投稿

2010の投稿を表示しています

『命と向き合うデザイン』 

 新・デザインについて−8

産業革命は産業医学の発達にも寄与しています。産業革命時の劣悪な労働条件では、労働者は作業関連疾患と呼ばれる症状を患うことが多かったと言います。当時、労働者は都市にあふれていたため、労働者が怪我や病気で業務を進めることに支障が発生した場合、即座にその労働者を解雇し、新しい労働者を雇用するという方法が効率的でした。しかし、低賃金による長時間労働や児童労働など、労働問題の深刻化を受けて、1833年に工場法が制定されます。これを受け、労働者の権利がある程度保証されるにいたり、彼らが業務を遂行するために必要最低限の環境を確保する必要が生じました。その中で、作業に関連した疾患を予防することで健康を維持しようと考えたのが、産業医学の始まりです。労働者を守るという視点ではなく、あくまでも産業資本家が損失を受けないことを目的としていましたが、疾患による解雇の可能性が減ったことと、最低限の健康を保証されたという点において、結果的には産業医学の発達は労働者の生活を守ることには役立ったと言えます。 産業革命を経て発達したこの学問領域は、1857年に生まれたエルゴノミクスという考え方に引き継がれます。元々は、労働の環境や機器をどのように設計すれば効果的に収益を上げることができるか、ということに注力された考え方でした。それが人間の身体的特性を把握し、疲労の軽減、動作効率の向上などにつながり、現在でいうところの人間工学の根幹を担う柱の一つになりました。一方、人間工学のもう一つの柱としてヒューマン・ファクターという考え方があります。これは第二次世界大戦時にアメリカで生まれた考え方で、飛行機のコックピットをどのように設計すればパイロットが操縦を間違わないか、安全に操作できるか、という実益が背景にあります。つまり、エルゴノミクスに比べ、認知特性など心理学の分野から人間工学に向かったと言えます。この考えは現代でも用いられSHELモデルなどを用いて分析されています。ヒューマン・ファクターは、やがてマン・マシン・インターフェイスやユーザ・インターフェイスという考えにつながり、エルゴノミクスとヒューマン・ファクターの二つが組み合わさり人間工学という表現で総称されることになります。 ・人間中心設計(ISO13407対応)プロセスハンドブック ・伊藤 謙治, 人間工学ハンドブック, 朝倉書店, 2003

『命と向き合うデザイン』 

 整理

一度、ここまでの内容を整理し、構成を再考します。 - 背景 - 目的 - 再生医学について - 細胞シート工学 - 人工心臓 - 細胞シートによる治療 - デザインについて(歴史まで) 以上は、過去から現在までの歴史的事実・一般的認識・普遍的原理を通して、現状に対する考え方の共有を行っています。まず、これに引き続き、デザインにおける共有を行います。そしてさらに、これらを受けての次の段階としては、現在として問題提起を行い、現在から未来として解答提示を行うことになります。 その際のキーワードとしてアブダクションの導入を検討します。これは、デザイン手法全体を一貫している考えを仮説的推論であるとし、構成論的に考察することを意味します。 デザイン手法を用いて解答を得た基礎研究を、仮説的推論の視点から分解し、解説することで、デザインという解答を獲得するための行為が持っている優位性を明らかにします。 まずは、その問題提起を行うための共通感覚の集積を行います。

『命と向き合うデザイン』 

 新・デザインについて−7

イメージ
産業革命から始まった近代のデザインは、このバウハウスまでの約100年ほどの期間を持って、一つの区切りを向かえたと考えられています。つまり、計画と意匠という双方の意味を持つ営為としてのデザインの基礎が固められたと言えます。そのため、今なお、バウハウス期のデザインはデザイン教育の基礎として用いられています。この歴史からは、産業とデザインの関係が読み取れます。新しい素材や技術・生産方法などが発明・発見された時代に何か新しい製品をつくっていく場合、デザイナーは必然的にそれらの要素を組み合わせ、製品または商品化し、産業として確立させることを求められていた、ということになります。そして、その都度結果を残してきたと言えます。つまり、産業界にとって新しいさまざまな要素・要因は一つの「問題」と言えます。それに対して、デザイナーが「解答」として適切な製品・商品を設計してきたという歴史的事実が存在することになります。 ・Alvin Toffler; The Third Wave, Bantam, 1984 ・Nikolaus Pevsner; Pioneers of Modern Design, From William Morris to Walter Gropius; Revised and Expanded Edition, Introduction by Richard Weston

『命と向き合うデザイン』 

 新・デザインについて−7

こういった造形活動は確かにバウハウスの特徴の一つですが、もう一つ、それまでのデザインの領域では見られなかった特徴として、教育運動が挙げられます。従来、特に造形の技術に関することは、師弟関係によって師から弟子へと受け継がれていきました。しかし、バウハウスではその師弟間における伝授をより一般的な「教育」という方法論に集約する活動を実行化しました。そのため当時の教育者(デザイナー)は、各自がつくり出すそれぞれの作品を、「論」として一般化または体系化することを求められました。特に、美術作品以外の「製品」と呼ばれる作品に関しては、産業革命以前には、主観による美しさだけで一方的に語られていた時代から、その美しさを含め、製品そのものを他者に伝達する必要が生じたことになります。そのためには製品に対する客観的な視点が必要であり、必然的に個々の機構や素材はもちろんのこと、製造方法から生産方法までを一般化する必要が発生しました。産業革命以降に徐々にできあがっていたデザインと産業の密接なつながりは、バウハウスの教育運動をもってより明確になったと言えます。その結果、デザイナーとして優れた評価を受けた者であっても、教育内容に思想を強く持ち込んだために教鞭を執ることを許されなくなった者もいました。そして、バウハウスで教育を受けた者は、社会に出てデザイナーとして活躍し、再び今度は、教育者としてバウハウスに戻ってくるという人の流れが発生しました。これによって、教育運動は廃れることなく、歴史の中ではたった14年間という限られた期間ではありましたが、年を重ねるごとに密度を高めていったと言えます。このバウハウスの閉鎖は、ナチスドイツの活動の一つによるものであり、教育者の多くは他国への亡命を余儀なくされます。しかし、これは結果的に世界各地にバウハウスのデザイン教育・デザイナー教育を伝播させる役割を担ったことになるとも言えます。 ・Alvin Toffler; The Third Wave, Bantam, 1984 ・Nikolaus Pevsner; Pioneers of Modern Design, From William Morris to Walter Gropius; Revised and Expanded Edition, Introduction by Richard Weston

『命と向き合うデザイン』 

 新・デザインについて−6

バウハウスは1919年に開校し、1933年にナチスによって閉鎖させるまでの14年間、主に「教育運動・造形活動・工房活動」の3本を軸として進められたデザイン活動です。設立時の構想は「工芸や芸術を統合するものとしての総合芸術」でした。イギリスから端を発した産業革命から、時代を経て続いてきたデザインの歴史において、その一つの到達点という位置付けが非常に強い活動です。これまでのさまざまな活動の要素・要因が集約した形になっています。このバウハウスを設立した初代校長のヴァルター・グロピウスは、ドイツ工作連盟を起こしたヘルマン・ムテジウスの弟子にあたります。そして同時に、アール・ヌーヴォーの初期に活躍したヴァン・デ・ヴェルデから強い影響を受け、バウハウスを創設することになったのです。ドイツ工作連盟とアール・ヌーヴォーは、造形的な要素や規格化・標準化という点において対立した思想であったと認識されていますが、ヴァン・デ・ヴェルデ自身、ドイツ工作連盟に在籍し、活動した時期があります。この当時の中心的な二つの思想がグロピウスに影響を与え、バウハウス創設に至ったということは非常に興味深いことです。さて、そのバウハウスですが、一般的には「機能主義・合理主義」としての考え方が強く、製品設計・生産管理などを一つの「システム」としてとらえるという意味での、デザインの基礎がつくられたと言えます。それまでにも、さまざまな物品をシステムとして管理する発想は既に始まっていましたが、バウハウスでは家具から室内空間・建築・集合住宅・都市という範囲までのすべてを、一貫したシステムとみなし、統合することを目的としていました。 ・Alvin Toffler; The Third Wave, Bantam, 1984 ・Nikolaus Pevsner; Pioneers of Modern Design, From William Morris to Walter Gropius; Revised and Expanded Edition, Introduction by Richard Weston

『命と向き合うデザイン』 

 新・デザインについて−5

一方、デザインの歴史から産業革命を見てみます。大量生産による品質の低下を憂いた一部の人々が、手によるモノづくりの復興活動を興します。それはアーツ・アンド・クラフツ運動と呼ばれ、活動時期は19世紀の後半から20世紀の初頭まででしたが、この活動が国際的にさまざまな活動を誘発することになります。中でも、フランス・パリを発祥とするアール・ヌーヴォーは1890年のパリ万国博覧会を切っ掛けに世界中に広まることになります。これは手づくりを重要視しながらも、鉄やガラスといった当時の新素材の可能性を検討し、各デザイナーが新しい表現方法を模索した活動といえます。また、パリ万国博覧会と並んで、写真の技術が一般化したことも、国際的な規模で活動が浸透した理由の一つです。さらに時代が進むと、機械工業による安価で大量生産なものづくりと、手づくりによる少量ですが品質の高い生産との、両方を重視する考え方が広がりはじめます。中でも、アーツ・アンド・クラフツ運動の思想を受け継ぎつつ、後のバウハウスへとつながるドイツ工作連盟という活動は「大量生産するためのモノの規格化・標準化」という考えを中心に、芸術と産業の統一という構想を持っていました。また、一方ロシアでは、ロシア・アヴァンギャルドが起こり、デザインと政治のつながりが明確になりました。その考えの根本は、モノのデザインは生活様式・文化全体へ影響をおよぼし、結果的に政治・経済・社会全体に関わる、ということを初めて国家として意識した活動でした。プロパガンダ・アートとも呼ばれるように、政治にも積極的にデザインが取り入れられ、思想を伝達するための手段として用いられました。製造面で意識されていたことは「使用と生産の両面から見た合理性」として標準化が強く押し出されました。産業革命から続いた一連の流れの一つの区切りとしてここでバウハウスが設立されます。 ・Alvin Toffler; The Third Wave, Bantam, 1984 ・Nikolaus Pevsner; Pioneers of Modern Design, From William Morris to Walter Gropius; Revised and Expanded Edition, Introduction by Richard Weston

『命と向き合うデザイン』 

 新・デザインについて−4

産業革命とは、19世紀のイギリスから始まった、技術革新による産業・経済・社会構造の一連の変革を指す言葉です。技術の革新によって、従来の手工業から機械工業へと変化した産業基盤によって、それまでに蓄積されていた資本を使い、農村で溢れた労働者を都市に引き入れました。結果として、主となっていた綿織物工業を中心に、それに関係する製造業・搬送業などあらゆる産業へ革新は波及しました。労働者階級人口が爆発的に増加し、産業資本家に次ぐ勢力となったため、経済・社会構造にまでその変革はおよびました。やがて第1回ロンドン万国博覧会(1851年)を迎え、当時の先進国の多くに産業革命の波が押し寄せることになります。ここで着目すべきは、手工業から機械工業へと変化した技術的な部分についてです。製造者の視点に立つと、産業革命以前は職人の手によって一つ一つつくられることが基本でした。言い換えれば「職人がつくることができる」ということが製品化・商品化の成立条件でした。しかし、産業革命以降は、機械が一度に大量に製造できることが成立条件になったといえます。この移行は当初は速やかにいかず、品質の悪い粗悪な商品が出回ることになります。しかも、製造機の改良が進み品質が向上すると、今度は逆に、産業資本家が利潤を追い求めるために生産コストを下げ、安く質の悪い商品が大量に生産されることになりました。また、労働条件の悪化を起因とするヒューマンエラーによる品質低下もこれに重なりました。 ・Alvin Toffler; The Third Wave, Bantam, 1984 ・Nikolaus Pevsner; Pioneers of Modern Design, From William Morris to Walter Gropius; Revised and Expanded Edition, Introduction by Richard Weston

『命と向き合うデザイン』 

 新・デザインについて−3

次にデザインを歴史という軸に沿って見てみます。ここでは、産業革命が近代デザインの起源であるとして論を展開します。デザインの起源をどこに設定するかは諸説あり、デザイン対象によって変わる場合もあります。例えば、ヒトまたは動物が道具を使用した時からデザインはあったという説もあります。しかし、この場合、道具をつくり出す行為をデザインと呼んだとしても、それは営為とは言えず、目の前にある問題を解決するための手段としてのみ行われていると言えます。一方、産業革命期におけるデザインは、工業化の流れの中で、デザインもまた、従来の職人の手による造形から、製造方法・生産方法を意識したものへと変革していきました。これは商品または製品として、販売など社会的な流通を意識した行為であると言え、営為であると判断できます。よって、ここでは産業革命をその起源とし、現代までの流れを確認してみます。そもそも、モノやコトの始まりを規定し、そこからそれらのモノ・コトを定義することは、どこに「視座」を構え、どの「視点」から、どの「視線」をもって、どこまでの「視野」を対象とするのか、ということを明確にすることが必要です。ここでは産業と言う視座と視点をもって主に製品・商品を視野に入れた視線でもってデザインを読み解いて行きます。 ・Alvin Toffler; The Third Wave, Bantam, 1984 ・Nikolaus Pevsner; Pioneers of Modern Design, From William Morris to Walter Gropius; Revised and Expanded Edition, Introduction by Richard Weston

『命と向き合うデザイン』 

 新・デザインについて−2

デザインという言葉の意味は、一般的な日本語の辞書である広辞苑第五版(岩波書店)では、以下のように定義されています。 ①下絵。素描。図案。 ②意匠計画。生活に必要な製品を製作するにあたり、その材質・機能および美的造形性などの諸要素と、技術・生産・消費面からの各種の要求を検討・調整する総合的造形計画。 日英、何れもおおよそ「計画・企画・設計」と「意匠・装飾・演出」という二つの意味に集約できますが、「意匠・装飾・演出」の意味のみが、単体として用いられることもあるという点は注意しなければいけません。ここでは、あくまでも語源に基づき「計画・企画・設計」と「意匠・装飾・演出」の双方を兼ね備えていることが、デザインにとって必須の要件であると考える立場を取ります。もう一点、留意すべきこととして、日英の辞書による定義では「生産」や「製品」・「消費」といった言葉が共通して用いられています。これは、デザインによって得られる物品は、芸術品や工芸品のような制作行程ではなく、管理・量産を目的とした製造工程を経る「製品」または「商品」である、ということを意味しています。つまり、デザインとは営為を目的とした行為であるといえます。 ・川崎和男: デザインのことば「て」, AXIS, 111, 2004 ・The Concise Oxford Dictionary - Tenth Edition (Oxford University Press 1999) ・広辞苑第五版(岩波書店)

『命と向き合うデザイン』 

 新・デザインについて−1

デザインについてまとめてみます。いくつかの視点から見ることができるが、ここでは「design」という言葉そのものや、その歴史について見てみます。デザインについて、まず、designという単語について詳説します。designの意味は川崎による「デザインのことば」にその詳細が記述されています。そこから引用すると、この語はラテン語の「designare」を語源として持つとのことです。designareがdo signとなり、それがdesignへと変化しました。つまり、designare = do signとは「目印を付ける」という意味になります。ここから、現在の工業製品において一般的に用いられるデザインの意味が生まれました。一つは「つくる対象物」を取り巻くあらゆる要素・要因を考える「計画・企画・設計」であり、もう一方は、「つくる対象物」そのものの要素・要因を考える「意匠・装飾・演出」と言えます。これら二つの意味を統合されたものとしてデザインは問題を解決するための手法として用いられています。ここで現在、一般に用いられている辞書による定義を引用します。まず、The Concise Oxford Dictionary - Tenth Edition (Oxford University Press 1999)によるとdesignとは以下のように定義されています。 [n.] 1. a plan or drawing produced to show the look and function or workings of some thing before it is built or made. -> the art or action of conceiving of and producing such a plan or drawing. -> purpose or planning that exists behind an action or object. 2. a decorative pattern. [v.] decide upon the look and functioning of (something), especially by making a detailed drawing of it. -> do or plan

『命と向き合うデザイン』 

 細胞シートによる治療−3

培養速度とは、細胞の培養に必要な一定時間に関する問題です。現在、心筋の治療に必要な筋芽細胞の培養には、およそ4週間必要です。多少の個人差はありますが、多くの場合約1ヶ月の時間を要します。一つ目の固体差異に関する問題と、2つ目の「細胞速度」は培養時間に関する問題として密接に関係しています。もし、対象の細胞が培養を行っても規定数に達しなかった場合、4週間後にもう一度採取から始めなければいけません。つまり、治療が決定してから合計8週間(約2ヶ月)後に治療を行える状態が整うことになります。もし、細胞が規定の時間で規定数に達したとしても、患者が救急車で病院まで運ばれてきた直後に細胞を採取できたとして、そこから約1ヶ月は治療を行えないという現実があります。現在、対象疾患になっている拡張型心筋症や虚血性心筋症はともに、緊急度・重篤度が高いため、そのままの状態で待機することは不可能です。多くの場合、補助人工心臓をつけることで心機能の回復を待つことになります。また、治療に取りかかれるまでの時間は、多くの場合予後に影響を与えます。特に対象が心臓である場合、心臓だけでなく、全身に対して影響があることから、予後の影響は大きくなります。心臓を対象に検討していますが、角膜組織の治療の場合にも患者本人の口腔粘膜細胞2平方mmから約2週間掛けて角膜上皮細胞シートを120平方cm程度の大きさまで培養する必要があります。つまり、対象となる疾患や箇所によって時間は異なりますが、いずれの場合も数週間という単位で治療開始までの時間が必要であることは変わりません。また、培養しているものがヒトの細胞である以上、細胞そのものの培養速度が大きく変化することはないため、外的要因が加えられなければ治療までにかかる時間は変わらないことになります。3つ目の問題である「同疾患発症」は、遺伝的な要因を含むことから考えられている問題の一つです。現在治療対象の拡張型心筋症や虚血性心筋症は、いまだすべての原因が明らかになったわけではありません。その原因に遺伝子に依存するものがある場合、自己由来細胞シートは同様の疾患を発症する可能性を持っていることになります。 ・大阪大学医学部附属病院: ヒト幹細胞臨床研究実施計画書の修正について, 第51回科学技術部会資料, 2009 ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩

『命と向き合うデザイン』 

 細胞シートによる治療−2

イメージ
細胞シート工学による治療における問題点をまとめてみます。再生医療全体にかかる問題点は以前もまとめました。このうち、細胞シート工学による心臓への治療と、対象を絞り込んだ場合、すでに臨床応用が始まっている点から、法的な問題に含まれる有効性・倫理性の問題は回避できています。また、生物学的な問題に含まれる実用性と安全性の問題に関しても、今後も観察は必要ですが、現状では問題は顕在化していません。残る問題として、効率性に関するものがあります。効率性に関係する問題は「固体差異」と「培養速度」、それに「同疾患発症」を挙げています。「固体差異」とは、患者の細胞によっては培養量が不足する問題です。この細胞ごと発生する差異性の原因は、いまだ不明ですが、この現象に起因する問題は顕著です。一定時間経過した後に培養量が少ない患者は、筋肉組織をもう一度改めて採取する必要があります。これは治療開始時間の遅延につながる問題である。再びゼロベースから培養はスタートされます。さらに、患者から細胞を採取するためには胸部麻酔、または全身麻酔が必要です。患者が高齢や他の疾患を抱えている場合、麻酔は決して安全な処置ではありません。その分だけ身体に負担をかけることになります。そして、二度目の採取を行い、培養をしても、規定の量まで細胞が増殖しなかった場合、本治療は受けることができません。 ・大阪大学医学部附属病院: ヒト幹細胞臨床研究実施計画書の修正について, 第51回科学技術部会資料, 2009 ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 細胞シートによる治療−1

人工物としての人工心臓埋込術について確認してきましたが、ここからは細胞シート工学を用いた心臓の治療について詳説します。現在、症例数はまだ少なく、治療方法が完全に決定しているわけではありません。また、再生医療の特徴である患者から細胞を採取するという点が最もばらつきがあるため、かかる時間なども個人差が生じやすいと見られています。おおよその流れは以下の通りです。まず、局所麻酔または全身麻酔のもと、下肢、主に大腿部から10g程度の筋肉を採取します。筋肉組織から筋芽細胞を単離し、およそ4週間かけて500平方cmのフラスコ40個分まで培養します。この時点で培養ができていない、または培養量が既定値に達していない場合は、もう一度筋肉採取から行いますが、2回採取を行ってもシートが作成できない場合は中止となります。培養は温度37℃、湿度100%、二酸化炭素濃度5%に設定されたインキュベータ内で行われます。そして、培養した細胞を集め、直径100mmの培養皿で25枚分の筋芽細胞シートを作成し、手術までの間、同様の環境で保管します。その後、開胸手術を行い、細胞シートを移植する、というのが一連の流れです。現在は、手術前・手術直後・2週間後・4週間後・12週間後・24週間後と、計6回の検査と観察を行い評価しています。 ・大阪大学医学部附属病院: ヒト幹細胞臨床研究実施計画書の修正について, 第51回科学技術部会資料, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−14

