2011年2月24日木曜日

『自分と向き合うデザイン』

 名前



ブログを再開します。
近々、全面的に改修します。
それまではこちらで引き続き言葉を残していきます。
落ち着くまではまずは自分へのメモとして。

復活、一つ目のはこちらです。
自己の情報を本人が管理する必要性と重要性。

ソーシャルネットワークが普及し、
ネットワーク内における自己の意味や位置づけが変化しています。

特に、変わってきたのは名前の位置づけではないでしょうか。
やがてハンドルネームという響きすら聞こえなくなりそうです。
「名前」はその社会において自己を一意的に定めることができます。
同姓同名とは無関係にあくまでもある社会においては一意的です。
しかし、あくまでもある社会、と表現したのは、
登録されたものであるが故に個人を特定しうるという意味です。
逆に言えば、名前が社会に登録されているのでidentify可能である、
という意味でしかありません。

personalがpersonaであるように、
個人を定めるのは難しい問題です。

では、身体情報はどうでしょうか。
身長・体重といった情報から、
今の健康状態・過去の病歴など、
物理的に自分自身を形成している情報は、
極めて一意的に自分自身を定めることができます。
指紋や声紋といった生体情報を用いた認証が
重要視されるのもそのためです。

ソーシャルネットワークによって、
これまで自己が依存していた社会の自由度が増します。
例えば国籍といった社会とは違う場所に、
自己を確立する必要性が生まると予想されます。

その場合、今度は実名だけでは、
一意に定めることができなることが予想されます。
実存としての自己を定めるには、
生体情報をどのように取り出し、
認証していくのか、にかかっていくのではないでしょうか。