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初めて気がつくこと

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今回の新型コロナウイルスによる騒動を受け、 改めて周囲を見てみました。 これは、近くのショッピングモールの出入り口に設置されていた、 消毒液を足元のスイッチで噴射させる機器です。 機器の上部や細部を見てみると、 昨日今日設置されたわけではないことがわかりました。 こういった機器を製作しているメーカーがあること、 そして、以前からちゃんと導入している場所があること、 その二つを知ることができました。

二重のリング

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Konica FM用の望遠レンズを手に入れてから、 ちょいちょい、意識して遠くの被写体を撮ってみたりしています。 絞りのリングが二重になっており、 一つ目のリングを実際に値に設定し、 シャッターを切る直前に二つ目のリングを回転させ、 一つ目のリングの値まで持っていって写真を撮ります。 要は、実際にシャッターを切るときは暗くなるため、 ピントを合わせるときは明るい状態で作業する、というものです。 こういう機器もあるのだなと、商品の変遷を見るのも 大きな楽しみの一つです。

シャンデリア写し取る

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よくここまで微細に表現できるな、 というのが正直な感想です。 70年以上前のレンズとカメラで、 ここまで写せることが、 純粋に技術として素晴らしいと感じます。 そして、その機器を今でも使用することができるという素晴らしさ。 昔のモノは丈夫、とは言いますが、 それに加えて、使っていた人が愛情を持って接していたのだと、 考えずにはいられません。

日本のモノづくり

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先日、オークションで奇跡的に落とすことができた、 「Konica I」。 元々は、「Konica」の名前で売り出されたため、 本体には「I」という文字はありません。 後継機「Konica II」の発売が決まったことで、 「I」をつけることになったそうです。 1948年に販売が開始されたということで、 今から約70年前につくられたモノです。 設計自体は戦前には終わっていたそうなので、 むしろ80年以上前に構想されていた機器ともいえますが、 それが、現代まで残り、 こんな写真を撮ることができる状態で居てくれています。 日本のモノづくりの力を感じずにはいられません。

カメラとのやり取り

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靄の中に浮かぶ木々、のようですが、 実際は、絞りを開きすぎただけです。 本当に明るいレンズのようで、 外光の元ではしっかり絞らないと白っちゃけてしまいます。 とはいえ、写らなかったらどうしよう、と思うと、 ついつい開き気味になってしまします。 そういうカメラとの心の中でのやり取りが面白いと感じます。 慣れてしまえばそれまでなのですが、 考えながら使う、という部分に機器の魅力があるのかもしれません。

洗車

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車で長距離移動することは、好きなことの一つです。 ランニングしたり、自転車に乗ったりすることも好きなのですが、 それとはまた違う意味で、車の運転は好きです。 自動車という機器を操作する、という行為が好きなのかもしれません。 今乗っている車種は、 速度のみですが、前を走る車を追従してくれる機能がありますので、 アクセルとブレーキ操作の一部は、自分では行なっていません。 特に長距離移動になると、ハンドルの操作がメインになります。 それでも操作感を楽しんでいる、と言えるのかどうか、 意見は分かれるところかもしれません。 そんないつも移動を助けてくれる車を、 今日は久しぶりに綺麗にすることができました。

工具

大学内には実に様々な工具が設置されています。 学生は機器毎の条件を満たせば、それらを使用することができ、 課題や、自主制作などに用いることができます。 以前、別な大学にいた時に、 そこの設備は一通り講習を受け、使用する許可を得ました。 今、また、ここでも同様にしなければならないな、と感じています。 機器を適切に用いて、 自分が考えているモノをつくり出す。 その時間はとても大切なものだと感じます。

機器の佇まい

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初めてこちらの工業技術センターに行く機会がありました。 非常に立派な施設で、新しい機器も多くある中、 昔の機器も一部残っていました。 その中でも目に止まったのが、 このマイクロメーターです。 文字盤の下から伸びている棒と、 その下の円盤との間に、薄いモノを挟み、 計測することができます。 このなんとも言えない佇まいや、 一つ一つの形状などから、 その造形言語のようなものが感じられました。 時代を超えて、愛される形があるようです。

