている人にとっては、 すっかり一般化していると感じます。 そういった方法が育っていきつつも、 未だに以前からの方法が残っている、という点において、 オーディオの世界は面白いのかもしれません。 私が音楽を楽しんだ、一番古い記憶はカセットテープです。 聞いていた曲は今でいうJpopです。 そこからCDになり、データになり(CDも中身はデータですが)と変化を続け、 今では完全にiPhoneの中に入っている音を聞いています。 今回、レコードプレイヤーを譲っていただいた関係から、 初めて自分の家でレコードを聴くことができるようになりました。 少しずつ楽しんで行きたいと考えています。

⁂ 踏みしめる場所 ⁂

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部屋のカーペットが新調されました。 今までのが大分疲れていたから、ということで、 新調していただく事になりました。 地面は、部屋の空間の中でも、非常に大きな部分を占めます。 家具を置けば隠れてしまいますが、 それでも尚、主張する力は強いものがあります。 既に買い置きをしているものがあるのと、 他の部屋と大きく換えるわけにはいかない、ということから、 色は選ぶことはできませんでしたが、 配置の方法だけは、業者の方にその場で直接お願いし、 指示することができました。 これから色々な人が歩くであろう床面を、 改めて見つめ、頑張らなければならない、と、 強く感じ入りました。

† 開通までの時間 †

引っ越しに必要な手続きのうち、 タイミングが合いにくいものの1つが インターネットの開通があります。 電気や水道、ガスと言ったインフラは、 立ち会いが必要、等の条件はあっても、 かなり早い対応がなされます。 一方のインターネットの開通は、 ある種のインフラになっているにも関わらず、 工事まで2週間かかります、 ということがざらではないでしょうか。 引っ越しの時期に混むことはわかっていますし、 電気やガスほど対応が容易でないこともわかっていますが、 既に社会のインフラになっていることを考えれば、 その立場にあると言うことを理解しているのであれば、 何らかの対処方法を検討すべきではないか、と考えます。 今回、先方の連絡ミスから工事が遅れることに、 こちらの落ち度ではないコトからも何らかの対応を、と要求すると、 開通までの間、ポケットWi-Fiを、と提供されました。 手段を提示いただいた事には非常に感謝しますが、 逆に、こちらから要求を出さない場合は、、、 と考えてしまいます。 混む時期がわかっていることなればこそ、 方法を考えるべきと感じ、 それはつまり、自分自身にも返ってくる言葉だと、 強く心に刻みました。

† コンテナ †

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実家を出てから24年目に入ろうとしています。 引越しの度に荷物を整理し、 多くのものを捨てたり、纏めたりしてきました。 どうしてもモノは増えていくことになるため、 如何に纏めるか、が私の中では大きなポイントでした。 結論としては、研究室でやっていたのを参考に、 同サイズのコンテナに、分類ごとに入れ、 積み重ねていく、という方法に落ち着いています。 賃貸の床にそのまま積んでいくと跡がつくため、 コンパネ(コンクリートパネル)を2枚敷き、 そこに積んでいく方法を取っています。 内部へのアクセスが難しいという問題はありますが、 使用頻度が高いものを手前に置くことで、 なんとか解消しています。 改めて、この中に眠ってしまっている書籍を、 一つずつ読んでいきます。

‡ 現代におけるAIを考えてみる⑨ ‡

一枚の画像をコンピューターに認識させようとした場合、 昔からの発想で単純に考えれば、 左上から1ピクセルずつ、 只管認識させていく、という方法が一番シンプルです。 ただ、単純に時間が必要になります。 この処理方法は、実体験として持っています。 2000年前後の頃、CADで立体をつくり、 テクスチャーを付けた状態でレンダリングをかけると、 見事に左上から画像が出来上がっていきました。 ピクセル数十個分単位で処理が進んでいき、 その数十個分が数個分になり、 最終的にピクセル一つ分で処理が進んでいくのを視覚的に確認しながら、 完成を待っていました。 ある時、夜中に高解像度のレンダリング処理をする必要があり、 ネットワーク上に存在するMacに 可能な限りレンダリングサーバーのプログラムをインストールし、 夜中かけて処理を行いました。 20台近いMacを使ったのですが、 当時の高性能デスクトップと数台のノートブックで行なったところ、 処理速度の違いが、視覚的に現れていたことを未だに覚えています。

† 速く読む †

本を読む速度は、人それぞれ異なると思いますが、 私の速度は大変遅くなかなか読み進みません。 以前、速読の方法もいくつか覚え、 やってみたことがあります。 それはそれである程度の速度まではいきましたが、 内容を本当に理解できているのか、 ということが気になり、結局やめてしまいます。 しかし、現在、例えば毎日流れてくるネットのニュース記事などは、 全てをじっくり読んで、などとやっていては、 それだけで時間が過ぎていってしまいます。 そのため、いつの間にか勝手に飛ばして読んでいるようです。 そんな中、英語のアプリの中に、 ニュースの記事を一定速度でスクロールしていくものがあり、 試しに使用してみたところ、 もちろん簡単に読める、ということはないのですが、 いつもだったら気になって立ち止まってしまう様な単語が現れても、 立ち止まることはできず、どんどん流れていくことから、 強制的に最後まで送られていきます。 これが自分にとっては思いの外良いことに気がつきました。 考えてみれば、日本語の記事だって、全ての単語を読んでいない、 という当たり前のことを目の前に見せられた気がしました。 一つの方法として取り入れています。