イメージ
これらは症状の程度による分類ですが、ここで人工心臓との関係を考えてみます。現行の人工心臓は各要素を体内と体外で分割して配置され、体外に設置される要素も、基本的には常に携帯しなければいけません。その点を考慮しながら現在開発が進められている各人工心臓を見てみると、例えばDuraHeartなどは肩から鞄を一つさげるだけで移動が行えますし、EVAHEARTも小型のカートを引いて移動すれば良いですが、国立循環器病センター型はポンプ自体が体外にぶら下がっている状態であり、すべての要素を持って移動することは容易ではありません。これらをICIDHやNYHAと照らし合わせて見ると、DuraHeartやEVAHEARTは社会的不利=NYHA Ⅱ度に当てはめることができると考えられますが、国立循環器病センター型は機能障害=NYHA Ⅳ度に当てはまると言えます。つまり、人工心臓は生命維持が目的ではありますが、その先にある患者の生活を維持することが最終的な目標なのだと言えます。その視点で見れば、DuraHeartは移動が難しくないと表現しましたが、何も持たずに出かけられるに越したことはなく、現在最も優れた製品であっても課題は残っていると言えます。 独立行政法人国際協力機構 課題別指針「障害者支援」, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−13

心不全の程度を表す分類に「NYHA分類」というものがあります。これはニューヨーク心臓協会(New York Heart Association)によって定められたものであり、心臓の重傷度を4種類に分類することができます。NYHA Ⅰ度「心疾患があるが症状はなく、通常の日常生活は制限されないもの」。NYHA Ⅱ度「心疾患患者で日常生活が軽度から中等度に制限されるもの。安静時には無症状だが、普通の行動で疲労・動悸・呼吸困難・狭心痛を生じる」。NYHA Ⅲ度「心疾患患者で日曜生活が高度に制限されるもの。安静時は無症状だが、平地の歩行や日常生活以下の労作によっても症状が生じる」。NYHA Ⅳ度「心疾患患者で非常に軽度の活動でも何らかの症状を生ずる。安静時においても心不全・狭心症症状を生ずることもある」。このNYHA分類と、ICIDHの関係を考えてみます。NYHA Ⅱ度以下の症状とICIDHの全分類を比較してみると、それぞれ、機能障害:NYHA Ⅳ度、能力障害:NYHA Ⅲ度、社会的不利:NYHA Ⅱ度と対応づけることができます。 独立行政法人国際協力機構 課題別指針「障害者支援」, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−12

人工心臓埋込術を行う目的は、重篤な心疾患の治療することですが、その目標とするところは患者の社会復帰です。ここで、疾患の程度によるヒトと社会の関係を分類して考えてみます。世界保健機構(WHO)は、1980年に国際疾病分類の補助分類として、国際障害分類(International Classification of Impairments Disabilities and Handicaps:ICIDH)を発表しました。この中で障害は3つの段階に分類されており、重い順に、機能障害・能力障害・社会的不利と呼ばれ、社会復帰が行えるのは多くの場合、社会的不利よりも軽度のものと言われています。例えば、「全盲の人が新聞を読めない」ということを各段階で考えてみます。機能障害(impairment):目が見えないこと(目で見るという機能に障害があることを意味します)。能力障害(disability)印刷された文字が読めないこと(目が見えないために印字を読むという能力に障害があることを意味します)。社会的不利(handicap):新聞を読めないために情報を入手できないこと(印字から情報が得られないために何らかの社会的な不利を得がちであることを意味します)。WHOではその後、2001年になって新たにICF(International Classification of Functioning)を発表し、健康を含めたヒトの健康状態に関わるすべてを対象とした分類を示しています。 独立行政法人国際協力機構 課題別指針「障害者支援」, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−11

人工心臓側の問題としては、まず耐久性が挙げられます。これは電力供給でも述べたように、一般的には何十年も連続使用するような製品は存在しません。しかし、人工心臓は当然胸腔内に収まってしまうため容易に取り出すことができません。つまり、機器のメンテナンスを行うことも容易ではなく、一度動き出してしまえば二度と簡単には取り出すことができないものです。そもそも、メンテナンスが必要であるという時点で、人工心臓としては問題であり、患者の生体を危険にさらさないためには、何十年という期間を想定した安全設計が保証されなければなりません。動作する機器における耐久性という点から工学的に考える場合、摩擦による問題が最も大きいと言えます。特に現在主流になっている連続流型と呼ばれるポンプは、回転機構で実現されているものが多く、それらの多くは回転軸が必要なものです。さまざまな解決策が講じられており、例えば、血流が入る空間とインペラを回す空間をシールするための素材などが研究されています。この問題に対して、インペラを磁気の力で浮上させることで解決しているDuraHeartは、大変優れていると言えます。他にも、生体の防護機構である排除反応などによって、人工心臓周囲に癒着が精製され、機能に影響を与えることもあります。これらも素材の耐久性として検討しなければなりません。最後に熱の問題です。摩擦などによる想定外の熱が体内で発生した場合、体内を密閉空間ととらえると熱が保存されることが一番の問題です。熱の逃げ場がない状態で、ある一点から集中的に熱が発生する場合、生体側では熱傷が生じ、人工心臓自体は筐体が熱によって破損することがあります。この問題に対して川崎が出した一つの解答は、肺動脈を、人工心臓の中でも最も熱が発生しやすい動力部に巻き付けることで、機器内部で発生した熱を肺に送る込む方法です。肺では血管は微細な毛細血管に分かれ、それぞれが肺胞を通じて外気に触れます。肺胞の膨大な面積を使って外気と体内の熱を交換し、再び冷たい血液を人工心臓に送り込むという方法です。現在、発生した熱を有効に外部に逃がす方法はこれ以外に報告されていません。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−10

イメージ
この内、人工心臓に最も影響を与えるのは血栓形成の問題です。血栓は血流に停滞箇所が発生するとその付近で形成されます。血栓そのものが人工心臓内において機器動作の妨げになることも問題ですが、それ以上に形成された血栓が血管を通過し、脳等、他の臓器の毛細血管内に塞栓をつくる方が問題としては甚大です。生体の防護機構が誘起される原因は主に人工物の表面上にタンパク質吸着層が生成され、血球成分などの細胞が付着するためと考えられています。そのため、人工心臓内の表面素材の改良に関する研究が続けられています。次に感染症に関しては体表に開けられた孔によるところが大きいです。これに対して、現在は2つの視点から研究が進められています。1つは孔の周辺のシール方法として、新しい素材の研究が進められており、もう1つは、孔を用いずにすべての要素を体内に納めるか、または経皮的に体外から必要な要素を送り込む方法の研究です。具体的には電力供給が挙げられます。心臓は1日24時間何十年という期間に渡って動作を続けなければいけません。その際に一番問題になるのは電池部の寿命です。現在、一般的な製品に用いられているリチウム−イオンなどの電池をいくら体内に保有できたとしても賄いきれる量ではありません。そこで、経皮的に体内電池に充電する方法が研究されています。具体的には体外・表皮コイルを使って、体内にある二次コイルに電磁誘導で充電する方法があります。電池も体内に埋め込むためには原子力バッテリーの実用化が望まれます。小型のものでも80年程度の運用に適応できると考えられています。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−9

イメージ
人工心臓または人工心臓埋込手術に関する問題点をまとめます。問題点は患者自身の生体に関わることと、人工心臓そのものに関わることに分類されます。それぞれ、生体に関わるものは「血栓形成」と「感染症の誘発」であり、人工心臓に関わるものは「耐久性」と「熱発生」です。これらの中でも最大の問題は血栓形成です。生体適合性という言葉は未だ定義されておらず、法律的な規制もないため、臨床家や研究者の間でも意見がわかれているところですが、その主な現象は異物に対する身体の防護機構として次の4つを挙げることができます。1)血栓形成、2)免疫応答、3)炎症反応、4)排除反応。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−8

連続流型ポンプは、高速回転によって発生する摩耗にともなう耐久性の問題と、回転軸周囲に血液を巻き込むことで生じる血液細胞破壊という二つの問題を有しています。特に細胞破壊はモーターの動作負荷を増大させ、モーター内部で想定以上の熱が発生し、人工心臓の筐体破損事故が発生する場合があります。その問題解決に成功した製品として、テルモ株式会社(本社:東京都渋谷区)の子会社であるテルモハート社(本社:米国ミシガン州)が2009年より日本国内での製造申請を行っている人工心臓がDuraHeartです。これは、磁気浮上型遠心ポンプ方式と呼ばれる方式を採用することで連続流型の問題を解決しています。具体的には遠心ポンプ内で回転しているインペラを磁気の力で浮き上がらせ、その状態で回転させる、というもので、回転に軸を必要としないため、1つ目の問題である回転軸の摩耗という耐久性、および2つ目の血液破壊と熱の問題の両方を回避しています。すでに欧州では2007年の2月にEU指令の求める要件を満たして認証であるCEマークを取得しており、同年8月から販売を開始しています。DuraHeartは体外に電池部と制御部を設けており、ケーブルを介して体内のポンプ部分と結合しています。電池部は約2kg程度で肩からバッグのようにさげることができるようになっています。日本人が中心に開発している人工心臓としてもう一つ、EVAHEART(株式会社サンメディカル技術研究所・東京女子医科大学・早稲田大学・ピッツバーグ大学共同開発)があります。こちらも連続流型の補助人工心臓ですが、電池部と制御部(コントローラ)は体外に設けています。こちらはビジネスキャリーのように引く形式をとっていますが、DuraHeart、EVAHEARTともに、体内における問題解決とともに、体外に設置される要素に対する配慮にも長けており、これは後述する人工心臓導入の目標実現に有効に働くと考えられています。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−7

ポンプが体外に設置されるものを「体外設置型(体外式)」と呼び、体内、胸腔内にポンプを設置するものを「埋込式(体内式)」と呼びます。埋込式の中でもポンプのみを胸腔内に納め、制御部や電池部を携帯するものを「体内設置携帯型」と呼び、すべての要素を体内に埋め、経皮的に体内電池に充電するものを「完全埋込型」と呼びますが、完全埋込型で実用化されたものは未だありません。人工心臓に必要な5つの機構の中でもポンプ部は血流発生という点で重要であるばかりではなく、設計の困難性が高い要素という意味でも重要です。人工心臓に用いられているポンプの機構は主に2つに分類できます。一定量の血液を一定のタイミングで拍出する拍動型ポンプと、絶えず一定量の血液を流し続ける連続流型ポンプです。拍動型ポンプとは、空気圧などを利用してダイアフラムやプッシャープレートを移動させ、血液室容積の変化により拍動流を発生させる方法であり、血液の流入・流出部には、逆流防止弁が装着されます。一方、連続流型ポンプとは、インペラ(羽根車)やコーン(円錐)を高速回転させ、発生した遠心力・揚力によって、持続的に血液の移送を行う方法であり、無拍動流とも呼ばれます。人工心臓の開発が始められた当初は自然心の模倣として、拍動型から研究が始まりましたが、現在ではポンプ機能の効率が優れている点と、機器全体を小型することが容易であることから、連続流型の研究が中心になっています。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−6

人工心臓は主に次の5つの要素で構成されています。1)ポンプ部、2)動力部、3)制御部、4)電池部、5)検知部の5つです。人工心臓はこれらの要素を、体内または体外に設置することで人工的な循環器としての機能を発現させることができます。例えば、国立循環器病センターと東洋紡績社によって開発された「国立循環器病センター型(日本で1990年に厚生労働省認可を受け、1994年から急性心不全の治療として公的保険が適用)」では、ポンプ部を含むすべての要素が体外に設置されます。そのため機器の整備は比較的容易に行えますが、患者が移動する際にはすべての機器を同行させなければなりません。この場合、現実的には一人での移動は困難なため、看護師や家族の介助が必要となります。現在日本国内で公的保険が適用されている補助人工心臓はこの国立循環器病センター型のみです。このように、体表を貫通する管が一本以上必要になると感染症の発生率が上がります。特に、国立循環器病センター型のようにポンプが体外に設置される場合、患者自身の心臓から血液を抜き取るための脱血管(インフロー・カニューラ)や人工心臓から再び心臓に血液を送り込むための送血管(アウトフロー・グラフト)が体表を貫通することになります。これらはそれぞれ太さが2〜3㎝と太く、人体への負担は少なくありません。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−5

人工心臓はさまざまな分類方法があるが、最も一般的な分類は埋め込み方から行う分類です。「全置換型人工心臓: Total Artificial Heart: TAH」「補助人工心臓: ventricular assist device: VAD、またはVentricular Assist System: VAS」の二つに大別されます。前者は患者自身の心臓を取り去り、その部分に人工心臓を埋め込むものであり、後者は患者自身の心臓を残置したまま、左心、右心、またはその両方のポンプ機能を補助する目的で心臓に取付けられるものです。主に疾患の程度によって適応になる方法が変わりますが、特に近年になってからは、VASの使用目的が一部変化してきています。患者にVASを取り付けることによって、患者本人の心臓のポンプ機能を助け、心臓の筋肉を休ませることで、心臓そのものの回復を促すというものです。この方法では、心筋の回復が順調に進んだ場合、VASは後日取り外すことができるようになります。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−4

これまでに1st、2nd、3rdモデルと提案を行っており、1stモデルは、現在モントリオール科学センターにて「21世紀人類の夢」という企画展示にて展示されています。世界中から10点だけ選出された製品であり、7年間展示されます。また、2ndモデル以降は東京大学大学院医学系研究科生体物理医学専攻医用生体工学講座阿部祐輔らとともに共同研究を進めています。その中で生まれた3rdモデルは、2008年末に初めて山羊への動物実験が行われました。KAWASAKI G5-MODEL(UPTAH-5)と呼ばれ、現在も継続して研究が進められています。世界的に見ても、デザイナー自身が人工心臓の開発に取り組んだ例は未だこのKAWASAKIモデルのみです。唯一、デザイン手法が導入された製品と言えます。従来より、医学と工学が取り組んできた領域に対して、近年ようやくデザインが学際的にとりまとめる形で導入されました。 ・artificial heart:川崎和男展, アスキー社, 2006 ・artificial heart:川崎和男展 展示記録集, アスキー社, 2006 ・Design Anthology of Kazuo Kawasaki, アスキー社, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−3

人工心臓の系譜の中には、もう一点重要なモデルがあります。大阪大学大学院工学研究科・医学系研究科の川崎和男(博士(医学))が提案した全置換型人工心臓のモデルです。川崎は国際的に活動しているデザインディレクターでもありますが、川崎が提案した人工心臓は、従来の製品が、主に「ポンプ機能」に注力した開発であったのに対し、実際の心臓に見られる「ポンプ機能」と「心機能」の連関に着目し、感情の起伏・興奮伝導系にも連関する形態デザインを想定したものです。その形態発想には、クラインボトルやダンスエッグといったトポロジー理論の基本形態を応用しています。特に、スターリング法則は、カタストロフィー理論での、鼓動方程式から、新たな「心機能」への導入を目的としています。「ポンプ機能」は、血流水冷により、モーター駆動での発熱の軽減を図り、更に各臓器に付随する分散した配置方式を検討しており、「心機能」は、交感神経との連関性を図るコンピュータ制御回路の実装を検討しています。こうした電気・電子回路の駆動には、超小型の原子力バッテリーの開発が不可欠であることも提示されています。形態検証を実現するために、「光造形システム」による形態造形を運用し、課題としては、「やわらかい素材=タンパク質的な新素材」開発が求められています。 ・artificial heart:川崎和男展, アスキー社, 2006 ・artificial heart:川崎和男展 展示記録集, アスキー社, 2006 ・Design Anthology of Kazuo Kawasaki, アスキー社, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−2

人工心臓の歴史は、他の人工臓器に比べて長く、1937年にフランス人外科医のAlexis Carrelと大西洋単独無着陸飛行に世界で初めて成功したCharles Augustus Lindberghが「The Culture of Organs」を共同執筆し、その中で人工心臓の原型となる人工心肺の開発を記録しています。その20年後の1957年、世界初の体内に埋め込む人工心臓、全置換型人工心臓の動物実験が行われました。執刀はWillem Johan Kolffの指導のもと、阿久津哲造という日本人が犬に対して行い、1.5時間の生命維持に成功しました。そして翌年にはKusserrowにより補助人工心臓の最初の実験が行われました。つまり、人工心臓は、開発が始まってから、50年以上が経過していることになりますが、未だ完全な形では実現していません。日本では1990年に初めて国立循環器病センター型と呼ばれる製品が厚生労働省の認可を得ていますが、これは国立循環器病センターと東洋紡績社の共同研究でした。同時期には東京大学とアイシン精機・日本ゼオンが共同研究を行っており、開発当初から医学と工学が密接に関わりながら製品開発を行ってきた歴史があります。また、現在、国内外を問わず、治験など臨床試験において優秀な成績を上げている製品には、日本人や日本の会社が関係しているものが少なくありません。DuraHeart(テルモハート社)やEVAHEART(株式会社サンメディカル技術研究所・東京女子医科大学・早稲田大学・ピッツバーグ大学共同開発)等がその代表的な補助人工心臓です。これらはともに海外で治験を行っており、認可を得ているため現地では販売がすでに開始されています。しかし、日本での販売はまだ許認可がおりていません。これらはいずれも補助人工心臓ですが、全置換型人工心臓としては、米国のAbioCor(アビオメド社)が2006年より販売されています。この製品は予測患者寿命は60日間であり、余命30日未満と判断された患者にのみ使用が認められているという状況で、根治治療としての導入ではなく、あくまでも延命処置というところにとどまっています。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥

『命と向き合うデザイン』 

 新・人工心臓−1

人工心臓埋込術は、人工的に製造された心臓を患者の胸部に埋め込む方法です。埋め込み方として、患者の心臓を完全に取り出して、空いた胸腔内に埋め込む方法と、患者の心臓は残したまま補助的な機器を心臓に取り付け、埋め込む方法があります。前者を全置換型人工心臓、後者を補助人工心臓と呼びます。現在、全置換型人工心臓は国内で使用できるものは開発が成功しておらず、いまだ開発が続けられています。一方、補助人工心臓はいくつかの製品が日本国内でも実際に臨床応用されていますが、生存保証期間が極めて短期間です。また、心臓移植手術および人工臓器埋込術の両方にかかる問題として、移植した生体への適合性に関するものがあります。他者の心臓や人工心臓を患者に埋め込む場合、受け入れる生体側で拒絶反応が起こることがあります。一般的に生体適合性の問題と呼ばれているが、移植手術自体が成功しても生体同士の適合性が低い場合、再び開胸手術を行い、臓器は取り出され、廃棄されることになります。このように心臓移植・人工心臓埋込術の双方に未だ問題はありますが、人工心臓の開発が成功した場合、心臓移植手術で生じている問題を全て回避することができるという点で、現在でも開発が行われています。何より、移植心を待ち望むということは、別な言い方をすれば、どこかで誰かの死を望むことと同様の意味であり、倫理面における精神的負担が計り知れません。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−12

拡張型心筋症や虚血性心筋症に問わず、末期の重症心不全など、重篤な心疾患に対しては、従来。心臓移植手術と人工心臓埋込術が行われてきました。前者は、他者の心臓を患者に移植する方法であり、心臓の提供者、つまりドナーが必要です。しかし、脳が活動していない状態で、かつ心臓が通常通り活動している状態を生体の死と認めることは未だに難しい問題であり、倫理的な課題が多いのが現実です。また、提供心臓の数そのものが、必要としている患者の数に対して絶対的に少なく、登録を行ってから、実際に移植手術が行われるまでの時間が非常に長期におよんでいます。加えて、心臓そのものが虚血状態(酸素を含んだ血液が不足した状態)に弱い臓器であることも問題です。心臓は、血流を止めて心停止保存液を入れた状態にしてから、移植が行われるまでの時間が4時間を越えると使用できなくなります。この時間は大きくは臓器によって異なり、肝臓は12時間、肺は8時間、腎臓は24時間と言われています。これは、ドナーと患者の搬送距離が影響してくることを意味しています。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−11

