『命と向き合うデザイン』
細胞シート工学−2
通常、培養皿から細胞を取り出す場合,ディスパーゼなどのタンパク質分解酵素を用いて剥離するため細胞に障害を与える可能性がありました.また温度応答性高分子処理された培養皿を使用する方法では,細胞間結合と細胞自身が発現する接着タンパクのファイブロネクチンやラミニン5を維持したままシートを回収することができます.これらがノリの役目を果たすため回収したシートはそのまま移植する組織の表面などに接着させることが可能です.シート同士も接着できるため細胞シートを積層化することで三次元組織も構築可能です.積層化された組織はそれ自身が産生する細胞外マトリックスのみからなるため生分解性高分子などを用いた足場を使用した際の問題点を回避することができます.細胞シートを用いた再生医学は現在,その領域を広げつつあります.すでに実施されているのは角膜組織・食道粘膜組織・心筋組織に対してです.これらは自己細胞を用いた細胞シートの臨床応用をさらに加速させると言われています.また直に歯周組織・肺組織に対する臨床応用が開始されます.そして,次に肝組織や甲状腺組織における種々の疾患に対する細胞シートの適応拡大が計画されています.例えば、角膜上皮幹細胞疲弊症の患者のうち、眼類天疱瘡やスティーブンス-ジョンソン症候群などの重篤な症例では,免疫抑制剤を併用しても複数回のドナー角膜移植を拒絶した病歴を持つドナー細胞に対して強く免疫拒絶を示す患者がいます。このような症例に対しては,患者本人の口腔粘膜細胞2mm四方から約2週間掛けて角膜上皮細胞シートを培養し,移植する方法がとられており,現在のところ,治療成績は良好です.しかも,培養された細胞シートには細胞外マトリックスが残っているため,移植時に縫合の必要がなく,10分程度で角膜実質に接着されます.また,細胞シートを用いて心筋組織を再生する技術も進んでいます.心筋細胞シートを積層化することで,肉眼で確認できる程度の自律拍動を伴った高い密度の心筋組織を再構築する実験も成功しており,この再生心筋組織を心筋梗塞部へ移植することで心機能が改善することも確認されています.
・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009
・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010
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