2012年1月18日水曜日

『自己を見つめるデザイン』

 知恵の実



私が大学に入った頃、1996年当時の日本では、
まだインターネットは普及してなかったと思います。
その前年1995年に発売されたWindows95の登場によって、
比較的に利用者が増えた、と言われていますが、
そもそも、閲覧先であるウェブサイトそのものが、
まだそれほど存在していませんでした。

そんな中にも関わらず、以前も記したように、
私の通っていた大学では、
一人ひとりにメールアドレスを持たせ、
積極的に利用するように進めていました。

その時興味を持てた組と、そうでもなかった組は、
もしかしたら今でもその延長にいるのかも知れない、
と感じることもありますが、
私自身はそういったことに非常に興味があり、
訳もわからず、勉強の仕方も見様見真似で、
兎に角、触っていました。
勿論、Googleはまだ存在していません。
Yahoo!は既にありましたが、
それで検索できる項目数などたかが知れていました。
また、ほとんどのウェブサイトは英語でしたので、
英語の勉強になる、というよりも、
何処をクリックするの?
何が書かれているの?
と、頭の上で?が回っているだけでした。

そんな頃の通信速度が、昨日話したように、
今の約800倍の時間掛かるモノでした。
かなり乱暴な言い方ですが、
オーダーは大体合っていると思います。
今、1秒で見られるモノを見るために、
約13分必要。

勿論、当時はほとんどのページが文章のみですし、
画像なども少ない上に、画質も低かったわけですから、
時間にストレスを感じる、というよりも、
目的のページが開いた、という喜びの方が、
大きかったと記憶しています。
画像を含んだページなどは、
開くまでに時間を要するため、
しばらくMacを放置して、
その間に本を読んだりしていました。
そもそも、ブラウザ用のソフトウェアを起動するのにも
MacのRAMが足りず、
どうやって起動したら良いのかを人伝で聞き、
そのために必要なソフトウェアを、
フロッピーディスクに入れてもらう、
そんな頃でした。

その頃は、その頃の速度に満足しながら、
サービスを活用していました。
勿論、満足とは言っても、
不満がない、ということとは違います。
もっと早く表示されたら嬉しい、
という気持ちはありつつも、
そこまでのストレスを覚えることもありません。
しかし、あるコトがあると、
事態は一転します。
それは勿論、知恵の実と同じものです。



一度進んだ技術は、余程のことがない限り、
戻りません。
それは良いことが多いですが、
今の日本では必ずしもそうではない、と、
考えられるようになってきました。
しかし、インターネットの速度に関して言えば、
それは良いこと、と言って良いと思います。
勿論、それに伴う弊害も沢山考える事ができますが、
それ以上の利点があります。
全てがそのように進むことが望ましいのに。