心臓の筋肉である心筋を構成している心筋細胞は,他の細胞と区別されます.それは他の細胞の多くが出生後も分裂し増殖するのに比べ,脳細胞と同様に出生後は増加せず減少するのみと考えられていたことに由来します.しかし,2005年にAmerican Heart Associationの学会誌にて報告された内容によってこの考えは覆されました.その報告は,骨髄細胞を心筋梗塞部に注入した結果,心筋機能が回復するというものでしたが、この発見によって心筋細胞の特異性は消失し,同時に心筋そのものは他の筋肉同様に回復可能なものであることが明らかになったのです. ここまで心臓についてまとめてきたのは、特定の疾患に対する治療を述べる際に,その対象器官の概要を説明しておきたかったからでした。 新・細胞シート工学−4 新・細胞シート工学−5 心臓の機能や構造を考慮した上で,拡張型心筋症および心筋が壊死してしまった虚血性心筋症に対する治療方法をまとめます.従来は二つの治療法が適用されてきました.心臓移植と人工心臓埋込術です.歴史は人工心臓埋込術の方が古く,最初の実験は1957年に行われています.それから10年ほど遅れた1967年,世界で最初の心臓移植が南アフリカで行われています.それぞれのうち,特に人工心臓に付いて,詳説し,細胞シート工学の優位点をまとめます. ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・R.Bolli et al., J.Am. Coll. Cardiol., 46, 1659(2005)

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−10

筋肉を動作させるための電気信号は神経系を通って各筋肉に伝播されます。神経系は中枢神経と末梢神経に大別されますが、この内、末梢神経とは中枢神経(脳と脊髄)以外の神経系を指し、さらに体性神経系と自律神経系に分類されます。体性神経系は身体の運動や知覚に関する情報のやり取りを行い、自律神経系は意志の支配を受けずに、臓器など身体の環境を維持するために用いられています。心臓は不随意筋であるため、自律神経によってその活動が調整されています。自律神経には自律神経中枢からの信号を伝える交感神経・副交感神経の二つがありますが、心臓は交感神経・副交感神経の両方によって相互に支配された二重支配の状態になっています。主に、交感神経は活動時(昼間)を、副交感神経は安静時(夜間)を管理しています。激しい運動や、精神的な負荷を受けた際に拍動数が変化するのは、この神経系を介して情報が伝達されるためです。伝達された情報は受容体によって受け取られますが、交感神経の受容体にはα受容体とβ受容体の2種類があり、それらはさらにβ1、β2などのように細分化され、受容する情報が異なります。運動などによる拍動数の変化は、交感神経によって届けられた情報がβ受容体によって媒介されて拍動数の増加につながります。β受容体の中でもβ1受容体は、主に拍動数の増加や収縮力の増加を調整しており、総じて拍出量が増大します。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−9

心臓を動作させている筋肉は心筋と呼ばれ、構築している細胞は心筋細胞と呼ばれています。心臓は連続的な心筋細胞の緊張と弛緩によって、全体として拍動運動を行っているように観察されます。あらゆる筋肉が、弱い電気信号によって収縮することは以前から知られていましたが、心筋も同様に電気信号によって動作します。ただ、骨格筋などの随意筋とは異なり、全てが不随意筋でできているため、意識化で動作させることはできません。また、他の筋肉が神経繊維によって電気信号を伝達するのに対して、心筋は、特殊心筋によって信号が伝達されます。心筋はこの特殊心筋と普通心筋の2種類が組み合わされてできています。特殊心筋は洞房結節・房室結節・ヒス束などと呼ばれ、大静脈との結合部近くにある洞房結節で発生した約50mA程度の電流が房室結節、ヒス束という順に伝達され、心臓全体が動作します。生まれた瞬間に、一番最初の電気信号がなぜ発生するのかは未だに解明されていません。また、一般的に身体的負荷や精神的負荷を受けると「ドキドキ」という表現で表されるように、拍動数の増加が自分自身はもちろんのこと、客観的にも認識できるようになります。これは電気信号の発生速度が変化することによって、普段は意識されない拍動が体感しやすい状態になったものです。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−8

心臓は全ての器官に血液を送り込むポンプです。その対象にはもちろん心臓も含まれます。心臓の内側に常に大量の血液が蓄えられていることを考えれば、そこから酸素や養分を摂取することが最も効率が良いように思えますが、ヒトの心臓はそのようにはできていません。は虫類や両生類では心臓の内側表面を使って血液から直接酸素を取り入れることができるものがいます。ヒトとの大きな違いは姿勢です。ヒトの姿勢は基本的に上体が起き上がっています。そのため、脳などの器官は心臓よりも上部に位置するため、心臓はその位置まで血液を送らなければなりません。もし、心臓の内壁に酸素や養分を吸収するための孔が存在すると、収縮期に十分な血流速度を得ることが難しくなります。そのため、ヒトの心臓は進化の過程で他の方法で血液から酸素や養分を摂取するようになりました。それが冠状動脈と呼ばれている血管であり、大動脈の付け根部分から心臓の表層に張り巡らされています。太さは2mm程度と細く、流量は血液全体の約5%程度です。しかし、心臓が消費する酸素量は全身の約20%にあたり、身体に取り込まれる酸素の約5分の1が心臓を動かすためだけに使用されます。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・桜井靖久: 医用工学MEの基礎と応用, 共立出版, 1980

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−7

イメージ
心臓の拍動はその血流を生み出すためのものです。血流は拍動と呼ばれる収縮期と拡張期の連続によって生まれます。収縮期には、心室内の血流が一気に動脈に送り出され、このときに血流が生まれます。そして同時に、心房内には静脈から血液が流入します。次の拡張期には、心房から心室内に血液が流入し、収縮に備えます。この時、動脈に送り出される血流の圧力を一般に血圧と言い、収縮期の血圧を最高血圧、拡張期の血圧を最低血圧と言います。人間の一生を80年とし、平均的な脈拍を毎分70回とすると、心臓は一生のうちに約30億回、拍動することになります。反復動作を行う工業製品として考えれば、現実的な数字とは言えず、品質保証することは極めて困難な回数です。また、機能している状態で外科的な治療を行うことは困難です。一時的に停止し、行われる手術は生体に対して過大な影響を与えるとともに、未だ確実な蘇生の保証はありません。よって、治療はもっぱら薬物による内科的なものが一般的になります。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・東嶋 和子, よみがえる心臓―人工臓器と再生医療, オーム社 ・日本人工臓器学会, 人工臓器は,いま―暮らしのなかにある最先端医療の姿, はる書房

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−6

細胞シートによる心疾患の治療方法を示すために、まず心臓の機能と構造について簡単に説明します。心臓とは血液を送り出すポンプの役割を担う内臓器官です。心臓の機能が疾患を得ると、生体に対する甚大な影響が出ます。その影響力の大きさから脳と共に重要性がよく知られている器官の一つです。また、活動の様子は触診によっても容易に確認でき、特に緊張などによる心拍数の増加は発生後すぐに体感できます。このように精神状態とも非常に関係性が強い臓器の一つであると言えます。本節では主に本論の最終的な治療対象であるヒトの心臓について概説します。ヒトの心臓は発生学の視点から見ると、静脈の一種が変化したものと考えられており、2本の血管のみで構成されている非常に単純な構造をしています。心臓の役割の一つである血流生成は、体内の全て器官へ血管を通して血液を送り込むことを目的としています。身体を構成している細胞は運ばれてきた血液中の成分に含まれる酸素と栄養分を元に、成長・生成を行っています。血液量は個人差はありますが、成人男性で平均5リットル程度であり、約50秒で体内を一周します。また、成人の血管長はおよそ100,000kmと言われており、毛細血管の分岐を考慮すればその全てが一直線に接続しているわけではありませんが、約50秒という時間で一周するためには相応の速度が必要であることが容易に想像できます。 ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・東嶋 和子, よみがえる心臓―人工臓器と再生医療, オーム社 ・日本人工臓器学会, 人工臓器は,いま―暮らしのなかにある最先端医療の姿, はる書房

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−5

虚血性心筋症とは、心筋への血液の供給が低下または途絶するために発生する症状であり、狭心症や心筋梗塞と呼ばれる疾患も虚血性心筋症の一種です。心筋へ血液を供給できるのは、冠状動脈だけであり、冠状動脈には側副血行路がないため、一本の血管が狭窄または閉塞し、血流量が不足したり完全に途絶えてしまった場合、閉塞部より先への酸素や養分の供給が不可能になります。狭窄や閉塞が発生する原因は完全には解明されていませんが、主に、血管内に血液が付着し硬化したものが血栓として血流を妨げるか、または3層でつくられている血管壁のうち、内側から1層目と2層目の間にプラークと呼ばれる脂肪の塊が生じ、これが血管の内側にせり出してくるかたちで閉塞が起こる場合があります。後者の場合、血管壁が徐々に内側にせり出してくることで狭窄が発生する場合と、血管内壁が決壊しプラークが血管内に露出することで途絶する場合とがあると言われています。いずれにしても、血管が完全にふさがる前であれば、血管拡張用の心臓カテーテルを用いて血管内の血栓等の除去、およびステントによる血行路確保や、大動脈から血栓箇所を越えて直接先端の冠状動脈へと血管をつなぐバイパス術と呼ばれる治療で血流を確保し、血行を回復することができます。治療が間に合えば、心筋自体の回復が見込めますが、完全に途絶し、一定時間が経過した場合、心筋は壊死してしまい回復できません。細胞はその種類によって、分裂できる回数が決められています。心筋細胞はこれまで一度死滅した場合、二度と増殖することはできないと考えられて来ました。 ・Richardson P, McKenna W, Bristow M, et al.: Report of the 1995 World Health Organization/International Society and Federation of Cardiology task force on the definition and classification of cardiomyopathies. Circulation 1996, 93: 841-842. ・厚生労働省大臣官房統計情報部, 平成19年 人口動態統計月報年計(概数)の概況, 厚生労働省 ・Memon IA, Sawa Y, Fukushima N, et al:

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−4

ここからは特に細胞シートを用いた心臓への治療について言及します。2007年に大阪大学医学部附属病院にて心筋梗塞患者への自己由来細胞シートの移植手術が行われました。この例を参考に、細胞シートを用いて治療が可能とされている心疾患についてまとめます。現在、大阪大学にて細胞シートの治療対象としているのは「拡張型心筋症」および「虚血性心筋症」の二つの疾患です。心筋梗塞はこの内、虚血性心筋症に含まれます。拡張型心筋症、虚血性心筋症ともに極めて危険度の高い、重症心筋症と呼ばれる重篤な心疾患です。心筋症は「心機能障害を伴う心筋疾患」と定義はされていますが、未だに原因がわからないものもあります。厚生労働省の発表では心筋症による死亡者数は、悪性新生物に次いで多いとのことです。また、1998年に実施された厚生省特定疾患特発性心筋症調査研究班による病院受診者を対象とした全国調査の1次調査を見ると症例数は拡張型心筋症が6341例であり、全国推計患者数は17700例にのぼります。虚血性心筋症も心筋症の中では拡張型心筋症と合わせてその大部分を占めています。虚血性心筋症は元々は欧米で多かった疾患だが、近年では、食生活の変化により日本でも増加していると言われています。拡張型心筋症とは、心筋の細胞が変質し、伸びてしまう疾患です。変質した細胞は収縮能力が失われ、心臓全体のポンプとしての機能が著しく低下します。原因は特定できておらず、国内では特定疾患治療研究事業対象疾患に指定されています。従来の根本治療は心臓移植のみでした。 ・Richardson P, McKenna W, Bristow M, et al.: Report of the 1995 World Health Organization/International Society and Federation of Cardiology task force on the definition and classification of cardiomyopathies. Circulation 1996, 93: 841-842. ・厚生労働省大臣官房統計情報部, 平成19年 人口動態統計月報年計(概数)の概況, 厚生労働省 ・Memon IA, Sawa Y, Fukushima N, et al: Repair of impa

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−3

細胞シートを用いた再生医学は現在、その領域を広げつつあります。すでに実施されているのは角膜組織・食道粘膜組織・心筋組織に対してです。これらは自己細胞を用いた細胞シートの臨床応用をさらに加速させる役目を担っていると考えられます。また直に歯周組織・肺組織に対する臨床応用が開始される予定です。そして、次に肝組織や甲状腺組織における種々の疾患に対する細胞シートの適応拡大が計画されています。例えば、角膜上皮幹細胞疲弊症の患者のうち、眼類天疱瘡やスティーブンス-ジョンソン症候群などの重篤な症例では、免疫抑制剤を併用しても複数回のドナー角膜移植を拒絶した病歴を持つドナー細胞に対して強く免疫拒絶を示す患者がいます。このような症例に対しては、患者本人の口腔粘膜細胞2平方mmから約2週間掛けて角膜上皮細胞シートを120平方cm程度の大きさまで培養し、移植する方法がとられており、現在のところ、治療成績は良好です。しかも、培養された細胞シートには細胞外マトリックスが残っているため、移植時に縫合の必要がなく、10分程度で角膜実質に接着されます。また、細胞シートを用いて心筋組織を再生する技術も進んでいます。心筋細胞シートを積層化することで、肉眼で確認できる程度の自律拍動を伴った高い密度の心筋組織を再構築する実験も成功しており、この再生心筋組織を心筋梗塞部へ移植することで心機能が改善することも確認されています。 ・Shimizu, T. et al. Circ. Res., 90 e40-48, 2002 ・Shimizu, T. et al. Tissue Eng., 12 499-507, 2006 ・Miyagawa, S. et al. Transplantation, 80 1586-1595,2005 ・Sekine, H. et al. Circulation, 118 S145-152, 2008 ・ 土屋利江編, 医療材料・医療機器—その安全性と生体適合性への取り組み—, シーエムシー出版, 2009 ・

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−2

ここで原理を考えます。温度応答性高分子は相転移温度(32℃)以上で脱水和・収縮するため、アミノ酸配列(アルギニン−グリシン−アスパラギン酸;RGD)は表面に露出します。この時、細胞は細胞膜タンパク質であるインテグリンを介してRGDを認識し、培養皿に接着・伸展できます。一方、相転移温度以下では高分子鎖は水和・伸長するため、RGDは高分子層の中に埋もれ、細胞が認識しにくくなり結合が弱まります。こういった細胞接着に関するリガンド−レセプター間の作用は、抗原−抗体や酵素−基質間などのように体内でもさまざまな形で発現しています。通常、培養皿から細胞を取り出す場合、ディスパーゼなどのタンパク質分解酵素を用いて剥離するため細胞に障害を与える可能性がありました。一方、温度応答性高分子処理された培養皿を使用する方法では、細胞間結合と細胞自身が発現する接着タンパクのファイブロネクチンやラミニン5を維持したままシートを回収することができます。これらが生体糊の役目を果たすため、回収したシートはそのまま移植する組織の表面などに接着できます。シート同士も接着可能なため細胞シートを積層化することで三次元組織も構築可能です。積層化された組織はそれ自身が産生する細胞外マトリックスのみからなるため、生分解性高分子などを用いた足場を使用した際の問題点を回避することができます。 ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・立石哲也, 田中順三: 図解 再生医療工学, 工業調査会, 2004 ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・筏義人: 患者のための再生医療, 米田出版, 2006 ・筏義人: 再生医工学, 化学同人, 2001 ・田畑 泰彦: 再生医療のためのバイオマテリアル, コロナ社, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 新・細胞シート工学−1

生分解性高分子などによる足場を用いず、細胞が互いに接着することでシート状になっているものを細胞シートと呼び、細胞シートを研究対象とする分野を細胞シート工学と呼びます。細胞シートの作成には温度応答性高分子であるN-イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)を表面に修飾した培養皿が用いられます。PIPAAmという物質は水中で相転移温度を持ちます。相転移温度を持つとは、ある温度を境に物質の相と呼ばれる「状態」が変化することを意味しています。このPIPAAmの相転移温度は32℃です。それ以上の温度になると高分子鎖が脱水和し、イソプロピル基間の疎水性相互作用により凝集して沈殿します(疎水性)。一方、32℃以下では水和し溶解します(親水性)。この性質により、温度変化によって修飾表面のぬれ性を制御可能になります。一般的な細胞の培養条件である37℃では表面は疎水性を示すため細胞の接着・伸展は良好です。この状態のまま、表面温度を32℃以下に下げることで表面が親水化し、細胞が自発的に脱着してきます。多くの細胞接着にはアミノ酸配列(アルギニン−グリシン−アスパラギン酸;RGD)が密接に関係していることが知られています。このRGDとPIPAAmを培養皿表面に修飾することで、細胞シートの培養から回収までを高効率で行える培養皿の研究が進みました。 ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・立石哲也, 田中順三: 図解 再生医療工学, 工業調査会, 2004 ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・筏義人: 患者のための再生医療, 米田出版, 2006 ・筏義人: 再生医工学, 化学同人, 2001 ・田畑 泰彦: 再生医療のためのバイオマテリアル, コロナ社, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−12

2009年の時点で製品化されている再生医療用細胞は皮膚・関節・角膜に限定されています。日本では再生医療製品は「ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング」の自家培養表皮「ジェイス」が、重症熱傷用治療薬として2007年製造販売承認、2008年薬価収載された1件のみです。それに対して、世界に目を向けるとGenzyme BioSurgery社などは人工皮膚のEpicelと軟骨のCarticelを販売し、人工皮膚および軟骨関連でそれぞれ10以上の製品が販売されています。ここまで見てきたように、再生医学として研究された対象を再生医療製品として実際に医療現場で用いられるためには、いくつかのフェーズが必要です。1)まず、再生医学の研究対象を用いて医師の采配の下、臨床研究を重ね、2)その中から可能性のあるものを製品化し、治験に進める。3)治験を終え、承認された対象は一般的に使用されるため、商品化される必要があります。商品となって初めて薬価収載され、さまざまな医療施設において一般的な患者に使用されることになります。この流れはつまり、研究対象は産業化されなければ医療に活用できる価値を持たないことを意味しており、このこと自体は従来の医薬品や医療機器と同様です。しかし、再生医学ではその価値を持つための販売対象が、従来医療とは異なります。 従来医療では、製造者は製剤・医療機器そのものを製品として販売しており、その製剤や医療機器が医療機関において目的の機能を果たすことが求められていた価値でした。これが再生医療では販売対象は製剤そのものではなく、製剤を医療機関内で製造するための医療機器になります。まず、一つ目の価値として、購入した医療機器を用いて目的の製剤を製造できる、ことが挙げられます。そして、二つ目の価値として、その精製された製剤を用いて治療を行えることが挙げられます。この二つが成立して初めて価値が生まれることになるのです。 ・神山祥子: 医学のあゆみ, 229, 914-919, 2009 ・小清水右一: 医学のあゆみ, 920, 920-924, 2009 ・読売新聞: 2009年11月1日, 朝刊, サイエンス蘭 ・独立行政法人医薬品医療機器総合機構: 第2期中期計画に向けた論点について<審査等業務・安全対策業務関係>, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−11

日本では医薬品および医療機器としての承認を得るため、薬事法に則った治験を行い、その有効性と安全性を確認する必要があります。医学において、人を対象とした介入研究は一般的に臨床試験と呼ばれ、その中でも新薬の承認などのために企業が行う臨床試験を治験と呼びます。薬事法の第2条第16項には「承認申請において提出すべき資料のうち、臨床試験の使用成績に関する資料の収集を目的とする試験」と規定されています。2002年に薬事法が改正、2003年より試行され、医師・医療機関主導による治験が行いやすくなったと言われています。未承認の医薬品・医療機器を適応する方法としては、医師の裁量の下で行われる臨床研究もあり、これは薬事法に則る必要はありません。2009年における世界の治験状況を見ると、再生医療が広範な疾患に適応されており、40社程度の企業から100件程度の治験が実施されています。実施件数は増加していますが、必ずしも好成績を収めているわけではありません。クローン病に対する骨髄由来間葉系幹細胞製剤の治験は中止になりました。その中でも、Geron社(米国カリフォルニア州)は、FDAに治験薬申請していた「ヒトES細胞由来オリゴデンドロサイト前駆細胞 "GRNOPCI" を急性脊髄損傷患者に異所高治療する治験」の承認を獲得し、ヒトES細胞由来細胞を用いたPhase 1臨床研究開始が決定しました。技術の未成熟さやビジネスリスクの高さから、新薬開発はベンチャー企業が行う場合が多いです。独立行政法人医薬品医療機器総合機構によると新薬の審査期間は米国で平均10ヶ月であるのに対し、日本では平均22ヶ月を必要としています。ベンチャー企業は財務体質が脆弱である場合が多く、審査期間が長期におよぶ場合、企業を維持していくことが困難です。しかし、細胞を利用した生物製剤は、ウイルスの混入による薬害問題が懸念され、承認には慎重にならざるを得ないという現実があります。 ・神山祥子: 医学のあゆみ, 229, 914-919, 2009 ・小清水右一: 医学のあゆみ, 920, 920-924, 2009 ・読売新聞: 2009年11月1日, 朝刊, サイエンス蘭 ・独立行政法人医薬品医療機器総合機構: 第2期中期計画に向けた論点について<審査等業務・安全対策業務関係>, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−10

