『命と向き合うデザイン』
背景−2
一方,再生医学に基づく再生医療は,従来医療の抱える矛盾を受け,むしろ,従来医療を補完するかたちで研究・開発が活発化してきました.従来医療における処置の中心は薬剤によるものですが,生体の組織がある範囲以上にわたって欠損した場合,薬剤による治療だけでは復元できません.その際,従来医療では組織の移植や人工物を用いてその機能または外観の復元を行ってきました.しかし,これらの解決方法にはそれぞれいくつかの問題が残存しています.最も大きな問題として,前者では移植組織の絶対的な不足・ドナーの不足が挙げられ,後者では人工的な組織の未完成が挙げられます.こういった問題に対する対応・研究が継続して行われている中,従来医療を補完する形で頭角を現してきたのが再生医療です.ES細胞やiPS細胞などがメディアで騒がれ始めた数年前より以前,約30年前から再生医学というかたちで研究は始まり,今日まで続けられてきました.その研究対象はES細胞などの名称からもわかるように,主に細胞や組織です.ヒトに限らず,生命体は膨大な量の細胞によって形づくられています.それらの細胞を思い通りに操作することができれば,どんな生体もつくり出すことができる,という構想が根底にあります.1997年2月に発表された世界初の哺乳類の体細胞クローンである雌羊ドリー以降,クローンという表現が話題に上ったことがありますが,ある生体とまったく同じ細胞を培養することができれば,まったく同じ生体の量産が可能になるという,SFのような論も展開されいてきました.そして,この構想を治療に適応しようと考えられたのが再生医療です.生体の過度の欠損という症状に対して,欠損箇所と同じ細胞や組織を,工学的に培養・精製し,欠損箇所に移植することで治療を行う.この基本的な考えは,人の既知の事実に基づいています.ヒトに限定して考えてみると,ヒトが母体の胎内で1つの受精卵から人間のすべての体組織を形成し,出産されることは,一般的に知られています.この現象は言い換えれば,目や手,脳や心臓といったあらゆる組織が,最初はたった1つの受精卵だったことを意味しており,受精卵には身体をつくるすべての情報が含まれていることになります.この原理を基礎としてES細胞やiPS細胞の研究はなされています.つまり,患者から採取した細胞に対して処置を行い,その細胞を患者自身に戻すという,患者から医療者,そして再び患者へという円環状の流れがそこにはあります.
・浅島誠, 阿形清和, 山中伸弥, 岡野栄之, 大和雅之, 中内 啓光: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009
・Takahashi K, Yamanaka S: Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell 126: 663-676. PMID 16904174. 2006.
・Nakagawa M, et al: Generation of induced pluripotent stem cells without Myc from mouse and human fibroblasts. Nat Biotechnol 26: 101-106. PMID 18059259. 2008.
・Takahashi K, et al: Induction of Pluripotent Stem Cells from Adult Human Fibroblasts by Defined Factors. Cell 131: 861-872. PMID 18035408. 2007.
・Strelchenko N, Verlinsky O, Kukharenko V, Verlinsky Y. (2004). “Morula-derived human embryonic stem cells.”. Reprod Biomed Online. 9: 623-629.