2015年4月23日木曜日

『Consilience Design』   

 横井小楠



覚えているつもりでも、
とっさに正しい答えが出なければ、
意味がない。
そう感じることがあります。
ということで、まずは、メモ。

横井 小楠 1809年09月22日 - 1869年02月15日 熊本→福井
勝 海舟  1823年03月12日 - 1899年01月19日 江戸→…→東京
松平 春嶽 1828年10月10日 - 1890年06月02日 江戸→福井
由利 公正 1829年12月06日 - 1909年04月28日 福井→東京
吉田 松陰 1830年09月20日 - 1859年11月21日 長州→江戸
橋本 左内 1834年04月19日 - 1859年11月01日 福井→江戸
坂本 龍馬 1836年01月03日 - 1867年12月10日 土佐→…→京都

1853年 ペリー艦隊が来航
1858年 - 1859年 安政の大獄
1864年 池田屋事件
1867年 大政奉還

こうして見てみると、
横井小楠は断トツで年長であることがわかりました。
江戸から明治へと進む重要な時期に、
その重要な人物達へ大きな影響を与えた人の一人です。

1850年代になってから、様々な著書を残しています。
「国是三論」
「学校問答書」
「夷虜応接大意」
「沼山対話」
「沼山閑話」などなど。
思想を言葉で残し伝えた、という点でも、
大きな意義があったように感じます。

熊本から福井に来たのは横井小楠。
熊本から福井に来たのは横井小楠。