次に、実用性、有効性、倫理性について言及します。 実用性とは、需要と供給の関係によるところが大きいと言えます。例えばパーキンソン病の治療に用いられるドーパミン作動性ニューロンを選るためには中絶胎児脳にして10対以上が必要であることが分かっています。これはドナーの不足による移植手術が滞っている問題と同様のことが起こることを意味しており、たとえ治療方法として確立したとしても実用性が極めて乏しいことを意味しています。また精製が困難な細胞などに関しては同様の問題が発生すると考えられます。 有効性とは再生医療による治療の効果を確認することの困難性です。例えば脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の臨床応用に向けた動物実験を行う場合、従来の動物実験で用いられるようなネズミは使用できません。齧歯類と霊長類では脊髄の構造と機能が異なるためです。この場合、同じ霊長類であるサルを用いるなど実験方法から新規に考える必要があります。 倫理性とは再生医療が一般化したときにすでに語られていたことですが、胚の使用に関すること、胎児由来の体性幹細胞の使用に関することなど、いまだ決着は付いていません。 これら5つの分類は、もう一段階大きなくくりとして、生物学的な問題と法的な問題に分けることができます。安全性・効率性・実用性は、細胞や組織、生体そのものの問題として考えられ、発想や実験などによって解決していく内容です。一方、有効性や倫理性といったものは、生物学的な知見ももちろん必要ではありますが、それ以上に法的な縛り強いと言えます。2006年9月から、再生医療のための臨床研究を対象に「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」というガイドラインが施行されています[75]。その中では、非常に厳しいガイドが示されていますが、これは再生医療の成長を抑えることが目的ではなく、むしろ再生医療が社会的な尊敬を獲得するために必要な事項としてまとめています。また、分野によって進捗が異なる医療であることからも研究者ごとの独自判断による臨床研究の発散を避けることも同時に目的としています。 ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・立石哲也, 田中順三: 図解 再生医療工学, 工業調査会, 2004 ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・筏義

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−9

多くの可能性を持った再生医療ですが、問題点も散見されます。対象とする領域が広いため、各器官ごとに発生している問題もありますが、再生医療として俯瞰した場合の問題点は主に次の5つに主に分類されると考えられます。安全性・効率性・実用性・有効性・ 倫理性の5つです。まず、安全性と効率性について言及します。 安全性とは奇形腫の形成や免疫拒絶といった細胞−細胞間、細胞−生体間に発生する生物学的な事象に関する問題です。特に奇形腫に関してはES細胞において残存未分化幹細胞が惹起する問題です。また、自己由来以外の細胞を用いる場合は、免疫抑制剤がほぼ確実に必要になることからも免疫系とも関係性は細胞が定着するまで懸念事項として残ります。 効率性とは、固体による細胞培養の差異によるものと、培養に必要な時間の問題があります。固体差異は例えば単位時間培養しても平均的な培養量が得られないなどの問題があります。その場合、患者から再び細胞を採取し、培養し直す必要が生じます。また、後者は治療目的ごとに必要な細胞量は異なりますが、いずれにしても細胞を培養するにはある一定時間が必要になるということです。これは前者の固体差異にも関係しますが経験値的な数字はすでにまとめられています。この時間はそのまま治療開始日時に影響を与えるため、今後再生医療の需要が増えるに伴い深刻化することは明らかです。また、もう一点、効率性に含まれるものに同疾患の回避があります。現在治療の対象のなっているものの中に遺伝性のものがあれば、自己由来の細胞を用いては完治が難しい可能性があります。その検証はまだ行われていません。 ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・立石哲也, 田中順三: 図解 再生医療工学, 工業調査会, 2004 ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・筏義人: 患者のための再生医療, 米田出版, 2006 ・筏義人: 再生医工学, 化学同人, 2001 ・田畑 泰彦: 再生医療のためのバイオマテリアル, コロナ社, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−8

細胞を培養する場合、組織から目的の細胞を単離しなければいけません。古くからある方法としては、対象となる細胞の感受性に応じて試薬の種類や量などの反応条件を制御し、細胞間の接着を分離していくものがあります。その際にタンパク質分解酵素であるディスパーゼなどが主に用いられます。しかし、このような方法では制度を95%以上にあげることは容易ではないため、機器を使う方法として、FACS(Fluorescence activated cell sorting)を用いる方法があります。機器は主にアナライザー(各パラメータ解析)とセルソーター(細胞分主機能)から構成されています。まず、細胞を蛍光色素標識抗体で染色し、その細胞を0ないし1個だけ含む液滴が、レーザー光を通過する際に瞬時に蛍光を測定し信号処理するというものです。FACSでは1秒間あたり最大で5000細胞程度処理でき、研究用の機器としては有効です。ただし、臨床用としては機器内に細胞の流路があるため、コンタミネーション(汚染)の恐れがあります。生体から単離した細胞は、次に適切な成分組成を有する培地によって培養されます。分化細胞である神経細胞や心筋細胞、肝実質細胞などは増殖能を示しませんが、組織の多くは未分化な幹細胞・前駆細胞を含んでいるためこれらを使い増殖することができます。培養過程は初期培養と経代培養に分けられ、生体から単離後、直後の培養を初代培養と呼び、以降、培養皿へ植え次いでいくものを経代培養と呼びます。一般的に血球以外の細胞は基質接着性であるため、適切な細胞接着因子を培養皿に塗布するか、培地に添加する必要があります。培地に使用される血清(ウシ胎仔血清など)はフィブロネクチンやビトロネクチンなどといった細胞接着タンパクを多量に含んでいます。多くの細胞は培養皿上で増殖しますが、互いが近接するようになると増殖が停止します。動物細胞の培地には次の物質が含まれます。栄養素:グルコース・アミノ酸・ビタミン・無機塩類。pH安定剤:重曹・有機塩類。その他増殖・分化を維持するため:細胞成長因子。これらを含む血清を5%~10%添加します。生成した化学薬品および組み換えタンパク質のみで調整された培地を完全合成培地と呼び、安全かつ再現性の高い再生医学には完全合成培地は必須です。これらを培養容器に入れて実験を行いますが、近年はプラスチック製の培

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−7

当初は重層化した表皮組織を、培養皿上に作成し、培養表皮として皮膚の治療に用いられました(1975年に、H.Greenらによって)。この際に、培養表皮はディスパーゼと呼ばれるタンパク質分解酵素を用いて培養皿から回収され、皮膚損傷部位に移植されました。1980年代になり、培養真皮、培養全層皮膚、培養血管などを作成する技術が開発されると、これらの技術は総称して組織工学と呼ばれるようになります。そして、培養する細胞そのものの研究が進むと、次に、生分解性高分子による足場(スキャフォールド)の研究が始まりました。1993年、Langer, R.とVacanti, J.P.らによる共著「Tissue Engineering」がScienceに掲載されたことを皮切りに、組織工学の研究が世界的に進められるようになります。ネズミの背にヒトの耳がついた写真は広くメディアに取り上げられましたが、これは生分解性高分子の足場をヒトの耳の形に成形し、軟骨細胞を播種・培養した後に生体に移植したものです。生分解性高分子とは、生体吸収性高分子とも呼ばれ、体内に埋め込み後、一定の半減期をもって体内で分解、吸収または排泄される素材のことです。一般には手術時の縫合糸や薬物担体としてのカプセルとして使用されています。こういった組織工学的手法を用いる利点は、細胞懸濁液の注入で問題になっていた細胞の流出や壊死による細胞の損失を克服できることであり、先天性疾患などの欠損部位に対する治療が可能であることも優位な点です。しかし実際、足場の内部へ十分な細胞数を播種することは容易ではなく、移植後の足場が分解した後の空間は細胞成分が少なく、大量の線維性結合組織で埋められてしまう問題があります。つまり、生分解性高分子を足場として用いる場合、生体側でつくられる細胞外マトリックスが足場と置換される形で形成されれば、形づくった状態で再生されますが、分解速度と生成速度がずれると形が崩れる場合があります。このため、軟骨や心臓弁など細胞がまばらな組織の作成は可能性がうかがえますが、細胞が高密度かつ複雑な構造と機能をもつ組織を作製するには現状の技術では難しいと言われています。 ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・立石哲也, 田中順三: 図解 再生医療工学, 工業調査会, 2004 ・Lange

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−6

再生医学は幹細胞生物学である基礎生物医学研究と、生体組織工学からなっています。後者の組織工学は1980年代後半の米国で提唱されましたが、元になった動物細胞培養に関する研究は19世紀の初頭からあったものです。ここで言う組織とは「分子から個体にいたる生物の階層性の中で細胞と臓器の間に位置しています。細胞ー細胞間接着により連結した複数の細胞と細胞間隙を埋める固相成分である細胞外マトリックスからなる。」と言われています。骨や軟骨、真皮などは、そのほとんどが細胞外マトリックスによって形づくられています。一方、心臓や肝臓といった実質臓器は、細胞を主成分とし、細胞外マトリックスは細胞間の微細な間隙にのみ含まれています。元々、細胞を用いた治療は注射針を用いて細胞懸濁液を注入する方法がとられていました。今でも一般的に残っているものとして、輸血が挙げられます。輸血は、組織構造をもたない末梢血の血管内への移植と言えます。細胞移植としては、骨髄中の造血幹細胞移植をはじめとして間葉系幹細胞移植、末梢血単核球細胞移植、自己骨格筋筋芽細胞移植などが臨床応用されています。しかし、肝硬変や重症心不全といった正常組織構造が3次元的に損失している疾患に対して筋芽細胞の細胞懸濁液を注射した場合、移植率はわずか10%程度でした。また、移植した細胞が正着せず、目的の場所に固定しなかった場合、細胞懸濁液は血管を伝い、脳梗塞などの合併症を引き起こす危険がありました。例え正着しても、縞状になり、3次元的な臓器を回復するのは困難でした。さらに、細胞を心臓に移植する場合、注射針によって心筋を侵襲することになります。これによって不整脈などが発生しました。これらの問題を解決するため、組織を再構築するための新しい細胞培養方法が考え出されました。 ・Shinichi N: 再生医学の可能性. 日本外科学会雑誌. 103(臨時増刊). 29. 2002. ・浅島誠, 阿形清和, 山中伸弥, 岡野栄之, 大和雅之, 中内 啓光: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−5

ここで、iPS細胞を考えてみますと、その作成に関して「転写因子の遺伝子発現を制御することで、細胞の分化状態を人為的にコントロールできることを初めて示した」という功績が大きいと言えます。従来は核移植でしかリプログラミングできなかったことを、4つの遺伝子を操作するだけで可能にしたのです。このことから再生医療を実現していく上で重要なコトとして、1)細胞の分化状態を分子レベルで理解する。2)位置情報の制御が行える。の二つがある、と考えられているます。具体的に幹細胞を用いるとどのようなことができるのかを見てみます。脊椎動物は受精後、卵割を繰り返すことで細胞数を増やし胞胚期に達します。この時の胚の一部につくられるのが未分化細胞塊であり、それを培養したものが胚性幹細胞、つまりES細胞です。両生類は受精後9時間で胞胚期を迎え、未分化細胞ができます。1)未分化細胞を取り出し、2)カルシウムをのぞいて、3)細胞をばらばらにする。4)100mg/mlのアクチビンを加え、5)1時間処理し、6)再びカルシウムを加えて、7)凝集塊をつくる。8)3日後には拍動する心臓が生まれます。9)血清を加え、10)10日間培養すると、11)活動電位のある、1心室2心房の心臓ができます。 ここで、改めて幹細胞を整理します。まず、幹細胞とは「異なる機能を持つ複数の細胞へ分化する能力(多能性)と、自己増殖を続ける能力(自己複製能)を持った未分化な細胞」と定義されています。さらに幹細胞は分化能力によって分類できます。まず、一個の細胞から身体を構成する全ての細胞に分化できるのは受精卵であり、全能性幹細胞と呼ばれます。これに対して、身体を構成する全ての細胞への分化能を持つが、一個の細胞単独では個体発生を起こせないものを多能性幹細胞と呼びます。ES細胞(embryonic stem cell)と呼ばれるものはこの多能性幹細胞の一種で、初期胚から樹立された胚性幹細胞です。さらに、2007年にヒトの皮膚由来線維芽細胞に多能性維持に関する4つの遺伝子を組み合わせて導入することで多能性を獲得した人工多能性幹細胞、iPS細胞(induced pluripotent stem cell)が樹立されました。ES細胞とiPS細胞の最も大きな違いは、iPS細胞が初期胚のような未分化な細胞ではなく、分化の進んだ細胞からでもリプログラミン

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−4

一般に、再生の研究においては、プラナリアの研究が盛んに行われます。プラナリアは無脊椎動物の中で最も高い再生能力を持つと言われているため、再生医学に関する研究対象として非常に適していると考えられるているからです。その研究からプラナリアの再生メカニズムはおおよそ以下のような流れがあることがわかっています。1)傷口の修復。2)再生芽の形成。3)不足部分の先端の形成。4)頭から尾までの身体の領域性の再編成。5)必要な細胞の供給。ここで言う身体の領域性とは身体の位置情報のことです。多細胞生物が個体を形成する場合、まず、形成する場所の座標をつくり、その座標に沿って幹細胞を制御し、形と機能をつくりあげていく、というプロセスが存在します。つまり、まず損傷箇所の図面を作成し、必要な部材を構築・配置する流れになっており、効率の良い工学的な流れを過程を経て再生されることがわかります。 無脊椎動物の代表はプラナリアでしたが、一方、脊椎動物の中で最も高い再生能力を持つ生物は、イモリです。脊椎動物の中で最も高い再生能力をイモリは、尻尾や手足だけではなく、顎や脳、眼、心臓などの組織や臓器の一部を再生できます。このイモリに関する研究から、以下の2点が明らかになっています。1)多細胞生物の各細胞は、受精卵から分化した後も全ての遺伝子情報が保存されている。2)分化した細胞でもリプログラミング(殖細胞や体細胞など分化の進んだ細胞が多能性や全能性を再獲得すること)可能である。一度分化した細胞は脱分化を行い、元の形質を失った状態になります。そして目的の細胞へと改めて増殖・分化を行っていきます。このことから脱分化した細胞も幹細胞と同様の性質を有している可能性があることが示唆されています。このように再生に用いられる細胞は「幹細胞由来」か「分化細胞由来」ということになりますが、分化細胞の脱分化を幹細胞へのリプログラミングと考えると、結局は幹細胞由来と言えます。ヒトのような多細胞生物の再生に関する治療を考える場合、細胞の分化状態をどのように制御するか、ということが極めて重要になってきます。リプログラミングは従来は核移植を行うことでしか実現できなかったからです。 ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・田畑 泰彦: 再生医療のためのバイオマテリアル, コロナ社, 200

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−3

細胞が再生する状況を考えます。ある空間で細胞が生存していくためにはその周辺環境との関係が重要です。一般に細胞増殖因子・細胞外マトリックスと呼ばれているものが周辺環境を構築しており、同時にこれらの素材が細胞の増殖や分化を制御しています。よって、高い増殖能力を有する幹細胞があったとしても、周辺環境である細胞増殖因子などが適切な状態でない限り、細胞の再生は望めません。細胞が培養・分化しやすい足場をいかに構築するか、ということを研究するための分野として生体組織工学があります。つまり、高い増殖・分化能力を有する細胞そのものの研究と、細胞が成長するための環境の研究の両方が進歩することによって、再生医学は現実的な研究として成長し、再生医療として現場への応用が可能になります。 次に、細胞の再生原理を詳細に観察します。生物が行っている再生の方法は2種類に分類され、それぞれを代表する生物がいます。1)再生の種となる細胞である「幹細胞」を準備して、高い再生能力を発揮している生き物(プラナリアなど)=幹細胞利用。2)既存の細胞を一旦「リプログラミング」してから必要な細胞をつくって再生を実行している生き物(イモリなど)=細胞のリプログラミング利用(iPS細胞)。細胞の中でも、最もさまざまなモノに分化できる細胞は受精卵です。受精卵から分裂して色々な種類の機能に分化した細胞を分化細胞と呼びますが、受精卵はあらゆる種類の分化細胞を生みだすことができます。一般に多細胞生物は成長とともに細胞の数を増やし、個体として機能するために必要な種類の細胞をつくる必要があります。幹細胞はその特徴として、多分化能と自己増殖能を併せ持つため、多細胞生物の成長にとって必要なことを同時に行うことができます。しかし、幹細胞は分化するにしたがって、やがて全て分化細胞に変わり、成体になると幹細胞としての機能はほとんど失われ、一部の組織に組織幹細胞が残るのみになります。受精卵から分化するしばらくの間は全能性幹細胞の状態を維持したまま増殖します。この状態の細胞を胚から取り出し、全能性状態を維持したまま培養した細胞がES細胞です。 ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・筏義人: 再生医工学, 化学同人, 2001 ・田畑 泰彦: 再生医療のためのバイオマテリアル, コロナ社, 20

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−2

イメージ
再生医学は、元々、肝不全の子供達への移植肝臓不足を改善するため、肝細胞を増殖し、肝移植に利用したことに端を発します。再生医学の成長には大きくは二つの研究分野の進歩が関わっています。一つは基礎生物医学研究であり、もう一方が新・再生医学について-1で書いた生体組織工学です(Fig:再生医学の構図)。前者の目的は、幹細胞・細胞増殖因子・細胞外マトリックスの研究を通して、再生現象を正しく理解することです。特に近年になって、ヒトの組織・臓器中にも、高い増殖・分化能力を持つ幹細胞が存在していることがわかってきました。2004年に発見されて以来、積極的に研究されている胚性幹細胞(ES細胞)や、2006年に4遺伝子によって樹立することが明らかになり、以降世界中で研究が活発化しているiPS細胞に関する研究もここに含まれます。後者の目的は、再生誘導の場を構築することです。これらはバイオマテリアルと呼ばれる分野が研究の中心であり、生体安全性・生体適合性の高い素材の研究・開発が行われています。バイオマテリアルと一口にいってもその領域は非常に幅広いです。人工歯根などから人工関節、人工血管等まで生体に移植する材料全般を指す言葉として用いられいています。しかし、特に再生医学におけるバイオマテリアルとは細胞や組織の足場になる部分を指すことが多い分野です。 ・Takahashi K, Yamanaka S: Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell 126: 663-676. PMID 16904174. 2006. ・Nakagawa M, et al: Generation of induced pluripotent stem cells without Myc from mouse and human fibroblasts. Nat Biotechnol 26: 101-106. PMID 18059259. 2008. ・Takahashi K, et al: Induction of Pluripotent Stem Cells from Adult Human Fibroblasts by De

『命と向き合うデザイン』 

 新・再生医学について−1

薬物を用いる治療は、さまざまな治療法の中でも最も一般的です。しかし、著しい組織の欠損など不可逆的に人体の内外が損傷を受けた場合には医薬品でできる治療には限界があります。そういった疾患に対して従来は、臓器移植や人工臓器埋込術といった方法が用いられてきました。ところが、前者に関しては供給される臓器数・ドナーの数に限りがあることや、倫理的問題が残存しています。また、後者に関しては対象臓器によっては、未だ十分な機能・性能が得られていないという現実があります。さらに両者に共通して言えることは生体適合性の問題です。臓器移植では、親近者同士であっても免疫抑制剤が必要であり、その副作用による影響も無視できません。一方、人工臓器埋込術では、異物に対する防護機構として血栓形成・免疫応答・炎症反応・排除反応などの可能性、機器そのものの機能低下が懸念されます。  これらの短所を補う形で進められて来たのが再生医学であり、その研究成果を臨床応用してきたのが再生医療です。再生医学とは、工学的に再構成した細胞や組織を用いて治療する研究を行う学問と言われています。具体的には、まず、患者から細胞や生体組織を採取し、それを工学技術や方法論を用いて培養・増力します。同時に生体側に対して、組織の生体誘導を手助けするための環境をつくり与えます。培養した細胞または組織を、設定した箇所に移植することで、生体側の再生能力を発揮させ治癒を促す研究・治療のことです。その目的を端的に表すと「著しく損傷したり失われたりした生体組織と臓器の治療のために、細胞を用いてその生体組織と臓器を再生あるいは再構築する技術の確立」と言えます。類似の名称として再生医療・再生医工学などといった名称も用いられていますが、対象領域はほぼ一致しています。ただし、再生医学が基礎生物学医学研究の発展を目的としているのに比べ、再生医療はあくまでも直接患者の治療に活用することを目的としています。訳語の元になった用語は「Tissue engineering」であり、日本語の直訳が「生体組織工学」であることからもわかるように、生体組織を対象とした工学的内容を強く持つ分野ですが、2010年現在の再生医学はこれに加え、幹細胞生物学など基礎生物医学研究の内容も含まれています。 ・筏義人: 患者のための再生医療, 米田出版, 2006 ・筏義人: 再生医工学

