『命と向き合うデザイン』 

 背景−1


まずは目的を明確に、そのために背景をはっきりと。
現代医学は一つの転機を迎えつつあります.ES細胞やiPS細胞の研究に牽引されるかたちで,再生医学の研究が進み,再生医療として現場で適応される例が増加しています.特にiPS細胞という言葉に関しては日本の研究者がその発見者であることからも,頻繁にテレビ・新聞などのメディアにも取り上げられ,専門性の枠を越え一般の人にも広く知れ渡っています.再生医療の新しさは科学的な側面はもちろんのこと,その考え方そのものにもあります.ここで,再生医療以前の医療を従来医療と呼び,その性質を比較すると,両者の間では,医療者と患者の関係が変化していることがわかります.従来医療とは,主に,過去100年程度の歴史を持つ近代の西洋医学による医療を指します.西洋医学に関する記述は渥美先生の著にまとめられており,それによれば西洋医学には画期的な発見が3つあります.1つは消毒方法の発見による感染減少であり,2つ目は血液型の発見による輸血の実現.3つ目は麻酔の考案による手術の実現です.これらが発見・考案されたのがいずれも100年程度前であり,これらの技術によって西洋医学は近代化したと言えます.また,同時期に診断技術も発達し,X線写真の発明を皮切りに,心電計・脳波計・筋電計など,医学と工学が相互作用で進歩してきました.つまり,西洋医学は科学性をもって,東洋医学など他の医学に対して優位性を持つに至ったのです.西洋医学における科学性とは「客観性」「再現性」「普遍性」と言えます.まず,ある症状の発現が発見された時点で,類似する症例を多数集計し,その症状の客観性を見極めます.次にその症状が発現する原因を限定するため,実験やシミュレーションなどを用いて再現性を明らかにします.最後にその症状を緩和する薬剤・処方を限定し,普遍性を求めます.その結果,平均的で統計的な処理が確立し,均一な診察が行われるようになりました.つまり,1つの症状に対する,治療方法を1つに特定できるようになったということです.これによって西洋医学は大きく進歩したが,同時に症状の個別性,患者の個人差を認めることが困難になりました.これらは従来医療の診療(診察・治療)の流れを示しています.従来医療では,医療者が患者を診察し,病状をすでにある分類に従って特定し,それに対応した治療を行います.診察の方向性は医療者から患者に対して直線的であり,かつ個人差といったものを認めずに,必ず何らかの過去の症例に分類されます.分類が難しいものはストレスなどといった定義が未だ曖昧な項目に振り分けられることによって,表面上の解決が行われます.

・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010
・渥美和彦: 自分を守る患者学―なぜいま「統合医療」なのか, PHP研究所, 2002
・土屋利江編, 医療材料・医療機器—その安全性と生体適合性への取り組み—, シーエムシー出版, 2009

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