『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−7


当初は重層化した表皮組織を、培養皿上に作成し、培養表皮として皮膚の治療に用いられました(1975年に、H.Greenらによって)。この際に、培養表皮はディスパーゼと呼ばれるタンパク質分解酵素を用いて培養皿から回収され、皮膚損傷部位に移植されました。1980年代になり、培養真皮、培養全層皮膚、培養血管などを作成する技術が開発されると、これらの技術は総称して組織工学と呼ばれるようになります。そして、培養する細胞そのものの研究が進むと、次に、生分解性高分子による足場(スキャフォールド)の研究が始まりました。1993年、Langer, R.とVacanti, J.P.らによる共著「Tissue Engineering」がScienceに掲載されたことを皮切りに、組織工学の研究が世界的に進められるようになります。ネズミの背にヒトの耳がついた写真は広くメディアに取り上げられましたが、これは生分解性高分子の足場をヒトの耳の形に成形し、軟骨細胞を播種・培養した後に生体に移植したものです。生分解性高分子とは、生体吸収性高分子とも呼ばれ、体内に埋め込み後、一定の半減期をもって体内で分解、吸収または排泄される素材のことです。一般には手術時の縫合糸や薬物担体としてのカプセルとして使用されています。こういった組織工学的手法を用いる利点は、細胞懸濁液の注入で問題になっていた細胞の流出や壊死による細胞の損失を克服できることであり、先天性疾患などの欠損部位に対する治療が可能であることも優位な点です。しかし実際、足場の内部へ十分な細胞数を播種することは容易ではなく、移植後の足場が分解した後の空間は細胞成分が少なく、大量の線維性結合組織で埋められてしまう問題があります。つまり、生分解性高分子を足場として用いる場合、生体側でつくられる細胞外マトリックスが足場と置換される形で形成されれば、形づくった状態で再生されますが、分解速度と生成速度がずれると形が崩れる場合があります。このため、軟骨や心臓弁など細胞がまばらな組織の作成は可能性がうかがえますが、細胞が高密度かつ複雑な構造と機能をもつ組織を作製するには現状の技術では難しいと言われています。

・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010
・立石哲也, 田中順三: 図解 再生医療工学, 工業調査会, 2004
・Langer, R. & Vacanti, J. P. Science, 260 920-926, 1993

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