『命と向き合うデザイン』 

 目的−2

細胞シート工学を用いた革新的な治療は,大阪大学医学部附属病院にて行われた心筋梗塞患者への自己由来細胞シートの移植手術です.心筋梗塞とは心筋への血流量が減ることによって心筋が死滅することによって発生する病気です.心筋に血液を送る冠状動脈と呼ばれる血管が血液側,または血管側の原因によって狭窄し,血流が途絶した場合,心筋細胞は血液からの酸素・栄養分の供給がなくなり徐々に死滅していきます.死滅した心筋細胞は血液を拍出することができなくなるばかりでなく,細胞がやせ細ることで心室内の容積が広がり,ますます血液は心臓内にとどまりやすくなります.血流が滞る箇所には血栓が発生しやすく,もし発生した血栓が脳の毛細血管に塞栓を形成した場合,脳梗塞を誘発します.また,心筋は回復しない筋肉として知られており,一度死滅した心筋は再生しないと考えられて来ました.そのため,重度の心筋梗塞の場合は,心臓移植か人工心臓による治療以外方法がなく,この患者にも当初,人工心臓埋込手術が適応されました.しかし,次に,自己由来細胞シートによる治療として,心筋の梗塞箇所にシートを重ねて貼り付けたところ,シート自体が心筋の拍動に合わせて拍動を行うばかりでなく,シートを介して血管が再生され,心筋自体の回復も認められました.最終的にこの患者は,取り付けていた人工心臓を取り外し,退院するに至っています.現在の細胞シート工学の中心技術は,非侵襲な細胞剥離を実現している培養皿に集約しています.この技術を産業化し販売することは技術的にも問題なく,すでに実現されています.しかし,細胞シート工学全体を俯瞰した場合,培養皿を量産し販売するだけでは産業化としては十分ではないと考えられます.細胞シート工学を今後さまざまな医療機関に導入するにあたって発生するであろう問題を明らかにし,その解決を行った上で適切な医療機器や医薬品の提案を行うことが問題解決につながると考えます.その実践的デザイン提案を行います. ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 目的−1

再生医学をデザイン医工学の一分野として,その関わりを定義します.特に細胞シート工学による心疾患の治療について言及し,産業化を目的とした実践的デザイン提案を通して,デザインが再生医療に関わっていく方法論の一つを示します.細胞シート工学は再生医学の一分野です.再生医学は主に基礎生物医学研究と生体組織工学の二つの柱で構成されており,それぞれもいくつかの分野に細分化されています.その中の一つにシート化した細胞を用いて治療を行う分野があり,生体組織工学の中でも細胞シート工学と呼ばれている.近年になり発達した分野であり,その基本技術は,対象から採取した細胞を培養皿上で工学的に培養し,シート上に精製した細胞を,損傷を与えずに培養皿から剥離するというものです.剥離した際に「足場」と呼ばれる細胞同士の接着タンパクを有したまま摘出できるため,患部に貼り付けることが容易です.従来,体外で培養した細胞は,まず人為的に作製した足場を患部に設け,その上に培養した細胞を播種する必要がありました.しかし,細胞シート工学の発達による足場の不要によって,手術がより容易になり,生体本来の接着タンパクで細胞を貼り付けることができるため,生体への侵襲が低くなりました. ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 背景−7

デザイン医工学として,医学+工学の関係でデザインが入ることは,医学の知見を工学の技術を使って産業化することだけが目的ではありません.産業化はあくまでも結果です.産業革命期にデザインが発達できたのは,新技術に立脚した製品設計を造形とともに行えたことによるところが大きいです.このように,医学的知見と工学的技術に立脚した製品設計を造形とともに行うことが本来の目的であると考えるならば,デザイン医工学という領域も同様に考えられます.ここで,デザイン医工学の特徴が顕著に表れている例を挙げます.川崎らと阿部らによる,全置換型人工心臓「KAWASAKI G5-MODEL(UPTAH5)」です.全置換型人工心臓の開発に残存している問題の一つである熱排出に対して,デザインの立場から解決方法を提示し研究を進めています.そのためにデザイナーが生物学的問題点を把握し,機器内部の回路や機構設計までを行い,製品化に向けて進めています.現在は実際に山羊に埋め込む形で動物実験を行っており,結果を受けて段階へと移行します.このように,単なる加算法的な研究ではなく,相互に関係性を強めながら問題解決を行っていくことがデザイン医工学の姿であると考えます. ・小川貴史, 金谷一朗, 川崎和男, 阿部裕輔, 磯山隆, 斎藤逸郎:「人工心臓コンセプトモデル”Kawasaki G5-model”の設計」,東京,第48回日本生体医工学会大会,2009.4.24

『命と向き合うデザイン』 

 背景−6

デザインと産業の関係は歴史から見ることができます.近代産業の歴史は産業革命から始まります.19世紀の産業革命以降,家内制手工業から工場制機械工業への変革が起こり,少品種大量生産の時代が続き,現代はインターネットを中心とした情報革命に支えられた多品種少量生産時代へと移行しています.産業革命における工学的な技術革新の歴史は言うに及びませんが,近代デザインもまた,産業革命を一つの契機としています.革命以前から重視されていた職人の手による造形は,革命以降に生まれた規格化・標準化という流れの中でも消えるかと思われましたが,逆に,同時期に生まれた新素材・新成形技術・新生産方法に立脚したかたちで,造形の美と新技術を兼ね備えた製品づくりとしてデザインが発達しました.そして,必然的にデザインは素材から生産方法までを含めた製品の全体管理を包括する領域へと成長しました.20世紀に入り,デザインはバウハウスというかたちで教育の立場を得ます.それまでの師弟関係による直線的なつながりから,デザインが一つの「論」として体系づけられ,一般性を有して広く展開されることになりました.現代では,デザインという単語は例えばグランドデザインやキャリヤデザインなど,さまざまな領域で用いられています.これはdesignという言葉が持つ「計画」と「意匠」という二つの意味がどちらかに偏ったかたちで認識された結果です.しかし,根本にあるのは産業革命以降に確立したせ「製品または商品として企画・計画から,素材や回路・機構までを含めた詳細な製品設計・意匠にいたるまでの全体管理」という考えであり.産業に密接に関係した領域であることが分かります.このように産業に対してデザインが果たして来た役割は大きく,工学の持つ根源的な技術に,ある部分で支えられながら,互いの短所を補いつつ,長所を伸ばしあいながら成長してきたと言えます. ・ニコラス ペヴスナー, モダン・デザインの展開―モリスからグロピウスまで, みすず書房 ・柏木 博, デザインの20世紀, NHKブックス, 日本放送出版協会

『命と向き合うデザイン』 

 背景−5

現状を踏まえ,再生医療に関する医療機器や医薬品を,積極的にかつ速やかに産業化する必要があります.西洋医学の歴史を見る限り,医学と工学の歴史は常に相補しながら成長してきました.結果,医工学という領域が生まれ,医学として基礎研究から知見を集約し,工学としてそれらを創造してきました.しかし,医工学という領域はあくまでも医学+工学という側面をぬぐい去ることができず,領域の融和には至っていないと考えます.その原因の一つとして産業化を挙げることができます.工学は産業化には欠かすことができない領域ですが,すべての工学的研究が産業化できるわけではなく,そもそも産業化することが目的ではない研究も多くあります.しかし,医工学として目指すものが「医学」機器ではなく「医療」機器である以上,臨床の治療に用いられる機器であり,産業化することは必須の要件です.医療機器や医薬品を産業化する場合,そこに必要なものは製品または商品です.工学的に何かをただ「つくる」ことと,製品化・商品化することは異なります.そのためにはモノの持つ製品性と商品性を正確に設定する必要があり,その領域を包括し,工学とともに産業に寄与してきたのがデザインです. ・社団法人日本生体医工学会(旧:日本エム・イー学会)とはhttp://www.asas.or.jp/jsmbe/info/outline.html ・グッドデザインアワード・イヤーブック GOOD DESIGN〈2003‐2004〉, 日本産業デザイン振興会, 2004

『命と向き合うデザイン』 

 背景−4

今後,再生医療の領域は国際的な競争力が必要になります.現在の世界市場における日本国内の医療機器産業を見てみると,国内市場に占める輸入医療機器の比率は1995年(35.5%)から2004年(46.4)にかけて著しく増加しており,平成18年には金額にして1兆910億円程度になっています.特にペースメーカーやICDは100%輸入に頼っており,PTCAカテーテルも約80%は輸入品です.日本での治験に必要な時間は,国内メーカーでも海外メーカーでも変わりはありません.それにも関わらず,海外メーカーが日本国内での販売に力を入れる理由として,日本が医療保険制度が完備されていることが挙げられます.メーカーは医療費として確実に利益を得ることができるため,たとえ治験が長期に渡り,コストが増加しても市場価値は十分に大きいと判断されています.逆に,国内メーカーは長期に渡る治験に掛かるコストとリスクをよりも,海外で治験を行い,まず,海外から先行販売を始めます.その後,日本国内での製造許可申請を行う場合が増えてきています.テルモハート社製のDuraHeartという補助人工心臓はまさにこの手順を踏んでおり,現在,日本国内で許可申請を行っているところです.つまり,海外ではすでに販売が開始されているにも関わらず,日本国内では入手することができません.日本に積極的に医療機器を持ち込む海外メーカーに対して,国内医療機器メーカーは,特許などの権利を取得することによって,独自の技術を守りつつ,海外メーカーと戦う必要があります.また,日本の製品は欧米諸国に比べ製品精度は優れています.これは製造管理が厳しい医療機器分野においては強みになります.クラスⅣの高度管理医療機器なども製造できる精度を有しています.元来,貿易立国である日本にとって経済効果が大きい医療機器や医薬品は,国内で製造を行い,積極的に輸出を行うべき領域です.治験が難しい製品はクラスⅣやクラスⅢのように患者へ及ぼす影響も強い製品です.そういった製品を海外メーカーに委ねることは安全・安心という点からも改善していく必要があると考えます. ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・福崎 剛: 最新医療機器業界. 株式会社ぱる出版. 2008. ・厚生労働省医政局, 薬事工業生産動態統計 平成20年度 年報, じほう,

『命と向き合うデザイン』 

 背景−3

再生医療は,憶測も含めて世論としても期待が高まっている分野ではあるますが,例えば,細胞をシート化して治療に用いる「細胞シート工学」の領域で言えば,現時点で臨床応用されているのは角膜組織・食道粘膜組織・心筋組織と限られています.これは日本の医療制度における問題でもあります.一般的に薬事法に基づく治験は,海外の類似の試験に比べ長期に渡ると言われています.特に細胞など生物学的な薬剤に関しては時間がかかることが知られています.また,人間のクローン製造というようなことが,話の中だけではなくなり現実に起こりうる可能性を持ってきたことも,臨床応用への懸念材料になっています.さらに,これまで人類が触れて来なかった領域という意味では倫理的な問題の検証も済んでいません.これはES細胞やiPS細胞の発見によって,再生医学の中でも,幹細胞に関する研究だけが一気呵成に進んでいることも一役を担っていると想像されます.つまり,ある特定領域だけが急速に研究が進むことによって,周辺の研究が置き去りになり,再生医学全体として成長することが困難になっているため,発生が予想される問題および問題に対する解決方法のいずれもが,いまだ見えていない.しかし,医学の世界では,ある事柄が明らかになることによって,その領域の研究が急激に進むことは珍しいことではありません.例えば,1978年に能勢らによって完全置換型連続流人工心臓が3ヶ月間ウシを生存させたことによって,多くの研究機関が拍動型ポンプから連続流型ポンプへと研究対象を変えたと言われています.そして,現在,日本国内で最も実用化の可能性が高い人工心臓はいずれも連続流型ポンプを有した製品です.ただ,一方では現時点で日本国内で唯一使用を認められている人工心臓は,拍動型であるという現実もあります.もし,能勢らによって連続流型ポンプの実用性が確認されなければ,それから20年の歳月を掛けた現在,より優れた拍動型ポンプがつくられていたかも知れません.その可能性は検証することができません.同様に,現在の再生医学がES細胞やiPS細胞によって牽引されている状態が,その周辺で置き去りにされている研究対象にどのような影響を与えているかは,確認することが困難です.逆に考えれば,今日の再生医学の進歩は世論の表れでもあります.これまで治らなかった疾患への回復可能性は多くの人に希望を与える

『命と向き合うデザイン』 

 背景−2

一方,再生医学に基づく再生医療は,従来医療の抱える矛盾を受け,むしろ,従来医療を補完するかたちで研究・開発が活発化してきました.従来医療における処置の中心は薬剤によるものですが,生体の組織がある範囲以上にわたって欠損した場合,薬剤による治療だけでは復元できません.その際,従来医療では組織の移植や人工物を用いてその機能または外観の復元を行ってきました.しかし,これらの解決方法にはそれぞれいくつかの問題が残存しています.最も大きな問題として,前者では移植組織の絶対的な不足・ドナーの不足が挙げられ,後者では人工的な組織の未完成が挙げられます.こういった問題に対する対応・研究が継続して行われている中,従来医療を補完する形で頭角を現してきたのが再生医療です.ES細胞やiPS細胞などがメディアで騒がれ始めた数年前より以前,約30年前から再生医学というかたちで研究は始まり,今日まで続けられてきました.その研究対象はES細胞などの名称からもわかるように,主に細胞や組織です.ヒトに限らず,生命体は膨大な量の細胞によって形づくられています.それらの細胞を思い通りに操作することができれば,どんな生体もつくり出すことができる,という構想が根底にあります.1997年2月に発表された世界初の哺乳類の体細胞クローンである雌羊ドリー以降,クローンという表現が話題に上ったことがありますが,ある生体とまったく同じ細胞を培養することができれば,まったく同じ生体の量産が可能になるという,SFのような論も展開されいてきました.そして,この構想を治療に適応しようと考えられたのが再生医療です.生体の過度の欠損という症状に対して,欠損箇所と同じ細胞や組織を,工学的に培養・精製し,欠損箇所に移植することで治療を行う.この基本的な考えは,人の既知の事実に基づいています.ヒトに限定して考えてみると,ヒトが母体の胎内で1つの受精卵から人間のすべての体組織を形成し,出産されることは,一般的に知られています.この現象は言い換えれば,目や手,脳や心臓といったあらゆる組織が,最初はたった1つの受精卵だったことを意味しており,受精卵には身体をつくるすべての情報が含まれていることになります.この原理を基礎としてES細胞やiPS細胞の研究はなされています.つまり,患者から採取した細胞に対して処置を行い,その細胞を患者自身に戻すという

『命と向き合うデザイン』 

 背景−1

まずは目的を明確に、そのために背景をはっきりと。 現代医学は一つの転機を迎えつつあります.ES細胞やiPS細胞の研究に牽引されるかたちで,再生医学の研究が進み,再生医療として現場で適応される例が増加しています.特にiPS細胞という言葉に関しては日本の研究者がその発見者であることからも,頻繁にテレビ・新聞などのメディアにも取り上げられ,専門性の枠を越え一般の人にも広く知れ渡っています.再生医療の新しさは科学的な側面はもちろんのこと,その考え方そのものにもあります.ここで,再生医療以前の医療を従来医療と呼び,その性質を比較すると,両者の間では,医療者と患者の関係が変化していることがわかります.従来医療とは,主に,過去100年程度の歴史を持つ近代の西洋医学による医療を指します.西洋医学に関する記述は渥美先生の著にまとめられており,それによれば西洋医学には画期的な発見が3つあります.1つは消毒方法の発見による感染減少であり,2つ目は血液型の発見による輸血の実現.3つ目は麻酔の考案による手術の実現です.これらが発見・考案されたのがいずれも100年程度前であり,これらの技術によって西洋医学は近代化したと言えます.また,同時期に診断技術も発達し,X線写真の発明を皮切りに,心電計・脳波計・筋電計など,医学と工学が相互作用で進歩してきました.つまり,西洋医学は科学性をもって,東洋医学など他の医学に対して優位性を持つに至ったのです.西洋医学における科学性とは「客観性」「再現性」「普遍性」と言えます.まず,ある症状の発現が発見された時点で,類似する症例を多数集計し,その症状の客観性を見極めます.次にその症状が発現する原因を限定するため,実験やシミュレーションなどを用いて再現性を明らかにします.最後にその症状を緩和する薬剤・処方を限定し,普遍性を求めます.その結果,平均的で統計的な処理が確立し,均一な診察が行われるようになりました.つまり,1つの症状に対する,治療方法を1つに特定できるようになったということです.これによって西洋医学は大きく進歩したが,同時に症状の個別性,患者の個人差を認めることが困難になりました.これらは従来医療の診療(診察・治療)の流れを示しています.従来医療では,医療者が患者を診察し,病状をすでにある分類に従って特定し,それに対応した治療を行います.診察の方向性は

『命と向き合うデザイン』 

 芯

昔から,頭の芯が納得しないとできない子でした.それは原理を理解していない,ということではありません。原理も意味も意図も意義も「理解」していても,芯の部分に落ちていないと,結局アウトプットができない.多分、どうやらそれは今も一緒のようです。年をとって、何か表面だけ器用にできる部分が増えてきても、重要な部分はやはりダメです。そういうとき、自分の中で何かに違和感を感じていることはよくわかっています。たいしたことでなければ,その違和感を押し切っても,普通に普通のことはクリアできます。でも結局、一番重要なところはクリアできない。それが私にとっての、所謂、わからない、という状態。良いとか悪いということは関係ない。悪いことでも納得できれば別に良いし、逆に良いことでも納得できなければ同意はできない。とかく、つくる方面に関しては顕著に出過ぎてしまうようです。しかも、見る人が見ると一発で見抜かれる。本当の意味でストンと落ちることを頭の芯が待ち望んでいる。多くの場合、それはほんの些細なことだったりします。単なる、言い回しや表現の違い、という程度のことだったりする。だから、多くの人にとっては,それはたいしたことではないことが多いため、教えてもらいにくかったり、見つけにくかったりします。相手の話を聞いて、私が納得をしても、相手はなぜそれで私が納得したのかわからないことの方が多いようです。でもこれは、自分で見つけることが、非常に難しい。自分は一体何をもって納得できるのか。何に違和感を覚えているのか。原理も意味も意図も意義も理解しているだけに、なぜ納得できないのか、自分ではわかれない。でも、見つけるしかない。

『命と向き合うデザイン』 

 性能・効能・機能

「機能的なデザイン,デザインとは機能性の追求である」という意識に対して,機能性の質を向上させるための思索. 「性能性・効能性・機能性」についての引用. ●性能性:技術的な解決によって,デザイン解が性能をどこまでデザイン表現として性能表示しているか.これは、性能を表示する数値的・単位的・性質的な能力性とデザインによる造形関係である. ●効能性:元来は薬物の効果についてのみ,その成果能力が表示できる事柄.これは薬物を使用することで,どこまで社会参画が可能であるかということを意味していた.効能とは社会との関係で考えられる効用と効果を示している.従って、デザインの効用と効果が,社会との関係性、存在性という質を設定する能力と考えることができる. ●機能性:性能性と効能性の統合かつ統一的な働き能力である.まず、性能的な能力が社会性との関係において,そのデザインが果たすであろうモノ、あるいはかたちの性能が,どれだけ時代や社会という環境の中で,ユーザーへの使用感と所有間に連結しているかという定義に至る. 機能性の再定義は化=かに対する質=たちのデザイン解=答えである.化・質=か・たち論を打ち立てることになる.デザインは,かたち、見える形あるいは見えない形を造形する営為である.この営為によるかたち論は機能性をもう一度性能性と効用性によって取り組みながら再定義し直すことで,性能・効能・機能への造形化がデザインである,という論理構造そして審査基準の制度を確証するのではないかと考えた. ・グッドデザインアワード・イヤーブック GOOD DESIGN〈2003‐2004〉, 日本産業デザイン振興会, 2004

『命と向き合うデザイン』 

 産業とデザイン−2

グッドデザイン審査基準 1.良いデザインであるか (グッドデザイン商品、建築・環境などに求められる基本的要素) ○美しさがある ○誠実である ○独創的である ○機能・性能がよい ○使いやすさ・親切さがある ○安全への配慮がなされている ○使用環境への配慮が行き届いている ○生活者のニーズに答えている ○価値に見合う価格である ○魅力が感じられる 2.優れたデザインであるか (商品、建築・環境などの特に優れた点を明らかにするポイント) ○デザイン ・デザインコンセプトとが優れている ・デザインのプロセス、マネージメントが優れている ・斬新な造形表現がなされている ・デザインの総合的な完成度に優れている ○生活 ・ユーザーの抱えている問題を高い次元で解決している ・「ユニバーサルデザイン」を実践している ・新しい作法、マナーを提案している ・多機能・高機能をわかりやすく伝えている ・使い始めてからの維持、改良、発展に配慮している ○産業 ・新技術・新素材を巧みに利用している ・システム化による解決を提案している ・高い技能を活用している ・新しいモノづくりを提案している ・新しい売り方、提供の仕方を実現している ・地域の産業の発展を導いている ○社会 ・人と人の新しいコミュニケーションを提案している ・長く使えるデザインがなされている ・「エコロジーデザイン」を実践している ・調和のとれた景観を提案している 3.未来を拓くデザインであるか (デザインが生活・産業・社会の未来に向けて  積極的に取り組んでいることを評価するポイント) ○デザイン ・時代をリードする表現が発見されている ・次世代のグローバルスタンダードを誘発している ・日本的アイデンティティの形成を導いている ○生活 ・生活者の創造性を誘発している ・次世代のライフスタイルを創造している ○産業 ・新しい技術を誘発している ・技術の人間化を導いている ・新産業、心ビジネスの創出に貢献している ○社会 ・社会・文化的な価値を誘発している ・社会基盤の拡充に貢献している ・持続可能な社会の実現に貢献している ・グッドデザインアワード・イヤーブック GOOD DESIGN〈2003‐2004〉,

