『命と向き合うデザイン』
目的−2
細胞シート工学を用いた革新的な治療は,大阪大学医学部附属病院にて行われた心筋梗塞患者への自己由来細胞シートの移植手術です.心筋梗塞とは心筋への血流量が減ることによって心筋が死滅することによって発生する病気です.心筋に血液を送る冠状動脈と呼ばれる血管が血液側,または血管側の原因によって狭窄し,血流が途絶した場合,心筋細胞は血液からの酸素・栄養分の供給がなくなり徐々に死滅していきます.死滅した心筋細胞は血液を拍出することができなくなるばかりでなく,細胞がやせ細ることで心室内の容積が広がり,ますます血液は心臓内にとどまりやすくなります.血流が滞る箇所には血栓が発生しやすく,もし発生した血栓が脳の毛細血管に塞栓を形成した場合,脳梗塞を誘発します.また,心筋は回復しない筋肉として知られており,一度死滅した心筋は再生しないと考えられて来ました.そのため,重度の心筋梗塞の場合は,心臓移植か人工心臓による治療以外方法がなく,この患者にも当初,人工心臓埋込手術が適応されました.しかし,次に,自己由来細胞シートによる治療として,心筋の梗塞箇所にシートを重ねて貼り付けたところ,シート自体が心筋の拍動に合わせて拍動を行うばかりでなく,シートを介して血管が再生され,心筋自体の回復も認められました.最終的にこの患者は,取り付けていた人工心臓を取り外し,退院するに至っています.現在の細胞シート工学の中心技術は,非侵襲な細胞剥離を実現している培養皿に集約しています.この技術を産業化し販売することは技術的にも問題なく,すでに実現されています.しかし,細胞シート工学全体を俯瞰した場合,培養皿を量産し販売するだけでは産業化としては十分ではないと考えられます.細胞シート工学を今後さまざまな医療機関に導入するにあたって発生するであろう問題を明らかにし,その解決を行った上で適切な医療機器や医薬品の提案を行うことが問題解決につながると考えます.その実践的デザイン提案を行います.
・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009