⁂ 空気清浄機 ⁂

昨日は、気管支の炎症による、 血中内の酸素濃度の低下について記載しました。 今回の黄砂を受けて、 また、春先から舞う花粉も踏まえて、 空気清浄機を導入するのが、最も効率よく環境を整備できるのではないか、 と考えています。 そこで、各社の機器を横並びで確認してみました。 国内メーカー・海外メーカーそれぞれありますが、 国内メーカーについては、しつこいくらいに只管花粉除去を歌っています。 しかし、以前自分で行った実験から、 花粉の粒子サイズはそれほど小さくないことを知っています。 むしろ、埃などに比べるとはるかに大きいくらいです。 ただ、問題は、花粉が持っている油の成分です。 フィルターの目詰まりの原因になります。 国内が花粉を推すのに対して、 海外は純粋の粒子系を言っている印象があります。 特にPM2.5の問題が顕著だから、ということも言えると思いますが、 「性能」をどのように見せるか、という部分は、 商品を紹介していく上で非常に重要なことです。 粒子径を明確に示すことは、性能を示すことですが、 花粉が取れる、などの説明は、ある意味、効能を謳っているとも言えます。 そう言った表記の部分に、誠実さと正確さが必要であると考えます。

‡ 現代におけるAIを考えてみる⑧ ‡

機器に何かを理解させるためには、 機器が理解できる言葉に翻訳する必要があります。 これは、大変な作業である、と言われていますが、 普通の人間同士の生活の中でも必要なことです。 企業の人とのコミュニケーションや、 学生や同僚などとの会話、 様々な場面で普通に必要になることです。 私自身、現在、英語を改めて学んでいますが、 そういった母国語とは違う言葉とのコミュニケーションにおいても、 翻訳(自身または他者による)は非常に重要です。 しかし、言語が違う人間同士の場合と、 人間と機器との場合との一番大きな違いは、 文法や単語を置き換えることでは解決できない、ということです。 そんな中で、これまでとは違った解決案も出てきたようです。

‡ 現代におけるAIを考えてみる⑦ ‡

ビッグデータとは何か、 何がビッグデータか、ということを考える場合、 その一つの解は、 「機器に柔軟性を持たせるもの」という言い方ができるようです。 三段論法では説明がつかない人間の考え、 Aを見たときに、それがAである、と認識する能力などがそれですが、 それを機器に導入する際に活用できると考えられたのが、 ビッグデータのようです。 見極めさせたい対象の画像を大量に見せる、 それによって学習してもらう、 言葉で表現するのは簡単ですが、 これをきちんと定義するのは大変です。 「見極めさせたい対象」であることをどのように定義するのか。 ラベリングするのか、ということが難しいことは、 容易に想像がつきます。 この、「どの画像に何が写っているか」というラベルをつけたものを、 教師データと呼ぶそうです。 Digitalの「1」「0」の世界において、 それを示す、ということの難しさと「手間」は すごいコストになります。 その部分を機器に頼ることができれば、 どれだけに楽になるだろうか、と考えずにはおれません。

‡ 現代におけるAIを考えてみる② ‡

AIまたはAI技術について、 書籍を読んでいく前に、 まずは、自分自身の「考え」をまとめておきます。 AI・人工知能という言葉を聞いた時の素直な印象としては、 「機器が自分で考える」というものです。 では、自分で考える、とはどういうことでしょうか。 思う、でも、感じる、でもなく、 考える、ということは、少なくとも、 生まれてすぐの子供ができるようなことではなく、 人間であるならば、それまでの生活の中で得てきた、 経験や知識を用いて、 対象の時間軸・空間軸について可能性を吟味する、 というような言い方ができるかと思います。 では、そのようなことを機器が実際にできるのか、ということになりますが、 それを証明することは難しいです。 ということで、「そのようなことを機器が実際にできない」ことを考えてみます。 本を読み終えた時に、その答えを自分が導き出せているかどうか、 が自分自身にとってのこの本の価値、ということもできます。