『命と向き合うデザイン』 

 産業とデザイン−1

産業または産業化におけるデザインの関わりを考える上で,財団法人日本産業デザイン振興会の存在は欠かすことができない.この機関によって運営されている制度が,日本にはグッドデザイン賞というデザイン評価・推奨制度である.1957年に当時の通商産業省によって創立された「グッドデザイン商品選定制度」が母体となっている.グッドデザイン商品選定制度の発足当初は,デザインという概念はおろか言葉すら一般には知られていなかったが,産業と生活の発展のため政策的に制度化された.対象分野は,消費財分野から端を発し,生産財・公共財分野,工業製品分野,建築環境分野,コミュニケーション分野,先端的技術分野での実験的デザイン,デザインビジネスモデルまで,総合的・学際的なデザイン評価制度に成長した.この制度の目的は「デザインを通じ生活のクオリティアップと産業の発展を同時に導くこと」である.生活と産業をより良い方向に導いていくために,デザインはどのような働きを担えば良いかという視点から審査される.審査基準の中心は以下の3点である.1)良いデザインであるか(グッドデザイン商品、建築・環境などに求められる基本的要素).2)優れたデザインであるか(商品、建築・環境などの特に優れた点を明らかにするポイント).3)未来を拓くデザインであるか(デザインが生活・産業・社会の未来に向けて積極的に取り組んでいることを評価するポイント).審査員個人の主観による評価を,主に商品カテゴリー毎にグループ化されている審査団をもって客観化し,さらに部門長審査による再確認などによって客観化を行い.最終的にはこれを制度の説明責任として情報開示を行う.こういった過程を経て,最終的に受賞商品が決定される.産業との関わりを明確にするために,3つの評価基準を詳説し,さらにもう一つの指標として,「性能性・効能性・機能性」を考える. ・グッドデザインアワード・イヤーブック GOOD DESIGN〈2003‐2004〉, 日本産業デザイン振興会, 2004 ・グッドデザインアワード・イヤーブック GOOD DESIGN〈2002‐2003〉, 日本産業デザイン振興会, 2003

『命と向き合うデザイン』 

 人工心臓−5

ここまで述べてきた内容から,人工心臓または人工心臓埋込手術に関する問題点をまとめる.問題点は患者自身の生体に関わることと,人工心臓そのものに関わることに分類される.それぞれ,生体に関わるものは「血栓形成」と「感染症の誘発」であり,人工心臓に関わるものは「耐久性」と「熱発生」である.これらの中でも最大の問題は血栓形成である.生体適合性という言葉は未だ定義されておらず,法律的な規制もないため,臨床家や研究者の間でも意見がわかれているところであるが,その主な現象は異物に対する身体の防護機構として次の4つを挙げることができる.1)血栓形成,2)免疫応答,3)炎症反応,4)排除反応.この内,人工心臓に最も影響を与えるのは血栓形成の問題である.血栓は血流に停滞箇所が発生するとその付近で形成される.血栓そのものが人工心臓内において機器動作の妨げになることも問題ではあるが,それ以上に形成された血栓が血管を通過し,脳等,他の臓器の毛細血管内に塞栓をつくる方が問題としては甚大である.生体の防護機構が誘起される原因は主に人工物の表面上にタンパク質吸着層が生成され,血球成分などの細胞が付着するためと考えられている.そのため,人工心臓内の表面素材の改良が続けられている.次に感染症に関しては,体表に開けられた孔によるところが大きい.そのため,現在は2つの視点から研究が進められている.1つは孔の周辺のシールする方法であるが,これは素材の研究が進められている.もう1つは孔を用いない,つまり,すべての要素を体内に納めるか,または経皮的に体外から必要は要素を送り込む方法の研究である.具体的なものとしては電力供給が挙げられる.心臓は1日24時間何十年という期間に渡って動作を続けなければいけない.その際に一番問題になるのは電池部の寿命である.現在,一般的な製品に用いられているリチウム−イオンなどの電池をいくら体内に保有できたとしても賄いきれる量ではない.そこで,経皮的に体内電池に充電する方法が研究されている.具体的には体外・表皮コイルを使って,体内にある二次コイルに電磁誘導で充電する方法がある. ・東嶋 和子, よみがえる心臓―人工臓器と再生医療, オーム社 ・許俊鋭, 斎藤明, 赤池敏宏: 人工臓器・再生医療の最先端, 寺田国際事務所/先端医療技術研究所, 2006 ・筏義人: 患者のための再生

『命と向き合うデザイン』 

 人工心臓−4

人工心臓に必要な5つの機構の中でもポンプ部は血流発生という点で重要であるばかりではなく,設計の困難性が高い要素という意味でも重要である.人工心臓に用いられているポンプの機構は主に2つに分類できる.一定量の血液を一定のタイミングで拍出する拍動型ポンプと,絶えず一定量の血液を流し続ける連続流型ポンプである.拍動型ポンプとは,空気圧などを利用してダイアフラムやプッシャープレートを移動させ,血液室容積の変化により拍動流を発生させる方法であり,血液の流入・流出部には,逆流防止弁が装着される.一方,連続流型ポンプとは,インペラ(羽根車)やコーン(円錐)を高速回転させ,発生した遠心力・揚力によって,持続的に血液の移送を行う方法であり,無拍動流とも呼ばれる.当初は自然心の模倣として,拍動型から研究が始まったが,現在ではポンプ機能の効率が優れている点と,機器全体を小型することが容易であることから,連続流型の研究が中心になっている.ただ,連続流型ポンプは,高速回転によって発生する摩耗にともなう耐久性の問題と,回転軸周囲に血液を巻き込むことで生じる血液細胞破壊という二つの問題を有している.特に細胞破壊はモーターの動作負荷を増大させ,モーター内部で想定以上の熱が発生し,人工心臓の筐体破損事故が発生する場合がある.その問題解決を行うため,現在,テルモ株式会社(本社:東京都渋谷区)の子会社であるテルモハート社(本社:米国ミシガン州)が2009年より日本国内での製造申請を行っている人工心臓がDuraHeartである.これは,磁気浮上型遠心ポンプ方式と呼ばれる方式を採用することで連続流型の問題を解決している.具体的には遠心ポンプ内で回転しているインペラを磁気の力で浮き上がらせ,その状態で回転させる,というものであり,1つ目の問題である回転軸の摩耗という耐久性,および2つ目の血液破壊と熱の問題を回避している.すでに欧州では2007年の2月にEU指令の求める要件を満たして認証であるCEマークを取得しており,同年8月から販売を開始している.DuraHeartは体外に電池部と制御部を設けており,ケーブルを介して体内のポンプ部分と結合している.電池部は約2kg程度で肩からバッグのようにさげることができるようになっている.日本人が中心に開発している人工心臓ともう一つEVAHEARTがある.こちらも連続流型

『命と向き合うデザイン』 

 人工心臓−3

人工心臓は主に次の5つの要素で構成されている.1)ポンプ部,2)動力部,3)制御部,4)電池部,5)検知部の5つである.人工心臓はこれらの要素を,体内または体外に設置し人工的な循環器としての機能を発現することができる.例えば,国立循環器病センターと東洋紡績社によって開発された「国立循環器病センター型(日本で1990年に厚生労働省認可を受け,1994年から急性心不全の治療として公的保険が適用)」では,ポンプ部を含むすべての要素が体外に設置される.そのため機器の整備は比較的容易に行えるが,患者が移動する際にはすべての機器を同行させなければならない.多くの場合,一人での移動は困難なため,看護師や家族の介助が必要となる.現在日本国内で公的保険が適用されている補助人工心臓は国立循環器病センター型のみである.つまり,すべての要素を体内に設置できるものはない.そのため,体表を貫通する管が一本以上必要になるため感染症の発生率が上がる.特に,国立循環器病センター型のようにポンプが体外に設置される場合,患者自身の心臓から血液を抜き取るための脱血管(インフロー・カニューラ)や人工心臓から再び心臓に血液を送り込むための送血管(アウトフロー・グラフト)が体表を貫通することになる.これらはそれぞれ太さが2〜3㎝と太く,人体への負担は少なくない.このようにポンプが体外に設置されるものを「体外設置型(体外式)」と呼び,体内,胸腔内にポンプを設置するものを「埋込式(体内式)」と呼ぶ.埋込式の中でもポンプのみを胸腔内に納め,制御部や電池部を携帯するものを「体内設置携帯型」と呼び,すべての要素を体内に埋め,経皮的に体内電池に充電するものを「完全埋込型」と呼ぶが,完全埋込型で実用化されたものは未だない. ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・東嶋 和子, よみがえる心臓―人工臓器と再生医療, オーム社 ・日本人工臓器学会, 人工臓器は,いま―暮らしのなかにある最先端医療の姿, はる書房 ・許俊鋭, 斎藤明, 赤池敏宏: 人工臓器・再生医療の最先端, 寺田国際事務所/先端医療技術研究所, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 人工心臓−2

人工心臓の歴史は,他の人工臓器に比べて長く,1937年にフランス人外科医のAlexis Carrelと大西洋単独無着陸飛行に世界で初めて成功したCharles Augustus Lindberghが「The Culture of Organs」を共同執筆し,その中で人工心臓の原型となる人工心肺の開発を記録している.その20年後の1957年,世界初の体内に埋め込む人工心臓,全置換型人工心臓の動物実験が行われた.執刀はWillem Johan Kolffの指導のもと,阿久津哲造という日本人が犬に対して行い,1.5時間の生命維持に成功した.そして翌年にはKusserrowにより補助人工心臓の最初の実験が行われた.現在でいう人工心臓は,体内への埋め込みを前提としているため,その原型と呼べるものは今から約50数年前に実験が始まったことになる.それから半世紀の月日が経っているが,未だ完全な形では実現していない.人工心臓はさまざまな分類方法があるが,最も一般的な分類は,ここで述べたように埋め込み方から行う分類であり,「全置換型人工心臓(完全人工心臓),Total Artificial Heart: TAH」「補助人工心臓: ventricular assist device: VAD,またはVentricular Assist System: VAS」の二つに大別される.前者は患者の自身の心臓を取り去り,その部分に人工心臓を埋め込むものであり,後者は患者自身の心臓を残置したまま,左心,右心,またはその両方のポンプ機能を補助する目的で心臓に取付けられるものである.主に疾患の程度によって適応になる方法が変わるが,特に近年になってからは,VASの使用目的が一部変化しており,VASを取り付けることによって,患者本人の心臓のポンプ機能を補助し,心臓の筋肉を休ませることで回復を促すというものがある.その後筋肉が回復すれば再びVASを取り外し一般的な生活をおくれるようになる場合がある. ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・東嶋 和子, よみがえる心臓―人工臓器と再生医療, オーム社 ・日本人工臓器学会, 人工臓器は,いま―暮らしのなかにある最先端医療の姿, はる書房 ・許俊鋭, 斎藤明, 赤池敏宏: 人工臓器・再生医療の最先端,

『命と向き合うデザイン』 

 人工心臓−1

末期の重症心不全など,重篤な心疾患に対しては,従来2つの治療が行われてきた.心臓移植手術と人工心臓埋込術である.前者は,他者の心臓を患者に移植する方法であり,心臓の提供者,つまりドナーが必要である.しかし,心臓が健康な状態で生命維持が困難である状態を生体の死と認めることは未だに難しい問題であり,倫理的な課題が多い.また,提供心臓の数が患者の数に対して絶対的に少なく,登録を行ってから,実際に移植手術が行われるまでの時間が非常に長期におよぶ.加えて,心臓そのものが虚血状態に弱い臓器であることも問題である.心臓は,血流を止めて心停止保存液を入れた状態にしてから,移植が行われるまでの時間が4時間を越えると使用できなくなる.そのためドナーと患者の搬送距離が問題になる.一方後者は,人工的に製造された心臓を患者の胸部に埋め込む方法である.埋込方として心臓を取り出して埋め込む方法と,心臓は残したまま補助的な機器を埋め込む方法がある.現在,完全に体内に埋め込むことができる完全人工心臓は開発が成功していないという問題があり世界各地で日々開発が行われている.また,人工臓器だけではなく,他の臓器移植全般にもいえる問題として,移植した生体への適合性に関することがある.他者の心臓や人工心臓を患者に埋め込む場合,受け入れる生体側で拒絶反応が起こることがある.一般的に生体適合性の問題と呼んでいるが,せっかく移植しても適合できない場合,その臓器は取り打さなければいけなくなる.このように後者の人工臓器に関しても未だ問題はあるが,開発が成功した場合,心臓移植手術で生じている問題を,全て回避することができるという点で以前より開発が続けられている. ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・東嶋 和子, よみがえる心臓―人工臓器と再生医療, オーム社 ・日本人工臓器学会, 人工臓器は,いま―暮らしのなかにある最先端医療の姿, はる書房 ・許俊鋭, 斎藤明, 赤池敏宏: 人工臓器・再生医療の最先端, 寺田国際事務所/先端医療技術研究所, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 再生医学と制度−2

2009年の時点で製品化されている再生医療用細胞は皮膚・関節・角膜に限定される.日本では再生医療製品は「ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング」の自家培養表皮「ジェイス」が,重症熱傷用治療薬として2007年製造販売承認、2008年薬価収載された1件のみである.それに対して,世界に目を向けるとGenzyme BioSurgery社などは人工皮膚のEpicelと軟骨のCarticelを販売し,人工皮膚および軟骨関連でそれぞれ10以上の製品が販売されている.ここまで見てきたように,再生医学として研究された対象を再生医療製品として実際に医療現場で用いられるためには,いくつかのフェーズが必要である.1)まず,再生医学の研究対象を用いて医師の采配の下,臨床研究を重ね,2)その中から可能性のあるものを製品化し,治験に進める.3)治験を終え,承認された対象は一般的に使用されるため,商品化される必要がある.商品となって初めて薬価収載され,さまざまな医療施設において一般的な患者に使用されることになる.この流れはつまり,研究対象は産業化されなければ医療に活用できる価値を持たないことを意味しており,このこと自体は従来の医薬品や医療機器と同様である.しかし,再生医学ではその価値を持つための販売対象が,従来医療とは異なることになる.従来医療では,製造者は製剤・医療機器そのものを製品として販売しており,その製剤や医療機器が医療機関において目的の機能を果たすことが価値であった.しかし再生医療では,販売対象は製剤そのものではなく,製剤を医療機関内で製造するための医療機器になる.その医療機器が目的の製剤を医療機関内で製造することができて初めて価値を持つことになる. ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・土屋利江編, 医療材料・医療機器—その安全性と生体適合性への取り組み—, シーエムシー出版, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 再生医学と制度−1

日本では医薬品および医療機器としての承認を得るため,薬事法に則った治験を行い,その有効性と安全性を確認する必要がある.医学において,人を対象とした介入研究は一般的に臨床試験と呼ばれ,その中でも新薬の承認などのために企業が行う臨床試験を治験と呼び,薬事法の第2条第16項には「承認申請において提出すべき資料のうち、臨床試験の使用成績に関する資料の収集を目的とする試験」と規定されている.2002年に薬事法が改正,2003年より試行され,医師・医療機関主導による治験が行いやすくなった.未承認の医薬品・医療機器を適応する方法としては,医師の裁量の下で行われる臨床研究もあり,これは薬事法に則る必要はない.2009年における世界の治験状況を見ると,再生医療が広範な疾患に適応されており,40社程度の企業から100件程度の治験が実施されている.実施件数は増加しているが,必ずしも好成績を収めているわけではない.クローン病に対する骨髄由来間葉系幹細胞製剤の治験は中止になった.その中でも,Geron社(米国カリフォルニア州)は,FDAに治験薬申請していた「ヒトES細胞由来オリゴデンドロサイト前駆細胞 "GRNOPCI" を急性脊髄損傷患者に異所高治療する治験」の承認を獲得し,ヒトES細胞由来細胞を用いたPhase 1臨床研究開始が決定した.技術の未成熟さやビジネスリスクの高さから,新薬開発はベンチャー企業が行う場合が多い.独立行政法人医薬品医療機器総合機構によると新薬の審査期間は米国で平均10ヶ月であるのに対し,日本では平均22ヶ月を必要としている.ベンチャー企業は強固な財務体質を有していないことが多く,審査期間が長期におよぶ場合,企業を維持していくことが困難である.しかし,細胞を利用した生物製剤はウイルスの混入による薬害の問題があるため承認には慎重にならざるを得ないという現実がある. ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・土屋利江編, 医療材料・医療機器—その安全性と生体適合性への取り組み—, シーエムシー出版, 2009

『命と向き合うデザイン』 

 細胞シート工学−2

通常、培養皿から細胞を取り出す場合,ディスパーゼなどのタンパク質分解酵素を用いて剥離するため細胞に障害を与える可能性がありました.また温度応答性高分子処理された培養皿を使用する方法では,細胞間結合と細胞自身が発現する接着タンパクのファイブロネクチンやラミニン5を維持したままシートを回収することができます.これらがノリの役目を果たすため回収したシートはそのまま移植する組織の表面などに接着させることが可能です.シート同士も接着できるため細胞シートを積層化することで三次元組織も構築可能です.積層化された組織はそれ自身が産生する細胞外マトリックスのみからなるため生分解性高分子などを用いた足場を使用した際の問題点を回避することができます.細胞シートを用いた再生医学は現在,その領域を広げつつあります.すでに実施されているのは角膜組織・食道粘膜組織・心筋組織に対してです.これらは自己細胞を用いた細胞シートの臨床応用をさらに加速させると言われています.また直に歯周組織・肺組織に対する臨床応用が開始されます.そして,次に肝組織や甲状腺組織における種々の疾患に対する細胞シートの適応拡大が計画されています.例えば、角膜上皮幹細胞疲弊症の患者のうち、眼類天疱瘡やスティーブンス-ジョンソン症候群などの重篤な症例では,免疫抑制剤を併用しても複数回のドナー角膜移植を拒絶した病歴を持つドナー細胞に対して強く免疫拒絶を示す患者がいます。このような症例に対しては,患者本人の口腔粘膜細胞2mm四方から約2週間掛けて角膜上皮細胞シートを培養し,移植する方法がとられており,現在のところ,治療成績は良好です.しかも,培養された細胞シートには細胞外マトリックスが残っているため,移植時に縫合の必要がなく,10分程度で角膜実質に接着されます.また,細胞シートを用いて心筋組織を再生する技術も進んでいます.心筋細胞シートを積層化することで,肉眼で確認できる程度の自律拍動を伴った高い密度の心筋組織を再構築する実験も成功しており,この再生心筋組織を心筋梗塞部へ移植することで心機能が改善することも確認されています. ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・立石哲也, 田中順三: 図解 再生医療工学, 工業

『命と向き合うデザイン』 

 細胞シート工学−1

生分解性高分子などによる足場を用いず,細胞が互いに接着することでシート状になっているものを細胞シートと呼びます.細胞シートの作成には温度応答性高分子であるN-イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)を表面に修飾した培養皿が用いられます.PIPAAmは水中で相転移温度(32℃)を持ち,それ以上で高分子鎖が脱水和し,イソプロピル基間の疎水性相互作用により凝集して沈殿します(疎水性)が,32℃以下では水和し溶解します(親水性).これにより温度変化によって修飾表面のぬれ性を制御可能になります.細胞の培養条件である37℃では表面は疎水性を示すため細胞の接着・伸展は良好に行われ.これを表面温度を32℃以下に下げることで表面が親水化し、細胞が自発的に脱着します.多くの細胞接着にはアミノ酸配列(アルギニン−グリシン−アスパラギン酸;RGD)が密接に関係していることが知られています.このRGDとPIPAAmを培養皿表面に修飾することで,培養から回収までを高効率で行える培養皿の研究が行われました.原理を考えます.温度応答性高分子は相転移温度以上で脱水和・収縮するため,RGDは表面に露出します.この時、細胞は細胞膜タンパク質であるインテグリンを介してRGDを認識し,培養皿に接着・伸展できます.一方、相転移温度以下では高分子鎖は水和・伸長するため,RGDは高分子層の中に埋もれ、細胞が認識しにくくなり結合が弱まります.こういった細胞接着に関するリガンド−レセプター間の作用は,抗原−抗体や酵素−基質間などのように体内でもさまざまな形で見られます. ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・立石哲也, 田中順三: 図解 再生医療工学, 工業調査会, 2004 ・Langer, R. & Vacanti, J. P. Science, 260 920-926, 1993 ・Miyagawa, S. et al. Transplantation, 80 1586-1595,2005 ・Sekine, H. et al. Circulation, 118 S145-152, 2008

