『自分と向き合うデザイン』
東北・太平洋沿岸地震
Twitterが最も早かった。 タイムライン上を一斉に流れていった地震を告げるつぶやき達。 名古屋の友人から始まり、 すぐに東京へ移り、 「大阪」という単語を目で認識した直後、 身構えると同時くらいに揺れを感じました。 振動に弱い機器を用いていたため、 本能的にその機器の元へ、身体が勝手に向かっていました。 機器が問題無く作動を続けていることを認識した直後、 「震源地は宮城県付近」という言葉が目の隅にとまりました。 電話は既に不通になっており、メールも送れない。 今回ほど、SNSであるTwitterの必要性を強く感じたことは、 これまで無かったように思います。 140文字の限られた時空を活用し、 多くの情報が飛び交っていました。 Twitterで被害の規模を知り、 少し遅れて電話とメールで安否を確認しました。 今回の件は、これからのSNSに対して、 様々な影響を与えると考えられます。 まず、私の場合は、 自分がフォローしている人たちのつぶやきは信頼できます。 ほとんどが現実社会で会ったことがある人や、 または、人格を持たないbotだからです。 しかし、こういった緊急の事態では、 その中に多くのRTが入り込みます。 今回、「拡散希望」などの言葉を含んだ多くのRTが回りました。 現実の社会でも「噂」というモノがあります。 ひどいものでは、現実が歪められ、 何が事実なのかわからなくなることも、 少なくありません。 RTとは、捉え方によっては、 噂と同意語のようにも感じられます。 公式RTに至ってはそのまま正確にトレースされるため、 精度としては現実の噂を遙かにしのぎます。 では、現実の噂とRTの大きな違いはなんでしょう。 最も大きな違いはその速度です。 噂があくまでも口伝を主としているのとは異なり、 RTはインターネット上を、 まさしく光の速度で広がっていきます。 尾ひれは付きませんが、 もしも最初の時点で誤りがあった場合、 誤りのままあらゆる人々に情報が届けられることになります。 そして、そこには悪意も入り込むのです。 偽名というペルソナによってまもられながら、 悪意は光の速度で展開していきました。 僅かな悪意が、 多くの善意によって蔓延していく。 極めて