‡ 現代におけるAIを考えてみる④ ‡

数学の定理を自動的に証明するプログラムから始まり、 1980年代には、コンピュータに専門的知識を学習させ、 それを使って問題を解決させる、という試みが行われたそうです。 エキスパートシステムと呼ばれそうですが、 数値化できない事柄については対応できない、 という一般的に想像しうる機器の限界のようなものが壁だったようです。 例として医療が出ていました。 「お腹がチクチクと痛い」という表現を数値化しろ、と言われたら、 誰でも困ります。 むしろ、この問題は、人工知能云々とは関係なく、 一般の医師でも起こっていることです。 痛みを10段階で考えた場合、どのくらいか? お腹の上の方か下の方か? 刺すような痛みか、叩かれたような痛みか? など、いろいろな表現を用いて、 なんとか病状を理解し、治療方法を導く、 これは、非常に難しい方法です。 現代では、患者の言葉から、症状を推察し、 その推察を明確にするために検査を行います。 検査の結果が、推察した症状と同様の結果を示せば、 そこから即治療に進むことになりますが、 もしも、推察と検査結果が示すものが違った場合は、 推察を変更し、状況によっては検査をし直すことになります。 つまり、機器でも理解できるように痛みを数値化することができれば、 医療にとって非常に大きな一歩になる、とも言えます。

Method: IMRADと特徴と特長

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IMRADを構造的に捉え、考えてみます。 ① Introduction ② Method ③ Result ④ Discussion: ②と③がわかりやすいセットになっています。 日本語で言うところの「方法」と「結果」ですが、 要は「何をやって」「その結果どうなった?」ということで、 只管、事実を問うところです。 事実、という言い方をしていますが、 この「方法」の取り方によって、 今まで見えていなかった「結果」が見えてくるため、 ここが研究の一つの肝になります。 ではそれを挟んでいる①と④はなんでしょうか。 Introductionの元になっているIntroduceは、 語源はラテン語の「introducere」で、 「intro-」と「ducere」からできており、それぞれ、 「to the inside」「to lead」になります。 つまり、内側に導かれるわけですが、 論文の役割として考えれば「どんなことを明らかにしたのか」と言うことかと思います。 しかし、気をつけなければいけないのは、 それは単純に、どんな方法をとってその結果がどうなったか、ではありません。 そこから一歩踏みこんだ部分、 その結果から何を「考えた」のか、ということです。 Discussionの元、Discussの語源は、 「discuss」というラテン語で、 「to disperse」という言葉になるようです。 散らす、分散させる、という意味でしょうか。 意訳すれば、方法と結果を踏まえて、 どこまで思考を発散させることができるか、ということになりそうです。

Method: IMRADとは何か。何がIMRADか。

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 文章の構成は各種ありますが、 現在の論文形式として一般化しているのはIMRADと呼ばれている構成です。 これは、Introduction, Method, Result and Discussionの頭文字をとったものであり、 一般的には、これにTitleとConclusionが付いたかたちで論文としての体を成します。 それぞれの項目は次のように説明されます。 ① Introduction: What are you studying and why? ② Method: What did you do? ③ Result: What did you find? ④ Discussion: What do your findings mean? ⑤ Conclusion: What have you learned from the study? 何について研究するのか、それはなぜかを述べ(Introduction)、 それをどんな方法で解き明かしたのか(Method)、 その結果はどうだったのか(Result)、 そこから何を考えるのか、何を見つけるのか(Discussion)、 最終的に、その研究から何を学んだのか(Conclusion)。 非常にわかりやすく、論文的である、と感じることはできます。 しかし、一体いつからこの形式が一般化したのか、 ということに疑問を感じました。 逆な言い方をすれば、それを知ることで、 「何がIMRADか」という問いに対する 答えを見つけることができるのでないかと考えます。 ある研究 1) によると、 19世紀後半から実験医学の時代になり、 研究論文のスタイルが変化した、とのことです。 20世紀になり、実験的研究が重要視され、 「方法」の部分が独立したことが、 IMRADという形式を産むことになったようです。 1960年代には、ほぼ現在のようなスタイルになった 2) 、 とのことです。 IMRADは確かに実験が記載されるMethodが、 重要な位置を占めています。 この部分からもう少し詳細に見ていきます。 ----- 1) 山崎茂明, 科学論文のスタイルと論文のまとめかた, 薬学図書館, 40(2), 161-166, 1995 2) Ro...

Introduction: 論文としての構成

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改めて、ブログという形式で文章を残していきます。 以前同様に、私自身の覚書になりますが、 今回は構成を意識して書いていきます。 ブログを、一般的な論文に近い構成で書き進め、 数日単位で結論まで導くというものです。 早速ですが、最初のテーマ・問題は、 この「論文としての構成」を取り上げます。 文章の「書き方」にはいくつかの流れがあります。 物語の書き方としては「起承転結」などが有名ですが、 それ以外にも様々な方法があるようです。 特に、論文という形式で考えた場合、 ① Introduction ② Method ③ Result ④ Discussion ⑤ Conclusion という流れが基本的な構成と言われています。 厳密には、医学・工学・自然科学・社会科学・一部の人文科学の 論文に関して、という言い方が適切です。 この五段階の構成でブログを書いていくにあたり、 まずは、その構成そのものについて明らかに、 まとめて参ります。 今後も、対象とするテーマ・問題は、 日常的なものから様々な専門的なものまで、 興味の及ぶ範囲で広く扱っていく予定です。 よろしくお願いします。