『命と向き合うデザイン』 

 再生医学−8

細胞を培養する場合,組織から目的の細胞を単離しなければいけません.古くからある方法としては,対象となる細胞の感受性に応じて試薬の種類や量などの反応条件を制御し,細胞間の接着を分離していくものがあります.その際に,タンパク質分解酵素であるディスパーゼなどが主に用いられます.しかし,このような方法では制度を95%以上にあげることは容易ではないため,機器を使う方法として,FACS(Fluorescence activated cell sorting)を用いる方法があります.機器は主にアナライザー(各パラメータ解析)とセルソーター(細胞分主機能)から構成されています.まず,細胞を蛍光色素標識抗体で染色し,その細胞を0ないし1個だけ含む液滴が,レーザー光を通過する際に瞬時に蛍光を測定し信号処理するというものです.FACSでは1秒間あたり最大で5000細胞程度処理でき,研究用の機器としては有効です.ただし,臨床用としては機器内に細胞の流路があるため,コンタミネーション(汚染)の恐れがあります.次に,生体から単離した細胞は,適切な成分組成を有する培地によって培養することができます.分化細胞である神経細胞や心筋細胞,肝実質細胞などは増殖能を示しませんが,組織の多くは未分化な幹細胞・前駆細胞を含んでいるためこれらを使い増殖することができます.培養過程は初期培養と経代培養に分けられ,生体から単離後,直後の培養を初代培養と呼び,以降,培養皿へ植え次いでいくものを経代培養と呼びます.一般的に血球以外の細胞は基質接着性であるため,適切な細胞接着因子を培養皿に塗布するか,培地に添加する必要です.培地に使用される血清(ウシ胎仔血清など)はフィブロネクチンやビトロネクチンなどといった細胞接着タンパクを多量に含んでいます.多くの細胞は培養皿上で増殖しますが,互いが近接するようになると増殖が停止します.動物細胞の培地には次の物質が含まれます.栄養素:グルコース・アミノ酸・ビタミン・無機塩類.pH安定剤:重曹・有機塩類.その他増殖・分化を維持するため:細胞成長因子.これらを含む血清を5%~10%添加します.生成した化学薬品および組み換えタンパク質のみで調整された培地を完全合成培地と呼び,安全かつ再現性の高い再生医学には完全合成培地は必須です.これらを培養容器に入れて実験を行いますが,近年はプラスチッ

『命と向き合うデザイン』 

 再生医学−7

細胞の培養は,当初は重層化した表皮組織を,培養皿上に作成し,培養表皮として皮膚の治療に用いられた(1975年に.H.Greenらによって).この際に,培養表皮はディスパーゼと呼ばれるタンパク質分解酵素を用いて培養皿から回収され,皮膚損傷部位に移植された.1980年代になり,培養真皮,培養全層皮膚,培養血管などを作成する技術が開発されると,これらの技術は総称して組織工学と呼ばれるようになった.そして,培養する細胞そのものの研究が進むと,次に,生分解性高分子による足場(スキャフォールド)の研究が始まった.1993年,Langer, R.とVacanti, J.P.らによる共著「Tissue Engineering」がScienceに掲載されたことを皮切りに,組織工学の研究が世界的に進められるようになる.ネズミの背についたヒトの耳の写真は広くメディアに取り上げられた.これは,生分解性高分子の足場をヒトの耳の形に成形し,軟骨細胞を播種・培養した後に生体に移植したものである.生分解性高分子とは,生体吸収性とも呼ばれ,体内に埋め込み後,一定の半減期をもって体内で分解し,吸収または排泄される素材のことである.一般には手術時の縫合糸や薬物担体としてのカプセルとして使用されている.こういった組織工学的手法を用いる利点は,細胞懸濁液の注入で問題になっていた細胞の流出や壊死による細胞の損失を克服できることであり,先天性疾患などの欠損部位に対する治療が可能であることも優位な点である.しかし実際,足場の内部へ十分な細胞数を播種することは容易ではなく,移植後の足場が分解した後の空間は細胞成分が少なく,大量の線維性結合組織で埋められてしまう問題がある.つまり,生分解性高分子を足場として用いる場合,生体側でつくられる細胞外マトリックスが足場と置換される形で形成されれば,形づくった状態で再生されるが,分解速度と生成速度がずれると形が崩れる場合がある.このため,軟骨や心臓弁など細胞がまばらな組織の作成は可能性がうかがえるが,細胞が高密度かつ複雑な構造と機能をもつ組織を作製するには現状の技術では難しいと言える. ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・立石哲也, 田中順三: 図解 再

『命と向き合うデザイン』 

 再生医学−6

再生医学は幹細胞生物学である基礎生物医学研究と,生体組織工学で成り立っています.後者の組織工学は1980年代後半の米国で提唱されましたが,元になった動物細胞培養に関する研究は19世紀の初頭からあったものです.ここで言う組織とは「分子から個体にいたる生物の階層性の中で細胞と臓器の間に位置する.細胞ー細胞間接着により連結した複数の細胞と細胞間隙を埋める固相成分である細胞外マトリックスからなる.」と言われています.骨や軟骨,真皮などは,そのほとんどが細胞外マトリックスによって形づくられています.一方,心臓や肝臓といった実質臓器は,細胞を主成分とし,細胞外マトリックスは細胞間の微細な間隙にのみ含まれる程度です.元々,細胞を用いた治療は注射針を用いて細胞懸濁液を注入する方法がとられていました.今でも一般的に残っているものとして,輸血が挙げられます.輸血は,組織構造をもたない末梢血の血管内への移植と言えるでしょう.細胞移植としては,骨髄中の造血幹細胞移植をはじめとして間葉系幹細胞移植,末梢血単核球細胞移植,自己骨格筋筋芽細胞移植などが臨床応用されています.しかし,肝硬変や重症心不全といった正常組織構造が3次元的に損失している疾患に対して,筋芽細胞の細胞懸濁液を注射した場合,移植率はわずか10%程度でした.また,移植した細胞が正着せず,目的の場所に固定しなかった場合,細胞懸濁液は血管を伝い,脳梗塞などの合併症を引き起こす危険もありました.例え正着しても,縞状になり,3次元的な臓器を回復するのは困難でした.さらに,細胞を心臓に移植する場合,注射針によって心筋を侵襲することになります.これによって不整脈などが発生しました.これらの問題を解決するため,組織を再構築するための新しい細胞培養方法が考え出されました. ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・中辻憲夫, 中内啓光: 再生医療の最前線2010, 羊土社, 2010 ・立石哲也, 田中順三: 図解 再生医療工学, 工業調査会, 2004 ・Langer, R. & Vacanti, J. P. Science, 260 920-926, 1993

『命と向き合うデザイン』 

 産業革命とdesign−3

バウハウスは1919年に開校し,1933年にナチスによって閉鎖させるまでの14年間,主に「教育運動・造形活動・工房活動」を3本の軸として進められたデザイン活動である.設立の際にあった構想は「工芸や芸術を統合するものとして総合芸術」である.産業革命から続いているデザインの歴史において,その一つの到達点ではあるが,様々な要素を集約した部分が強い.初代校長のヴァルター・グロピウスは,ドイツ工作連盟を起こしたヘルマン・ムテジウスの弟子にあたる.そして,バウハウスを創設する切っ掛けを与えたのはアール・ヌーヴォーの初期に活躍したヴァン・デ・ヴェルデである.ドイツ工作連盟とアール・ヌーヴォーは,造形的な要素や規格化・標準化という点において対立した思想ではあったが,ヴァン・デ・ヴェルデ自身,ドイツ工作連盟としても活動した時期があり,当時の二つの思想がグロピウスに影響を与え,バウハウス創設に至ったと言える.一般的には機能主義・合理主義が強く,製品設計・生産管理などにつながるデザインの基礎がつくられたと言える.それまでに様々な物品をシステムとして管理する発想は既に始まっていたが,バウハウスでは家具から室内空間・建築・集合住宅・都市というところまで,全てを一貫したシステムと見なし,統合されていった.これらの造形活動はもちろんバウハウスの特徴だが,もう一つ重要な要素として教育が挙げられる.従来,特に技術に関することは,師弟関係によって師から弟子へと受け継がれていった.しかし,バウハウスではその伝授を教育という方法論で実行した.そのためには従来はデザイナー個人の思いや考えなどでつくられたいた作品を,理論を持って説明し,製品や商品とする必要があった.つまり,教える側の人間は,各自の考えや実現してきた作品を,論として一般に伝達できる状態にする必要があったということである.結果的に,デザイナーとして当時から現在において優れた評価を受けたものであっても,教育内容に思想を強く持ち込んだために教鞭を執ることを許されなくなった者もいた.一方で,バウハウスで教育を受けた者がデザイナーとなり,再び今度は,教育者としてバウハウスに戻ってくるということも頻繁に行われていた.歴史の中ではたった14年間という限られた期間ではあったが,そこで培われたデザイン教育・デザイナー教育という発想は確実に世界各地へと点在してい

『命と向き合うデザイン』 

 Less is more

Ludwig Mies van der Rohe is one of the most important architects. He left the famous aphorisms "less is more" and "God is in the details". Less is more is motto of the minimalism. The word described their aesthetic tactic of arranging the numerous necessary components of a building to create an impression of extreme simplicity. But, the aphorism was not made by him. The term was made by Christoph Martin Wieland. He is a German poet, dramatist and translator. "Less is more" is a word being quoted by a lot of people now. The next aphorism is "God is in the details". Although many times atribuited to Mies van der Rohe, Gustave Flaubert, and many others, it is believed to be said by german Art Historian and Cultural Theorist, Aby Warburg. Aby Warburg, German art historian, notices of seminar at Hamburg University, Hamburg, Germany, and November 11, 1925. This is documented in papers at the Warburg Institute at the University of London, described in

『命と向き合うデザイン』 

 再生医学−5

具体的に幹細胞を用いるとどのようなことができるのかを見てみましょう.脊椎動物は受精後,卵割を繰り返すことで細胞数を増やし胞胚期に達します.この時の胚の一部につくられるのが未分化細胞塊であり,それを培養したものが胚性幹細胞,つまりES細胞です.両生類は受精後9時間で胞胚期を迎え,未分化細胞ができます.1)未分化細胞を取り出し,2)カルシウムをのぞいて,3)細胞をばらばらにします.4)100mg/mlのアクチビンを加え,5)1時間処理し,6)再びカルシウムを加えて,7)凝集塊をつくります.8)3日後には拍動する心臓が生まれます.9)血清を加え,10)10日間培養すると,11)活動電位のある,1心室2心房の心臓ができます. ここで,改めて幹細胞を整理してみます.まず、幹細胞とは「異なる機能を持つ複数の細胞へ分化する能力(多能性)と,自己増殖を続ける能力(自己複製能)を持った未分化な細胞」と定義されています.さらに幹細胞は分化能力によって分類できます.まず、一個の細胞から身体を構成する全ての細胞に分化できるのは受精卵であり,全能性幹細胞と呼ばれます.これに対して,身体を構成する全ての細胞への分化能を持つが,一個の細胞単独では個体発生を起こせないものを多能性幹細胞と呼びます.ES細胞(embryonic stem cell)と呼ばれるものはこの多能性幹細胞の一種で,初期胚から樹立された胚性幹細胞です.さらに,2007年にヒトの皮膚由来線維芽細胞に多能性維持に関する4つの遺伝子を組み合わせて導入することで多能性を獲得した人工多能性幹細胞,iPS細胞(induced pluripotent stem cell)が樹立されました.ES細胞とiPS細胞の最も大きな違いは,iPS細胞が初期胚のような未分化な細胞ではなく,分化の進んだ細胞からでもリプログラミングを行うことで幹細胞としての機能を獲得している点です.現在の再生医学はこの二つの細胞によって牽引されている部分が少なくありません. ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・田畑 泰彦: 再生医療のためのバイオマテリアル, コロナ社, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 再生医学−4

脊椎動物の中で最も高い再生能力をイモリは,尻尾や手足だけではなく、顎や脳、眼、心臓などの組織や臓器の一部を再生できる.このイモリに関する研究から,以下の2点が明らかになっている.1)多細胞生物の各細胞は,受精卵から分化した後も全ての遺伝子情報が保存されている.2)分化した細胞でもリプログラミング(殖細胞や体細胞など分化の進んだ細胞が多能性や全能性を再獲得すること)可能である.一度分化した細胞は脱分化を行い,元の形質を失った状態になる.そして目的の細胞へと改めて増殖・分化を行っていく.このことから脱分化した細胞も幹細胞様の性質を有している可能性があることが示唆されている.このように再生に用いられる細胞は「幹細胞由来」か「分化細胞由来」ということになるが,分化細胞の脱分化を幹細胞へのリプログラミングと考えると,結局は幹細胞由来と言える.ヒトのような多細胞生物の再生に関する治療を考える場合、細胞の分化状態をどのように制御するか,ということが極めて重要になってくる.リプログラミングは従来は核移植を行うことでしか実現できなかった.ここでiPS細胞を考えてみると,その作成に関して「転写因子の遺伝子発現を制御することで,細胞の分化状態を人為的にコントロールできることを初めて示した」という功績が大きいと言える.従来は核移植でしかリプログラミングできなかったことを,4つの遺伝子を操作するだけで可能にしたのである.このことから再生医療を実現していく上で重要なコトとして,1)細胞の分化状態を分子レベルで理解する.2)位置情報の制御が行える.の二つがある,とする論がある. ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・田畑 泰彦: 再生医療のためのバイオマテリアル, コロナ社, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 再生医学−3

さらに再生の原理を詳細に観察してみます.生物が行っている再生の方法は2種類に分類され,それぞれを代表するような生物がいます.1)再生の種となる細胞である「幹細胞」を準備して,高い再生能力を発揮している生き物(プラナリアなど)=幹細胞利用.2)既存の細胞を一旦「リプログラミング」してから必要な細胞をつくって再生を実行している生き物(イモリなど)=細胞のリプログラミング利用(iPS細胞).細胞の中でも,最も様々なモノに分化できる細胞を有しているのは受精卵です.受精卵から分裂して色々な種類の機能に分化した細胞を分化細胞と呼びますが,受精卵はあらゆる種類の分化細胞を生みだすことができます.一般に多細胞生物は成長とともに細胞の数を増やし,個体として機能するために必要な種類の細胞をつくる必要があります.幹細胞¬はその特徴として,多分化能と自己増殖能を併せ持つため,多細胞生物の成長にとって必要なことを同時に行うことができます.しかし,幹細胞は分化するにしたがって,やがて全て分化細胞に変わり,成体になると幹細胞としての機能はほとんど失われ,一部の組織に組織幹細胞が残るのみになります.受精卵から分化するしばらくの間は全能性幹細胞の状態を維持したまま増殖します.この状態の細胞を胚から取り出し,全能性状態を維持したまま培養した細胞がES細胞です.さて,再生の研究においては,プラナリアの研究が盛んに行われます.プラナリアは無脊椎動物の中で最も高い再生能力を持つと言われているため,再生医学に関する研究対象としては最も適していると考えられるからです.その研究からプラナリアの再生メカニズムはおおよそ以下のような流れがあることがわかっています.1)傷口の修復.2)再生芽の形成.3)不足部分の先端の形成.4)頭から尾までの身体の領域性の再編成.5)必要な細胞の供給.ここで言う身体の領域性とは身体の位置情報のことです.多細胞生物が個体を形成する場合,まず,形成する場所の座標をつくり,その座標に沿って幹細胞を制御し,形と機能をつくりあげていく,というプロセスが存在します.無脊椎動物の代表はプラナリアでしたが,一方,脊椎動物の中で最も高い再生能力を持つ生物は,イモリです. ・阿形清和他: 再生医療生物学, 現代生物化学入門7, 岩波書店, 2009 ・筏義人: 再生医工学, 化学同人, 2001

『命と向き合うデザイン』 

 心臓−3

筋肉を動作させるための電気信号は神経系を通って各筋肉に伝播される.神経系は中枢神経と末梢神経に大別される.この内,末梢神経とは中枢神経(脳と脊髄)以外の神経系を指し,さらに体性神経系と自律神経系に分類できる.体性神経系は身体の運動や知覚に関する情報のやり取りを行い,自律神経系は意志の支配を受けずに,臓器など身体の環境を維持するために用いられる.心臓は不随意筋であるため,自律神経によってその機能が調整されている.自律神経には自律神経中枢からの信号を伝える交感神経・副交感神経の二つがあるが,心臓は交感神経・副交感神経の両方によって相互に支配された二重支配の状態になっている.主に,交感神経は活動時(昼間)を,副交感神経は安静時(夜間)を管理している.激しい運動や,精神的な負荷を受けた際に拍動数が変化するのは,この神経系を介して情報が伝達されるためである.伝達された情報は受容体によって受け取られるが,交感神経の受容体にはα受容体とβ受容体の2種類があり,それらはさらにβ1,β2などのように細分化され,受容する情報が異なる.運動などによる拍動数の変化は,交感神経によって届けられた情報がβ受容体によって媒介されて拍動数の増加につながる.β受容体の中でもβ1受容体は,主に拍動数の増加や収縮力の増加を調整しており,総じて拍出量が増大する. ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・東嶋 和子, よみがえる心臓―人工臓器と再生医療, オーム社 ・日本人工臓器学会, 人工臓器は、いま―暮らしのなかにある最先端医療の姿, はる書房

『命と向き合うデザイン』 

 産業革命とdesign−2

大量生産による品質の低下を憂いた一部の人々が,手によるモノづくりの復興活動を開始します.それはアーツ・アンド・クラフツ運動と呼ばれ,活動時期は19世紀の後半から20世紀の初頭まででしたが,この活動が国際的に様々な活動を誘発することになります.中でも,フランスのパリを発祥とするアール・ヌーヴォーは1890年のパリ万国博覧会を切っ掛けに世界中に広まりました.手づくりを重要視しながらも,鉄やガラスといった当時の新素材の可能性を検討し,それぞれのデザイナーが新しい表現方法を模索しました.万国博覧会と並んで,写真の技術が一般化したことも,国際的な規模で活動が浸透した大きな理由の一つです.さらに時代が進むと,機械工業による安価な大量生産と,手づくりによる少量ですが丁寧な生産との,両方を重視する考え方が広がります.中でも,アーツ・アンド・クラフツ運動の思想を受け継ぎつつ,後のバウハウスへとつながるドイツ工作連盟は「大量生産するためのモノの規格化・標準化」という考えを強く推しだし,芸術と産業の統一という構想を持っていました.また,一方ロシアでは,ロシア・アヴァンギャルドが起こり,デザインと政治のつながりが明確になります.それはつまり,モノのデザインは生活様式・文化全体の変革へとつながり,結果的に政治・経済・社会全体に関わる,ということを初めて国家として意識した活動でした.プロパガンダ・アートと呼ばれるように,政治にも積極的にデザインが取り入れられました.製造面で意識されていたことは「使用と生産の両面から見た合理性」として標準化が強く押し出されます.そして一連の流れの一つの区切りとしてここでバウハウスが設立されます. ・アルビン・トフラー, 第三の波, 中公文庫 M 178-3, 中央公論新社 ・ニコラス ペヴスナー, モダン・デザインの展開―モリスからグロピウスまで, みすず書房 ・柏木 博, デザインの20世紀, NHKブックス, 日本放送出版協会

『命と向き合うデザイン』 

 産業革命とdesign−1

産業革命を近代デザインの起源であるとする論があります.デザインの起源をどこに設定するかは諸説あり,デザイン対象によって変わる場合もあります.例えば,ヒトまたは動物が道具を使用した時からデザインはあったという説もあります.しかし,この場合は,道具をつくり出す行為が営為行為にはなっておらず,目の前にある問題を解決するための手段としてのみ行われています.では,営為を目的としてモノをつくることが一般化したのはいつか,ということが問題になります.そこで,ここでは産業革命をその起源として考えてみます. 産業革命とは,19世紀のイギリスから始まった,技術革新による産業・経済・社会構造の一連の変革を指す言葉です.技術の革新によって従来の手工業から機械工業へと変化した産業基盤によって,それまでに蓄積されていた資本を使い,農村で溢れた労働者を都市に引き入れました.結果として,主となっていた綿織物工業を中心に,それに関係する製造業・搬送業などあらゆる産業へ革新は波及しました.労働者階級人口が爆発的に増加し,産業資本家に次ぐ勢力となったため,経済・社会構造にまで変革が生まれました.やがて第1回ロンドン万国博覧会(1851年)を迎え,当時の先進国の多くに産業革命の波が押し寄せることになります.ここで着目すべきは,手工業から機械工業へと変化した,という技術的な部分です.製造の視点に立つと,産業革命以前の商品は職人の手によって一つ一つつくられていました.言い換えれば,職人がつくることができるということが商品の成立条件でした.しかし、産業革命以降は,機械によって一度に大量に製造できることが条件となります.この移行は当初は速やかにいかず,品質の悪い粗悪な商品が出回ることになりました.しかも,製造機の改良が進み品質が向上すると,今度は逆に,産業資本家が利潤を追い求めるために生産コストを下げ,安く質の悪い商品が大量に生産されることになったのです.また,労働条件の悪化に起因するヒューマンエラーによる品質低下も重なりました. ・アルビン・トフラー, 第三の波, 中公文庫 M 178-3, 中央公論新社 ・ニコラス ペヴスナー, モダン・デザインの展開―モリスからグロピウスまで, みすず書房 ・柏木 博, デザインの20世紀, NHKブックス, 日本放送出版協会

