『自分と向き合うデザイン』
名前
ブログを再開します。
近々、全面的に改修します。
それまではこちらで引き続き言葉を残していきます。
落ち着くまではまずは自分へのメモとして。
復活、一つ目のはこちらです。
自己の情報を本人が管理する必要性と重要性。
ソーシャルネットワークが普及し、
ネットワーク内における自己の意味や位置づけが変化しています。
特に、変わってきたのは名前の位置づけではないでしょうか。
やがてハンドルネームという響きすら聞こえなくなりそうです。
「名前」はその社会において自己を一意的に定めることができます。
同姓同名とは無関係にあくまでもある社会においては一意的です。
しかし、あくまでもある社会、と表現したのは、
登録されたものであるが故に個人を特定しうるという意味です。
逆に言えば、名前が社会に登録されているのでidentify可能である、
という意味でしかありません。
personalがpersonaであるように、
個人を定めるのは難しい問題です。
では、身体情報はどうでしょうか。
身長・体重といった情報から、
今の健康状態・過去の病歴など、
物理的に自分自身を形成している情報は、
極めて一意的に自分自身を定めることができます。
指紋や声紋といった生体情報を用いた認証が
重要視されるのもそのためです。
ソーシャルネットワークによって、
これまで自己が依存していた社会の自由度が増します。
例えば国籍といった社会とは違う場所に、
自己を確立する必要性が生まると予想されます。
その場合、今度は実名だけでは、
一意に定めることができなることが予想されます。
実存としての自己を定めるには、
生体情報をどのように取り出し、
認証していくのか、にかかっていくのではないでしょうか。