『命と向き合うデザイン』 

 産業医学

産業革命は産業医学の発達にも寄与しています.産業革命時の劣悪な労働条件では,労働者は作業関連疾患と呼ばれる症状を患うことが多発しました.当時,労働者は都市に溢れていたため,担当業務を進めることに支障が発生した場合,即座にその労働者を交換するという方法が最も効率的でした.しかし,低賃金による長時間労働や児童労働など,労働問題の深刻化を受けて,ついに1833年に工場法が制定されます.これによって労働者の権利がある程度保証されるにいたり,彼らが業務を遂行するために必要最低限の環境を確保する必要性が生じました.そこで,作業関連疾患を予防することで健康を維持しようと考えたのが産業医学の始まりです.労働者を守るという視点ではなく,あくまでも産業資本家が損失を受けないことを目的としていましたが,疾患による解雇の可能性が減ったことと,最低限の健康を保証されたという点において,結果的には産業医学の発達は労働者の生活を守ることには役立ったと言えます. 産業革命を経て発達したこの学問領域は,1857年に生まれたエルゴノミクスという考え方に引き継がれます.元々は,労働の環境や機器をどのように設計すれば効果的に収益を上げることができるか,ということに注力された考え方でした.それが人間の身体的特性を把握し,疲労の軽減,動作効率の向上などにつながり,人間工学の根幹を担う柱の一つになったのです.一方,人間工学のもう一つの柱としてヒューマン・ファクターという考え方があります.これは第二次世界大戦時にアメリカで生まれた考え方で,飛行機のコックピットをどのように設計すればパイロットが操縦を間違わないか,安全に操作できるか,という実務が背景にありました.つまり,エルゴノミクスに比べ,認知特性など心理学の分野から人間工学に向かったと言えます.やがてマン・マシン・インターフェイスやユーザ・インターフェイスという考えにつながり,エルゴノミクスとヒューマン・ファクターの二つが組み合わさり人間工学という表現で表されることになります. ・人間中心設計(ISO13407対応)プロセスハンドブック ・伊藤 謙治, 人間工学ハンドブック, 朝倉書店, 2003 ・日本機械学会, HCDハンドブック 人間中心設計, 丸善, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 再生医学−2

再生医学は,元々,肝不全の子供達への移植肝臓不足を改善するため,肝細胞を増殖し,肝移植に利用したことに端を発しますが,その成長には大きくは二つの研究分野の進歩が関わっています.一つは基礎生物医学研究であり,そして,もう一方が上述した生体組織工学です.前者の目的は,幹細胞・細胞増殖因子・細胞外マトリックスの研究を通して,再生現象を正しく理解することです.特に近年になって,ヒトの組織・臓器中にも,高い増殖・分化能力を持つ幹細胞が存在していることがわかってきました.2004年に発見されて以来,積極的に研究されている胚性幹細胞(ES細胞)や,2006年に4遺伝子によって樹立することが明らかになり,以降,世界中で研究が活発化しているiPS細胞に関する研究もここに含まれます.後者の目的は,再生誘導の場を構築することです.バイオマテリアルと呼ばれる分野が研究の中心であり,生体安全性・生体適合性の高い素材の研究・開発が行われています.バイオマテリアルと一口にいってもその領域は非常に幅広いです.人工歯根などから人工関節,人工血管等まで生体に移植する材料全般を指す言葉として用いられいています.しかし,特に再生医学におけるバイオマテリアルとは細胞や組織の足場になる部分を指すことが多いようです. ここで,細胞が再生する原理を考えます.ある空間で細胞が生存していくためにはその周辺環境との関係が重要です.一般に細胞増殖因子・細胞外マトリックスと呼ばれているものが周辺環境を構築しています.また,これらの素材が細胞の増殖や分化を制御しています.よって,高い増殖能力を有する幹細胞があったとしても,周辺環境である細胞増殖因子などが適切な状態でない限り,細胞の再生は望めません.細胞が培養・分化しやすい足場をいかに構築するか,ということを研究するための分野として生体組織工学があります.つまり,高い増殖・分化能力を有する細胞そのものの研究と,細胞が成長するための環境の研究の両方が進歩することによって,再生医学は現実的な研究として成長し,再生医療として現場への応用が可能になります. ・筏義人: 患者のための再生医療, 米田出版, 2006 ・筏義人: 再生医工学, 化学同人, 2001 ・田畑 泰彦: 再生医療のためのバイオマテリアル, コロナ社, 2006 ・Takahashi K, Yaman

『命と向き合うデザイン』 

 心臓−2

心臓は全ての器官に血液を送り込むポンプだが,そこには心臓も含まれます.心臓の内側には常に大量の血液が蓄えられていることを考えれば,そこから酸素や養分を摂取することが最も効率が良いように思えます.しかし,ヒトの心臓はそのようにはできていません.は虫類や両生類では心臓の内側表面を使って血液から直接酸素を取り入れることができます.ヒトとの大きな違いは姿勢です.ヒトの姿勢は基本的に上体が起き上がっています.そのため,脳などの器官は心臓よりも上部に位置するため,心臓はその位置まで血液を送らなければなりません.心臓内に酸素や養分を吸収するための孔が存在すると,収縮期に十分な血流速度を得ることが難しくなります.そのため,ヒトの心臓は進化の過程で他の方法で血液から酸素や養分を摂取するようになりました.それが冠状動脈と呼ばれている血管であり,大動脈の付け根部分から心臓の表層に張り巡らされています.太さは2mm程度と細く,流量は血液全体の約5%程度です.しかし,心臓が消費する酸素量は全身の約20%にあたり,5分の1の酸素が心臓を動かすためだけに使用されます.心臓を動作させている筋肉は心筋と呼ばれ,構築している細胞は心筋細胞と呼ばれています.心臓は連続的な心筋細胞の緊張と弛緩によって,全体として拍動運動を行っているように観察されます.あらゆる筋肉が,弱い電気信号によって収縮することは以前から知られていますが,心筋も同様に電気信号によって動作します.ただ,骨格筋などの随意筋とは異なり,全てが不随意筋でできているため,意識化で動作させることはできません.また,他の筋肉が神経繊維によって電気信号を伝達するのに対して,心筋は,特殊心筋によって伝達されます.心筋はこの特殊心筋と普通心筋の2種類が組み合わされています.特殊心筋は洞房結節・房室結節・ヒス束などと呼ばれ,大静脈との結合部近くにある洞房結節で発生した約50mA程度の電流が房室結節,ヒス束という順に伝達され,心臓全体が動作します.生まれた瞬間に,一番最初の電気信号がなぜ発生するのかは未だに解明されていません.また,一般的に身体的負荷や精神的負荷を受けると,「ドキドキ」という表現で表されるように,拍動数の増加が認識できるようになります.これは電気信号の発生速度が変化することによって,普段は意識されない拍動が容易に体感できる状態になったもので

『命と向き合うデザイン』 

 心臓

心臓とは血液を送り出すポンプの役割を担う内臓器官です.その機能疾患による影響力が大きいことから,個体における重要性は脳と共によく知られています.また,活動の様子は触診によっても容易に確認でき,特に緊張などによる心拍数の増加が発生すると顕著になります.このように精神的な状態とも非常に関係性が強い臓器の一つです.ヒトの心臓は発生学の視点から見ると静脈の一種が変化したものと考えられており,2本の血管のみで構成されている非常に単純な構造をしています.心臓の役割の一つである血流生成は体内の全て器官へ血管を通して血液を送り込むことを目的としており,人体は運ばれてきた血液中の成分に含まれる酸素と栄養分を元に,成長・生成を行っています.血液量は個人差はあるが成人男性で平均5リットル程度であり,約50秒を掛けて体内を一周します.また,成人の血管長はおよそ100,000kmと言われており,毛細血管の分岐を考慮すればその全てが一直線に接続しているわけではありませんが,それでも50秒という時間で一周するためには相応の速度が必要です.血流を生み出すために心臓は拍動をしています.拍動は収縮期と拡張期を繰り返すことによって生まれます.収縮期には,心室内の血流が一気に動脈に送り出されこのときに血流が生まれます.そして同時に,心房内には静脈から血液が流入します.次の拡張期には,心房から心室内に血液が流入し,収縮に備えます.この時,動脈に送り出される血流の圧力を一般に血圧と言い,収縮期の血圧を最高血圧,拡張期の血圧を最低血圧と言います.人間の一生を80年とし,平均的な脈拍を70回/分とすると,心臓は一生のうちに約30億回,拍動することになります.工業製品として考えれば,現実的な数字とは言えず,品質保証することは極めて困難な回数です.また,当然,基本的にメンテナンスを行うことは困難であるため,外的な保守は行わずに運用し続けることになります.容易にできる対処療法としては薬物による内的な保守のみです. ・南淵 明宏, 心臓は語る, PHP研究所 ・小柳 仁, 心臓にいい話, 新潮社 ・磯村 正, 治せない心臓はない, 講談社 ・長山 雅俊, 心臓が危ない, 祥伝社 ・東嶋 和子, よみがえる心臓―人工臓器と再生医療, オーム社 ・日本人工臓器学会, 人工臓器は、いま―暮らしのなかにある最先端医

『命と向き合うデザイン』 

 designの意味

デザインについて概要を述べます.まず,designという単語について詳説します.この語はラテン語の「designare」を語源として持っています.designareがdo signとなり,それがdesignへと変化しました.つまり,designare = do signとは「目印を付ける」という意味です.ここから,現在の工業製品において一般的に用いられるデザインの意味が生まれました.一つはつくる対象物を取り巻くあらゆる要素・要因を考える「計画・企画・設計」であり,もう一方は,つくる対象物そのものの要素・要因を考える「意匠・装飾・演出」です.ここで現代の辞書による説明を引用してみます.まず,The Concise Oxford Dictionary - Tenth Edition (Oxford University Press 1999)によるとdesignとは以下のように定義されています. [n.] 1. a plan or drawing produced to show the look and function or workings of some thing before it is built or made. -> the art or action of conceiving of and producing such a plan or drawing. -> purpose or planning that exists behind an action or object. 2. a decorative pattern. [v.] decide upon the look and functioning of (something), especially by making a detailed drawing of it. -> do or plan (something) with a specific purpose in mind. また同様に,広辞苑第五版(岩波書店)ではデザインは以下のように定義されています. ①下絵。素描。図案。 ②意匠計画。生活に必要な製品を製作するにあたり、その材質・機能および美的造形性などの諸要素と、技術・生産・消費面からの各種の要求を検討・調整する総合的造形計画。 何れ

『命と向き合うデザイン』 

 再生医学

薬物を用いる治療は,様々な治療法の中でも一般的です.しかし,組織の欠損など不可逆的に人体の内外が損傷を受けた場合には医薬では治療できません.そこで従来は,臓器移植や人工臓器埋込術といった方法で治療されてきました.しかし,前者に関しては供給される臓器数に限りがあることや,倫理的問題の残存が問題視され,後者に関しては臓器によっては未だ十分な機能・性能が得られていないという現実があります.更に両者に共通して言えることは生体適合性の問題です.臓器移植では,親近者同士であっても免疫抑制剤が必要であり,その副作用による影響も無視できません.一方,人工臓器埋込術では,異物に対する防護機構として血栓形成・免疫応答・炎症反応・排除反応などの可能性,機器そのものの機能低下が懸念されます.これらの短所を補う形で進められて来たのが再生医学です.再生医学とは,組織が欠損した箇所に対して,主に細胞や生体組織を工学的に再構成・培養・増力し,組織の生体誘導を手助けするための細胞の周辺環境を工学技術・方法論を用いてつくり与え,移植することで生体側の再生能力を発揮させ治癒を促す研究・治療を行っている分野です.類似の名称として再生医療・再生医工学などといった名称も用いられていますが,対象領域はほぼ一致しています.ただし,再生医学が基礎生物学医学研究の発展を目的としているのに比べ,再生医療はあくまでも直接患者の治療に活用することを目的としています.その目的を端的に表すと「大きく損傷したり失われた生体組織と臓器の治療のために,細胞を用いてその生体組織と臓器を再生あるいは再構築する技術の確立」となります.訳語の元になった用語は「Tissue engineering」であり,日本語の直訳が生体組織工学であることからもわかるように,生体組織を対象とした工学的内容を強く持つ分野です.元々,移植肝臓不足からくる肝不全による子供達を助けるため,肝細胞を増殖し,肝移植に利用したことに端を発します. ・筏義人: 患者のための再生医療, 米田出版, 2006 ・筏義人: 再生医工学, 化学同人, 2001 ・田畑 泰彦: 再生医療のためのバイオマテリアル, コロナ社, 2006

『命と向き合うデザイン』 

 Editor

ツールによって牽引されることもある。本稿は教えていただいたEditorを使って作成しています。800文字をどれだけの時間で打つことができるか、ということを目標としてまずはツールを使うことを目的に書き進めてみます。私がキーボードというものに触れたのは、大学に入学した際に購入してもらったMacintosh PowerBook 520cが最初です。それ以前にもどこか(電気屋さんなど)でも触れているとは思いますが、機種を意識したり、触っていることに喜びを覚えたりはしませんでしたので、この子が最初と認識しています。大学に入学した時、配付された資料の中に、「大学生活を送るにあたって、この機器がないと不便です」という内容の用紙が一枚有り、それが、親を説得する極めて有効な資料になったことを今でも覚えています。パソコン、というモノへのあこがれはありつつも、当時の実家にもそういった機器はなく、私のパソコンとの関わりは大学生活のスタートと一致していました。まずは何をしたら良いのか、そんなことを考えながら大学の生協の書籍コーナーでぱらっと開いたパソコン入門書なるものから、最初に目に飛び込んできたのは「ホームポジション」なる単語でした。文字を打つ時に最も効率良くキーを打鍵すことができる場所、と記され、どのキーをどの指で押下するのかが、明記されていました。何も知らなかったことが幸いし、そのポジションを私は何気なく覚えました。結果、その一般的に(どの程度一般的かは不明ですが)ホームポジションと呼ばれているものが私には完全に身につきました。完全ブラインドタッチは言うまでもなく、iPad等、ソフトウェアキーボードでも、キーピッチがある程度確保されていれば、全く問題なく入力することができます。多分、iPadでも通常のキーボードの8割程度の速度が出せるはずです。そうなってくると問題になるのは、ソフトウェア側の対応です。打鍵速度が速い、とは言えないまでも、そんなに遅くはないため、例えば上述したiPad等では押下に対する反応が着いてこられず、ソフトウェアに身体を合わせるように入力しています(そのため「出せるはず」と記述しました)。それはMacでも同様で、例えば今、大学で使わせていただいているのは新しいiMacですが、ソフトウェアの問題によるモノか、通常のワープロソフトでは入力が間に合いません。しかし、そん

『命と向き合うデザイン』 

 現状

There is the word of design in the various scenes. The scene contains academic field, not to mention the consumer commodity field. There are some societies, graduate courses, faculties and departments in Japan. - Society: 2/1560 (0.1%) - Graduate course: 2/189 (1.1%) - Faculty: 8/390 (2.1%) - Department: 75/1423 (5.3%) A ratio is so little. But, a breakdown is interesting. - 22: architecture - 20: art and design - 9: domestic science - 6: mechanical engineering - 6: electrical and electronics - 5: design engineering - 3: information and environment - 1: human science - 1: applied chemistry - 1: management engineering - 1: healthcare and medical treatment Because architecture has so long history, the field is so many departments. But, the 3rd is domestic science, and the 4th is mechanical engineering. That reason is the width of word’s meaning. And the meaning goes out of the traditional meaning. デザインという言葉は、 現在、様々な場面で使用されています。 所謂、コンシューマ製品は勿論ですが、 学術領域においても、

『命と向き合うデザイン』 

 構成

- Introduction of design -> Previous study of design - About medical and engineering in design <--> About design in medical and engineering - Interdisciplinary design study - Basic study - Study of self-derived cell sheet comprising a piezoelectric film ultrasonic transducer - Development of incubator for cell sheet - Design Proposal for a Hybrid Artificial Heart - Discussion and conclusion ● デザイン概論(既往研究)   →デザイン研究の不足 ● デザインにおける医学・工学   ←→医学・工学におけるデザイン ● 学際的デザイン領域について ● 基礎研究   ・自己由来細胞シート培養速度促進研究   ・細胞培養インキュベータ開発   ・ハイブリッド型人工心臓提案 ● 考察・結論

『命と向き合うデザイン』 

 目的

I want to reconsider a purpose of my blog. Writing is not a purpose. The purpose is transmission. That changed before I knew it. I have to think about the relationship between design, medical and engineering. And I will transmit the relationship. Next step, I try to make new work ability. 仕切り直し。 書くことが目的ではない。 目的は伝えること。 何時の間にか、 書くことが目的になっていた。 デザイン・医学・工学を考え、 それを伝える。 そして、 そこから新しい職能を生み出す。

『命と向き合うデザイン』 

 継続

What is meaning of continuing? “Endurance makes you stronger.” I wrote about “Value of time” in my blog. A time goes forward at a constant speed for all people. There is a time in endurance as element. Generally, change depending on a time is called factor. But, I think that a time in endurance is called element. And the element works absolute standard in endurance. それでも続けることの意義。 「継続」は力なり、 と言います。 以前、 時間の価値 に関して書きました。 時間は誰にとっても、 同じ速度で進みます。 継続とは、 その時間を、 一つの要素とした行為です。 時間によって変化するモノは、 一般には要因と呼ばれますが、 継続では、 それが要素化し、 絶対的な基準として働きます。

『命と向き合うデザイン』 

 「姿」の意味

I wrote the meaning of two Chinese characters. Those words are “能” and “態” . When I researched surrounding words, I found one Chinese character. That is “姿”. The meaning of "姿" is woman hurried prepare herself. And the deep meaning is the state as it is. I imagine the indescribable scene. I think about the word of “姿態”. Dictionary says that the meaning of word is figure or shape of body. But, if you think about “姿態” with the meaning of each Chinese characters, you can imagine deep meaning. I feel “姿態” is static word. Those real meaning is so dynamic. 先日、 「能」と「態」の覚え書き を書きました。 その後、 色々調べていく中で、 浮かび上がってきたのが 「姿」という漢字。 「姿」とは『漢字源』(学習研究社/藤堂明保)によると、 「会意兼形声。  次は「二+欠」の会意文字で、  二(そろえる)、欠(屈んだ様)から、  人がしゃがんでそそくさとものをそろえる様。  姿は「女+音符次」で、  女がそそくさと身繕いして、  顔や身なりを整える意を示す。  また、  全体をざっと繕っただけで、  むやみに手を加えないそのままの様子。」 何とも言えないような、 情景が目に浮かびます。 「姿態」という言葉があります。 辞書に出てくる意味は、 「すがたやからだつき」というものですが、 一つひとつの漢字の意味を考えると、 「手の加えられていないそのままの様子に、  『できる』という心構えが備わっていること」 と言えるのではないでしょうか。 と

『命と向き合うデザイン』 

 生きる、とは

“Always the same day” does not exist. What is “always the same day”? Each day is different. If you can feel a little change and if you can accumulate change, you make big change. When I see the day, I think about planning the coming year. But, I have to really think how I want to live each day. いつもと同じ日、 なんてことは、 ありえません。 「いつも」ってなんでしょう。 一日一日は、違う日です。 たとえ小さな変化でも、 そのことに気がついて、 それを積み重ねることができる人が、 大きな変化をつくることができる人です。 この日を迎えると、 「この歳をどんな一年にするか」と、 毎年考えます。 しかし、 本当は、 一日一日、 どんな風に生きるのか、 考えなければいけません。

『命と向き合うデザイン』 

 伝達3:知りたいこと

I think about essential thing to transmit the information that a person wants to know. 1) I should know what a person want to know. 2) I should know why a person wants to know. 3) I should know what a person knows. 4) I should explain the information that a person wants to know with the known thing of a person. The first thing is so important. It is not surprising that the first thing. To tell the truth, the second thing is too important. I think that important thing is not only the first thing but also the second thing. 相手が、 知りたいと思っていることを 伝達する。 1)相手が何を知りたいと思っているかを、 知っていること。 2)相手が何故知りたいと思っているかを、 知っていること。 3)相手が何を知っているかをを、 知っていること。 4)相手が知りたいと思っていることを、 相手が知っていることで、 説明できること。 1は勿論として、 重要なのは「2」です。 1にだけ答えるのでは、 不十分。 2を踏まえて伝えることが 大切です。